第146話 心の拠り所
「――という経緯があって、今に至るのよ。秀矢」
「まさか、ここまで早く復帰するなんて想定外だったわ」
亜由美と巳月がティーカップに口を付ける。
秀矢は、怒涛の新情報に困惑してる。
(一旦、整理しよう)
亜由美の記憶は消えてない。
その理由は、亜由美はじじいが認める大魔道士の生まれ変わりと判明し、その力を頼りにしてるから。
異世界の魔人に対抗するには、同郷の現地人の力が肝要なのだろう。
続けて、亜由美のコピー元は、久理田凛であること。
同時に、久理田凛は、巳月の生みの親でもある。
故に、亜由美と巳月の二人は、遺伝学的には親子関係にあたる。
そうなると、この二人がいがみ合うのは、近親嫌悪の類とも言える。
他の要因については、この場で言及するのは止めよう。
藪蛇どころの騒ぎじゃない。
龍に食い殺されそうだ。
最後に、亜由美の刃機が銃から杖になったのは、フローラとイリアのもとで修業を積んで大魔道士の力――魔法が使えるようになったから。
それに伴い、配信頻度の著しい減少が見られた。
(修業を終えた今なら、必須栄養素の欠乏が解消されるよな……きっと)
亜由美の無事と今後も配信を続ける意志がある事が確認できたので、胸をなでおろす。
気を緩め、椅子に寄りかかった瞬間、体を刺すような気配を感じた。
亜由美と巳月が凄まじい形相で秀矢を睨みつけてる。
どうやら秀矢のリアクション待ちのようだ。
亜由美の口から語られた経緯は、記憶消去を逃れたどころの話じゃない。
常人のナナメ上を悠々と超える事実なのだ。
(何事も無かったかのようにスルー、というわけにはいかないよな)
秀矢は意を決してから口を開いた。
「何と言うか、色々と衝撃的でした。亜由美と巳月が親子関係とか――」
「親子何て認めないわ! せめて姉妹よ姉妹。ほら、お姉ちゃんって呼びなさい」
「年増」
「――今なら、お姉様でもいいわよ」
「伯母様」
「仕方が無いわね……姉上で勘弁してあげるわ」
「母上」
「このエロガキがァアアアアアアア――」
「母上、孫の顔を見せてあげるから大人しく身を引きなさい」
「孫の顔!? ななな、何言ってるのよ! わ、私の方こそ、きょ、きょ――」
顔を赤くした亜由美が秀矢を睨みつけてる。
(お、おお、俺にどうしろと――)
恋愛に無縁の日陰者に、亜由美の無言の訴えは過重と言わざるを得ない。
秀矢が言葉を詰まらせてると、亜由美の矛先が巳月に向いた。
「そんな事よりも、あんたたち! 私がいない間、本当に何もなかったわよね?」
「何もなかった、とは、どういう意味かしら?」
「その、秀矢とエロガキが、二人っきりで、なんかこう――」
巳月が不敵な笑みを浮かべる。
「カフェにいったわ」
「二人っきりで?」
「当然でしょ」
「デートだ」
「任務前後の空き時間にな――」
秀矢は弁明するように口を挟んだ。
しかし、秀矢の言葉は二人には届いてない模様。
「後は、食事にも行ったわ」
「浮気だ」
「任務の時間帯がまばらだから、食事時と被ることもあって――」
秀矢は食い下がるように口を挟んだ。
亜由美の視線は、たしかに巳月に向いてる。
しかし亜由美の言葉は間違いなく、秀矢にも向けられてる。
それを亜由美から漂う異様な空気から感じ取った秀矢は、責任から逃れるように拙い言い訳をした。
「余った時間は観光にも充てたわ」
「二人っきりで?」
「当たり前じゃない。ちゃんと人払いしたもの」
亜由美が秀矢の方に向く。
「何で恋人の私を差し置いて、エロガキとデートしてんのよ! 秀矢!」
「はっ! はひ! 巳月、島の外に出たことあまり無いって言うから。色々と――」
「色々って何よ!? まさか……やっぱり」
「待ってくれ! 確かに巳月とお茶したり、食事したり、観光したりもしたけど――」
「何でこの後に及んで、何度も刺しにくるのよ!」
「これは、懇切丁寧に説明するために――」
(ぐ……この状況を打開するには――そうだ!)
