第1話 幼馴染への焦りと決意
俺は学校から帰宅後に制服姿のままリビングのソファに腰を下ろし、頭を抱えている。
私立浅葱ヶ丘高校に入学してから1か月が経った。
新しい環境にも少しずつ慣れ始め、これからの学校生活にワクワクが止まらない。
そのはずだったのだが……。
俺――左条蒼は焦っている。
なぜなら……幼馴染である夏野凛との、心の距離が離れている気がするからだ。
同じクラスになれたのに、ほとんどまともに話せていない。
「……また凛ちゃんに相手してもらえなかったの?」
寝転がっている義妹の茜が、スマホをいじりながら呆れ顔で口を開く。
初手で俺の悩みを当ててきたが、これはいつものことだ。
だって、いつも凛のことで頭を抱えているのだから。
「なんで人前で俺を遠ざけるんだろ……」
凛はみんながいる前で俺との仲を隠したがる。
……やましいことは何もないのにだ。
夏野凛は小学一年生の頃からの幼馴染であり、俺の好きな人でもある。
俺は元々別の地域に住んでいたのだが、親の再婚を機にここへ引っ越してきた。
そこでお隣さんが凛だったのだ。
当時の俺には「新天地で頑張ろう」なんて前向きに思える余裕すらなかった。
あまり覚えていないけど喪失感と不安でそれどころじゃなかった。
このあたりの記憶はかなり曖昧だ。
何か酷く大事なことを忘れているような気がしてならない。
……破り捨てられた古いアルバムみたいに。
無理に思い出そうとすると胸の奥が不快にざわつき、何とも言えない強烈な悪寒に襲われてしまう。
……まあ考えても分からないし、今はいいか。
話を戻そう。
そんな感じで当時は新しい生活に対する不安と憂鬱でいっぱいだったのだが、凛のおかげで意外なほどすぐに環境に馴染むことができた。
家が隣同士ということもあり、学校への登下校はいつも凛と一緒だった。
休日も、俺と茜と凛の三人で過ごすことがほとんどだったと思う。
あの頃の俺たちには、互いに特別な恋愛感情なんてなかったはずだ。
……ただ一緒にいるのが当たり前になっていただけ。
しかし――中学二年の夏、俺は凛と初めての大喧嘩をすることになる。
あの日、凛は俺の頬に強烈なビンタを食らわせてきた。
そして俺はそのビンタを食らったまさにその瞬間、凛のことを一人の女の子として本気で好きになってしまったのだ。
……瞳に涙を浮かべ、顔をくしゃくしゃにして必死に何かを訴えかけてくるようなあの表情。
あの顔を見た瞬間の魂が揺さぶられるような激しい衝動は、今でも上手く言葉にできない。
だが、その一方で――
凛が俺のことをどう思っているのかは、さっぱり分からなくなってしまった。
俺と凛の距離はあの日を境に少しずつ、けれど確実に離れていってしまったのだから。
大喧嘩をしたあの日からしばらく経つと、凛は急に髪の手入れやメイクに力を入れ始め、みるみるうちに今どきの可愛い女の子へと変わっていった。
見事なまでに垢抜けた凛は、男子から告白される回数が明らかに激増した。
華やかな陽キャグループと一緒に過ごすことが増え、俺と過ごす時間はみるみる減っていった。
高校に入学してからの凛の人気はさらに凄まじいことになっている。
クラスの男子たちいわく――
『とんでもなくめちゃくちゃ可愛い』とのことだ。
俺だって心から同意する。
今の凛は、遠くから見ていても眩しいくらいキラキラしていて可愛い。
昔の凛は、どちらかといえば素朴で地味な雰囲気だった。
けれど今は、背中まであった綺麗な紫髪を肩口でバッサリと切り揃え、すっきりとしたショートボブへとチェンジしている。
メイクもナチュラルで、どこか清楚で儚げな雰囲気を纏っていた。
……本人には言えないけど、目元のほくろがちょっとエロい。
と、偉そうに評価している俺の髪はぼさぼさで野暮ったい。
