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第50話 新人教育の一環

「すまないな、時田くん。これも新人育成の一環なんだ」


「育成の一環と言われても――」


「僕たちの任務はあくまでダンジョンの探索。だから、新人育成を通じて、手遅れになる前に、任務の過酷さを伝えるため、一芝居を打つのが慣例なんだ」


「しかし、芝居だとしても、両腕を犠牲にするなんて洒落になりませんよ。……治ってるから、いいですけど」


「そう。普通は洒落ではすまない。だから、新人には早急に、任務の過酷さを伝える必要があるんだ。……取り返しがつく内にね」


「……」


「普通の学習は、失敗と反省を繰り返して、いつか物になればいい。でも、僕たちの任務は、その失敗で命を落とす危険性を孕んでる。だから、手遅れになる前に、頭で理解させ、体に覚えさせ、心に刻みつける必要がある。人間の性根は、そう簡単に変わらないからね」


 長光の言葉は、秀矢の心の奥深くに突き刺さった。


 先週の任務、秀矢自身は身を引き締めてるつもりだったが、経験者からすれば驕りに見えたのだろう。


 成功経験は自信につながるが、行き過ぎれば増長を招く恐れがある。


 初めての任務で、経験者すら手も足も出なかった強敵を倒した、という経験と実績は過信となり、自分勝手な行動でパーティメンバーを窮地に追いやる。


 ――という事を経験者が文字通り、身をもって教えてくれたのだ。


 今後も慢心から独り善がりの行動を起こそうと思うたびに、トラウマの如く刻み込まれた強烈な映像が鮮明に蘇り、戒めとなるだろう。


「そして、古参は初心に帰る、というわけさ」


「とんでもない劇薬ですけどね」


「でも、その様子だと効いたみたいだね」


「ええ、夢に出てきそうなくらいには」


「うん。それだけ言えるなら十分さ」


 そう言いながら、長光は少しうつむく。


「ここだけの話、正直、今回は色々と想定外のことばかりで、申し訳ないと思ってる」


「どういう事ですか?」


「1週目で、いきなり4階に潜ることになったこと。さらに増援で6階のモンスターまで相手にする事態になったこと。日下部さんには負担をかけたね」


 名前を呼ばれた日下部は、顔の前で手を振る、否定を意味するジェスチャーをした。


「大丈夫よ、そうちゃん。あれでも、ちゃんと調整したし」


「調整?」


「うん。えっと、私のウルト、鎚消滅(デストラクションゼロ)はあらゆる攻撃を相殺するウルトなんだけど、ハンマーを持ってる状態なら何時でも使える代わりに、ちょっと面倒な仕様があるの。相殺する攻撃の威力と同じ威力をぶつけないと、ちゃんと相殺できないの。――で、ぶつける威力が弱すぎたら攻撃を防ぎきれずにダメージを受けるし、強すぎたら反動が自分に返ってくるの。ちなみに今回、両腕を犠牲にしたのは、反動が返ってくるように、わざと調整したのよ」


