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転校生

花森はなもりざくろです。よろしくお願いします」


ポニーテールの少女は教壇の上ではっきりとした声で名乗り、深々と頭を下げた。


これがほんの数十分前に会った彼女と同一人物なのだろうか。あの妙なイントネーションも、人をなめきった風な態度も一切ない。

『黒曜』とおぼしき彼女は自分を転校生だと名乗り、俺に学校までの道案内を命じた。見慣れないセーラー服姿の彼女と歩く俺は通学路を歩く生徒達のちょっとした注目の的になってしまった。見られていたのはほとんど彼女の姿だけかも知れないが。


教室が静かながら浮き足立っているのを感じる。新学期の真新しさに慣れた初夏に入ろうかという頃合の転校生に、皆好奇の眼差しを向けている。それが、一見清楚な美少女ーーおそらく、多分、客観的に見ればーーだから尚更だ。


「皆仲良くしてやれよー。花森の席は……窓際の奥だな」


担任が俺の隣の空席を指し示す。日当たり良好、格好の昼寝ポイントは彼女に盗られたらしい。色々と何らかの陰謀を感じる。

花森は俺の方へはにかみ気味にしずしずと歩いてくる。クラスメイト達が彼女へ視線を向けている。綾那もその例外ではないようだ。きっと、後でバスケ部の仲間と一緒に花森を質問責めにする気なのだろう。花森が俺の側までやって来る。目線が合う。彼女は名のごとく花のように微笑んで俺に手を差し出した。攻撃でもされるのかと思って、身構えてしまう。


「雄飛くん、改めてよろしくね」


俺と花森に注目が集まる。俺にとっては嫌味にしか聞こえないが、クラスメイトにはどう映っていることやら。


「何構えてんの。握手、だよ?」


一瞬、目がぎらりと光った気がした。皆の視線と花森への恐怖により若干汗ばんだ手で彼女の手をそろそろと握る。思ったより温かかくて小さな手だった。


「赤坂と花森は知り合いか。んじゃ、学校の案内とか、授業の進捗とか面倒みてやれよー」


担任の間延びした声が響く。それって、学級委員とかの役目じゃ……? とも言いだせない。花森は握手を終えると空席に腰を下ろした。隣なのにこちらに軽く手を振ってくる。ここから窓の外を眺めるのが好きだったのだが、とんだ障害物が出来てしまった。花森から目を逸らし嘆息する。

担任教師のやる気なさげな朝のHRが終わり、早速クラスメイト達が花森の周りに集まってくる。中心にいるのは、やはり綾那の所属しているバスケ部をはじめとした目立つタイプの女子グループだった。


「花森さん、珍しいねセーラー服って。どこの高校だったの?」

「誕生日と血液型は?」

「趣味とかある?」


人垣に埋れて花森の表情はあまりよく見えない。声の感じからして、淀みなく一つ一つの質問に答えているようだった。妙なイントネーションは聞こえてこない。


「うちらさ、バスケ部なんだけど。運動得意なら入ってみない?」


綾那のグループの一人が早速勧誘活動に入らんとする。それに追従して、他の部活の奴も花森の気をひこうとする。


「私は帰宅部がいいかな。雄飛くんと一緒に帰りたいし」


皆が何となく触れていなかった俺と花森の関係について、当人が誤解を招くような発言をする。そもそも、雄飛くんて。今じゃ誰も呼んでないよ、下の名前で。何だかこそばゆい。しかも、帰宅部なのまでばっちり知られている。


「えー、赤坂?」

「知り合いなんだっけ?」


またこちらにも目が向けられる。だが、俺自身に話しかけてくる雰囲気はない。さすが俺、影が薄すぎて人望も何もない。


「うん。大切なものを拾ってくれた大恩人なの」


合っていることは合っている。その時はお前図体のでかいニンジャだったけどな。

皆へーとか、ふーんとか言った後に、また何事もなく話題が変わる。俺の話題には1ミリも興味がないのか……。若干ヘコむがほっとする。

その後は一時間目のチャイムが鳴るまで、当たり障りない会話が繰り広げられた。


授業中はおおむね平和だった。花森は何回か授業の進捗について尋ねてきたけれど、あの変な喋り方はしてこなかった。緊張しながら隣に座っていたのが、拍子抜けした。


問題が起きたのは、昼飯の時間。

当然のようにバスケ部グループが花森の周りに寄ってきた。それを「ごめーん」と彼女は可愛らしくかわして、


「雄飛くんと一緒に食べるから」


とのたまったのである。


「え? ちょ、花森……」


思わず綾那の顔色を伺ってしまった。作り笑いがはりついている。本当に可笑しい時は右頬にえくぼが出来て、それが綾那のチャームポイントだと思っているのだが、それを間近で見ていられていたのは遠い日のことだ。


