↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

第5話 私が止めていれば…… (伊藤葉月 視点)

 夏野凛の誕生日当日の夜。

 

 自室のベッドで仰向けに横たわる葉月の視線は、虚ろに天井の一点を見つめたまま動かない。

 カーテンの隙間から差し込む月光が薄暗い室内をわずかに照らしている。


 (左条くん大丈夫かな……)


『兄さんなら、きっと大丈夫だから』って、茜ちゃんはそう言って笑っていたけれど……。


 今日は凛さんの誕生日だった。

 左条くんは一ヶ月以上前から準備をしてたんだよ。

 今日という日をどれほど楽しみにしていたかを知っていたからこそ、胸が押し潰されそうになる。


 ……彼は今日、考え得る限り最も残酷な仕打ちを受けたんだ。


 左条くんがトイレに行っていた時、私は聞いてしまった。

 

『おはよう、あっそれと凛、誕生日おめっと~』

『拓海くんおはよう! 十六歳になりました~!』

 

 左条くんがいない隙に交わされていた、神宮寺くんと凛さんの会話。

 私はなんとなくその会話を聞いていた。


『うえーい! それはそうと、今日空けてあるよね?』

『え?』

 

 その時、凛さんがわずかに驚いていた気がする。

 

『今日は凛の誕生日だから、バーベキューできるテラスをみんなで予約しておきました~! ぱちぱちぱちぱち』


 凛さんは困ったような、そして気まずそうな顔で口を開いた。


『今日は無理なんだよね……ごめん!』


 そうだよね。

 今日は左条くんと遊ぶ予定だもんね。


 だけど、神宮寺くんは引き下がらずにしつこく理由を聞いていた。


 最初は『大したことじゃないから』だとか言って誤魔化していたけど、神宮寺くんたちはしつこく理由を聞いていた。


 そして、凛さんは言ってしまった。


『ある人にしつこく誘われてて……オーケーしちゃったんだよね』


 え、うそでしょ?

 ——しつこく誘われて、だなんて。


 左条くんがどれほどの思いで、どれだけの勇気を振り絞って凛さんを誘ったのか。

 その一途な気持ちを『しつこい』の一言で片付け、軽く扱う凛さんにふつふつと強い憤りが込み上げた。


『は? そういうこと? 俺らめっちゃ準備して楽しみにしてたのに~。なあ? 千夏』

『そうだよー! しつこいから仕方なくオーケーしたんでしょ? なら今からでも断っていいんじゃない? 主役がいないとつまんないよ』

『そうそう。 バシッと言ってやれば大人しく引き下がるって』


 周りに持ち上げられた凛さんは、ほんの少し迷う素振りを見せた後に晴れやかな笑顔で頷いた。


『そ、そうだね! 今日の放課後楽しみ!』


 こうして、凛さんは左条くんとの約束を簡単に破った。


 左条くんを傷つけないように、やんわり断ることもできたはず。

 それなのに凛さんは彼をまるでストーカーのように扱った……それも、クラスみんなの前で。


 どうしてあんな酷い仕打ちができるのか、私には理解できない。


 ……けれど、私も同罪だ。私だって最低で酷い人間だ。


 凛さんたちの会話をあらかじめ聞いていた私なら、あの悲劇を止めることだってできたはずなのに。

 あれを前にして、私はただ固まることしかできなかった。

 

 ……たとえ中学の頃の嫌な記憶が頭をよぎっていたのだとしても、私は声を上げるべきだったのだ。


「左条くんのあんな顔、初めて見た……」


 暗がりの中、天井を見つめたままぼそりと呟く。

 あの後、彼は授業も受けずに早退してしまったけど……本当に大丈夫なのかな。


 実は、さっきまで茜ちゃんと会っていた。

 今日の出来事をLINEで伝えたところ『直接会って話を聞きたい』と返事があったからだ。

 ファミレスで軽い食事を挟みながら、私は教室で起きた出来事をありのままに話した。


 茜ちゃんは一瞬だけ顔を曇らせ『凛ちゃんがそんなこと……』と痛ましそうに落胆していたけれど、すぐに笑顔を作って『兄さんならきっと大丈夫だと思います』と言っていた。


 あの現場を直接見ていないからこそ、そう思えるのかもしれない。

 けれど、私よりも茜ちゃんの方が左条くんの強さや脆さを理解しているのも事実。


 私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。


 (はあ……左条くん……)



 ――ブッ、ブブー



 静寂に包まれた部屋で、スマホの振動音が小さく響く。


 暗闇の中で光る画面に目をやると──そこには『左条蒼』の名前が表示されていた。


「…………!!」


 跳ね起きるようにスマホを手に取り、急いでメッセージを開く。

 ――そこに並んでいたのは、淡泊な文面だった。


『大丈夫。心配してくれてありがとう』


 (本当かな……)



 ――支えてあげたい。


 そう思うけど、その資格が私には無いのではないかとも思ってしまう。

 私は肝心な時に怖気づいて、彼に対する酷い仕打ちを黙って見ていることしかできなかったんだもの。


 はあ……明日会った時にちゃんと謝ろ……。

※読んでいただきありがとうございます!

 ブックマークやいいね、感想が貰えると嬉しいです。

 どうぞ、よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。