「……」


 日常会話のように朗らかに衝撃的発言をする日下部に、かける言葉が見つからない。


「でも、師匠。さっき、そうちゃんが言った通り、今年のは想定外の事態が多かったから、色々と予定が崩れちゃったのよね」


「予定って、両腕以外で何かあるの?」


「例年通りだと、4階じゃなくて2階なのよね」


「去年は、4階に潜ったのが8月というのは聞いてます」


「そうそう。あとね、両腕の欠損じゃなくて、骨折の予定だったの。複雑骨折までなら学校休まなくてすむからね」


「……」


「あ!? 大丈夫だからね、師匠! ちゃんと危険手当はもらってるから」


 笑顔を振りまく日下部が恐ろしく、頼もしく見えた。


《秀矢。サムライはね、1億円のために命を賭ける連中よ。やわな神経で務まるわけないでしょ》


「そ、それもそうか……」


「まあ去年が楽だった分、今年にツケがまわってきたと思うしかないかな」


「確かに長光さんが慣例って言ってたくらいだし、去年も同じような事があったんだよね。サクナ、どんな感じだったの?」


「えーっと、簡単に言うと、新人が勝手な事をして、大騒ぎになって終わったわ」


 荒川が苦虫を噛み潰したような顔になる。


「嫌なことを思い出させないでくれよ。姐さん」


《いやあ、あれは今、思い出しても……ねぇ。奈央姉》


「あはは、そうね……」


《聞いてよ、秀矢。2階にさ、ウサギいたでしょ?》


「ヴォーパルバニーだっけ? あの首を跳ね飛ばす奴」


《そうそう。――で、荒川がウサギに初めて遭遇した時にさ、ウサギの頭を撫でようとしたのよ? 信じられる? ワンダーランドってガラじゃないでしょうに》


 凄まじい剣幕で睨みつけてくる荒川。


 亜由美の魂が入ってるスマホの持ち主が秀矢のためなのだろう。


《でね、先輩方の制止を振り切って手を伸ばした時、スパッと右腕が持っていかれたのよ》


「それは、何と言うか……お気の毒ですね。荒川さん」


「時田、お前は良い奴だな。それに比べて、空閑のやろうは……」


《やろう、とか言うな!》


「大体なぁ! お前だって人の事、言えねえだろ! 俺が腕やられた時、わーきゃー喚き散らかしてよ」


《う゛っ!? だって、仕方ないじゃない。ああいうホラー的な演出、苦手なんだもん》


(そういや、亜由美……というかアイは、ホラーゲームをすると大体、良い反応するよな)


「そうそう。それで、去年は私たちが何かを仕掛けるまでもなく、勝手な行動を起こして、勝手にパニックになったから、それで終わっちゃったのよね」


「そうだったんですね。それにしても――」


 日下部に目をやる。何度見ても、ちゃんと腕がある。


 仮を移植できたとしても、一週間たらずであんなに動かせるものなのか?


 秀矢が疑いの眼差しを向けてると、日下部がスッと右手を差し出してきた。


「師匠。そんなに気になるなら、確かめてみる?」


「いいの? サクナ」


「うん。もう、ちゃんとくっ付いてるから。刃機だって振り回せるわよ」


「それなら、失礼して――」


 脈をはかるため、日下部の手首に指を添えた。


 一瞬だけひんやりとしたけど、程なくして体温に上書きされた。


《秀矢! いやらしいこと考えてないでしょうね!?》


「脈をはかってるだけだ。普通、気になるだろ? 1週間で腕が元通りなんて」


《そっか。秀矢は、初見だもんね》


 亜由美は納得したようだ。


 日下部の手首に添えた指を、親指側にスライドしてから、軽く圧す。


 数秒の後、トクン、トクンと脈動を感じった。


「へえ、ちゃんと脈がある。本当に生身の腕なんだ」


「もっ、もういいよね!? 師匠!」


 恥じらいと焦りが入り混じった甲高い声が聞こえたので、反射的に視線を上げる。


 真っ赤になった日下部と目が合う。


「ゴメン、ゴメン」


 秀矢は手を離した。いくら大人っぽい体格と言えど、年は2歳差。


 年頃の男性にベタベタ触られたら、気分を害するに違いない。


 好奇心を優先して、異性に対する配慮が欠けてたことを反省する。


 日下部は慌ただしく腕をひっこめると、小走りで後ずさる。


 ――が、靴下に畳が災いしたのか、バランスを崩して転んだ。


 その拍子で、日下部のスマホが畳の上に落ちた。


《お姉ちゃん、落とすなんて酷いじゃないか~!》


 日下部のスマホから流れる音声は、以前と聞いたものとは別物だった。


 以前は落ち着きのある大人の男性だったが、今回はマスコットキャラクターが発するような男性とも女性とも言えるクセのある高音。


 床に落ちてるスマホは、液晶画面が表だったので、心中では悪いと思いつつも、画面を覗き見る。


 そこには、発した音声にピッタリのぬいぐるみのように、デフォルメされたクマの姿が映っていた。


《奈央姉。アバターが執事から変わってるけど、どういう心境の変化ですか?》


「これは……プライベートでは、元々クマちゃんにしてたから、今日はそのまま来ちゃったというか――」


《へえ》


「私にだって、プライベートとお仕事の切り替えを忘れることだってあるわよ」


《この1年間、ずっと執事だったような気がするんだけどなぁ》


 声音に不穏さが増す亜由美に対し、ぎこちない笑顔で返す日下部。


 秀矢のスマホはポケットにねじ込んでるため、亜由美の顔は見えないが、声だけで十分な存在感がある。


 長光、荒川の男性陣は何も言わないが、その顔には『付き合ってられない』と書いてある。


 無論、秀矢も割って入るつもりはない。


 両者の間には、立ち入ることが許されない物々しい空気が漂ってるためだ。


 代わりに、助け船を求めて、辺りを見回す。


 蛟牙の姿はない。


 どうしたものか、と思った、その時「待たせたな、超能力少年」と聞いた事のない大人の女性の声が聞こえた。


 そこには、我が物顔でずかずかと敷居を跨ぐ女性と、その後ろに三人の人間らしきシルエットが見えた。

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