「天気いいし、外行こうよ」

「お、俺、学食だし……」

「二人分作ってきたんだ」


じゃーん、と花森が可愛らしいパステルイエローの風呂敷包みを取り出す。重箱三段はありそうな大きさだ。


「それにね、二人きりで話したいこともあるし……」

「え……」


嫌な予感しかしない。花森は照れながらも片腕で弁当を持ち、もう片方で俺の腕をがっちりホールドしてずるずる俺を引きずっていく。痛い……そして柔らかい。俺が黙って引きずられている理由は、一番は恐怖。その次が二の腕と胸の感触のインパクト。ラピスとは段違いに柔らかいし、大きい。いや、しっかり触ったわけじゃないけどラピスって細っこかったから……。


「なーにニヤニヤしてンだよ」


廊下を通り抜け人混みから抜け出すと、愉快そうに花森が俺にささやきかけた。やっぱりこっちが地なのか。


「し、してないし……」

「VRなンかより全然いいだろ?」


抱き抱えたラピスの体温がよみがえる。

リアルじゃないのに、リアルな感覚。

自由に思考し、行動しているように見えた彼女。


「あれは、一体何だったんだ?」

「あれ?」

「何が起きたのか、全部知ってるんだろ?」


花森はわざとらしく首を傾げる。


「全部ぅ? ま、ちょッとは、ッて方が正しいな」

「ちょっとって、お前……」

「おいらは腹が減ッてンだ。飯食いながらにしようぜ」


玄関を出て、なるべくひと気がない所を探す。旧校舎の陰、木々の合間のうす暗くてじめじめしたスペースに二人で座り込む。花森は男らしくあぐらをかき、太ももが大胆に見えている。そんなこともお構いなしに彼女は高そうな漆塗りの重箱を開ける。唐揚げ、卵焼き、白飯というダイナミックな三段。

花森はためらいなく唐揚げにかぶりつく。幸せそうだ。


「……それで」

「ふぇ?」

「知ってること、話してくれないか」


花森は唐揚げを頬張りながら何やら思案している。俺は箸にも手を出さずに返事を待つ。


「おいらは上に言われて動いてるだけなンだよ。末端も末端」

「上?」

「ああ、こンだけで察しがつくだろ? これ以上知ろうッてンなら、社会的に消されるぜ?」


『地界の宿り木』。朝のメールを思い出す。


「おいらは、赤坂雄飛を監視しろッて言われてやッてるだけ」

「転校してまでか?」

「その辺はぐーぜんッてことにしとけ」

「そんな都合のいい……」

「お前の双肩には、『世界』がかかっている。我らに従え。知り過ぎれば大切なものを失うだろう」


花森はおもむろにスカートの中に手を入れる。色気も素っ気もない仕草で取り出されたそこから取り出されたものは、折りたたみ式のナイフだった。彼女は手慣れた様子で刃を露わにさせた。


「おいらは上から、そう言ッて釘をさせッて言われてるだけの三下もいいとこの存在なわけ」


自嘲気味に言いながら、切っ先を俺に向ける。刃が鈍く光っている。俺が思わず唾を飲み込むと、害意はないらしく彼女はすぐに刃先をしまい込みまたナイフをスカートに突っ込んだ。彼女の方がケガをするんじゃないかとハラハラする。


「だから、これ以上は何も出ないぜ。ま、フツー知ッてても教えるわけねーだろうけど。しッかし、ビビリの相手は楽しいなあ」


花森は愉快そうに俺の背中をばしんと叩く。

まあ、そうだろうな……聞いたところで、飛んで来るのはナイフだ。あれ、社会的にじゃなくて物理的に消されそうになってないか?


「ああ、そうだ」


再び弁当に箸をつけ始めた花森が、とってつけたようにつぶやく。


「おいらの名前、呼びづらいだろ? 花って感じでもねーし。ザクって呼ぶのを勇者サマにだけ特別に強制してやンよ」

「……雑魚っぽさ増してないか?」

「カッケーじゃん、ザク。決まりな」


花森……いや、ザクは豪快にかかか、と笑った。

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