どの口が言ってんだと一蹴されそうな外見だ。
茜は俺のことを『磨けば光る』と言ってくれるが……まあ、お世辞だろう。
凛は今でも俺の前でだけは取り繕わない素の自分を見せ、周囲に対する色々な不満や愚痴を吐き出してくる。
それがどこか『自分だけが特別扱いされている』ような優越感を与えてくれて、それなりに満足していたのだが……。
(最近は神宮寺とやけに良い雰囲気なんだよな……)
神宮寺拓海――クラスの陽キャグループの中心に君臨する男だ。
学年で一番のイケメンと名高く、女子からの人気も絶大。
何より、凛と神宮寺は同じ友達のグループに属しているため、学校では常に一緒にいるのだ。
最近ではクラス内でも、凛と神宮寺は『お似合い』『美男美女カップル』などと冷やかされることが増え、半ば公認のカップル扱いとなりつつある。
あいつは女子から人気っぽいし、凛と神宮寺は同じ陽キャグループだから学校ではいつも一緒にいるんだよな。
だからこそ、俺は本気で焦っているのだ。
……いやマジで、笑い事じゃないレベルで。
どうする?
今のままだと、幼馴染以上の関係に進展できる未来なんてまったく見えない。
何か、一発逆転の打開策はないだろうか。
――あ、そうだ!
来月、凛の誕生日に、思い切って告白しよう!
「よし、今年は誕プレに気合入れよう そうと決まればバイトだ!」
俺は即座にスマホで求人サイトを開き、ゴールデンウィーク限定の短期バイトの応募ボタンを迷わずタップした。
「っしゃあ!やるぞー!」
◇
六月の初旬。日曜の昼下がり。
凛への告白を決意してから1か月ほどが経った。
俺と茜は、暖かな日差しをいっぱいに浴びながら閑静な住宅街を歩いている。
……凛への誕プレは、ハンドメイド作家として作品を販売している伊藤さんのお母さんにオーダーさせてもらった。
今は完成した注文の品を伊藤さんの自宅で受け取り、家へと帰っている途中だ。
伊藤さん――伊藤葉月は高校で俺の隣の席の女の子だ。
俺がうっかり教科書を忘れた際、隣の彼女に見せてもらったのをきっかけに挨拶を交わすようになり、今では気兼ねなく話せる仲になった。
彼女は女子のグループで群れるのが得意なタイプではないらしく、教室でも俺以外と親しげに話している場面をあまり見かけない。
そんな伊藤さんとは妙に波長が合い、好きなラノベや漫画など、互いのおすすめ作品を教え合うことも多い。
彼女がおすすめを教えてくれる時、決まって自分のスマホ画面を俺に見せてくるのだが――その度に、どうしても気になるものがあった。
画面に映る作品の情報ではない。
――そう、彼女が使っているスマホケースだ。
そのケースは、彼女のお母さんが手作りで制作したものらしい。
革の質感がずば抜けて良く、デザインも洗練されている。
正直、そのへんのショップで売っている既製品よりもクオリティが高い。
その時に伊藤さんのお母さんが本格的なハンドメイド作品を制作・販売していることを知り、凛へのプレゼントで頭を悩ませていた俺は、頼み込んでオーダーさせてもらったのだ。
ちなみに伊藤さんは、俺が凛を好きなことや、誕生日に告白する予定であることをすべて知っている。
……まあ、プレゼントの相談をしている時にいきさつも含めて全部話しちゃったからね。
ふと、隣を歩く茜が、風になびくさらさらの黒髪を指先でいじりながらぽつりと口を開いた。
「……凛ちゃん、喜ぶといいね」
「だな」
ゴールデンウィークのキツい短期バイトで稼いだお金で、いつもより奮発して最高の誕プレを用意した。
当日は放課後に凛と二人で遊ぶ約束も取り付けてある。
あとは凛の誕生日に、自分の想いをまっすぐに告白するだけだ。
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