「ポチッ! 今の巳月の容体について教えてくれ!」
《目立った異常はございません。血流、血圧、ホルモン、代謝等も同年代の女性と遜色ありません。今の調子なら任務に支障はございません》
「エロガキの健康状態なんて、どうでもいいのよ」
「亜由美、話はここからだ――」
《――ですが、このままでは法龍院家の未来は暗いと言わざるを得ません。巳月お嬢様の懐妊は、法龍院家の悲願。しかし身籠るどころか、未だ行為にすら及んでおりませぬ》
「そ、そうなんだ」
亜由美の表情が軟化する。
巳月と二人っきりで、デートに該当する行事をこなした。
紛れもない事実なので、謝罪する他はない。
しかし、それ以外の事も、それ以上の事も、してないのも事実。
そこで刃機として、巳月に随伴するポチなら証明してくれると判断した。
特にここ1か月の間、何かにつけてポチから巳月との行為を催促された。
だからポチに巳月絡みの質問を投げて、催促するように誘導したのだ。
《私共に、戯れる猶予はございません。どうか法龍院家の未来のためにも、時田様と空閑様の御両名にご助力願えないでしょうか》
「嫌に決まってるでしょ。大体、血の問題ならイリアさんがいるでしょ」
《無論、次善策としてイリア様を法龍院家に迎え入れる手筈を整えております。――ですが、やはり現当主、蛟牙様の血を色濃く継いでるのは巳月お嬢様です。法龍院家の総意として、巳月お嬢様の懐妊を第一であることに変わりはありません》
「まあ法龍院家が何と言おうと、私の目の黒いうちは、エロガキの好き勝手にさせないわよ! 私と秀矢は、どんな任務でも組むことが確定してるし――」
「こちらとて次善策がある以上、時田秀矢を物にする猶予ができたわ」
亜由美と巳月が睨み合い、激しく火花を散らす。
「時田秀矢! 考え直す気は無い? 今なら遅くないわよ」
「おい! 彼女がいる前で堂々と彼ピを誘惑すんじゃねェよ!」
「悪いけどこの女、あなたより年上よ」
「1つ上だけどね」
「年長者よ」
「1つ違いじゃん」
「私より早く老けるわよ」
「だから1つ違いッつってんだろ!」
「つまり、私の方が若いの。どうかしら?」
「秀矢! 私は正真正銘の17歳よ! ちゃんと戸籍にも書いてあるの確認してるからね! そんじょそこいらのビジネス17歳とは違うからね!」
「大丈夫だ、亜由美。年齢がいくつでも俺の想いは変わらないから」
「ホッ」
「そんな事より、亜由美は怖くないのか?」
「何が?」
「……もう一度、モンスターと戦うことが――」
「怖いか、怖くないか……と言われたら、怖いわよ。1回、死んじゃったしね」
物々しい字面とは裏腹に、亜由美は平静そのもの。
とても自然体で、強がってるようには見えない。
「なあ亜由美。今からでも――」
「ダーメ。私は降りないわよ」
「時田秀矢。残念だけど、ストーカーに戦線離脱の選択肢はないわよ」
「そういうこと」
モンスターだけならまだいい。
しかし、魔人が相手となれば、こちらが無事で済む保障はない。
何より、自分が同志になった理由は、亜由美の命を守るため。
「危険から遠ざけたいと想う気持ちは嬉しいわよ。でも私にとって、この世界で一番安全な場所は、秀矢の側なの」
「……」
「もしかして、彼女の事、守ってくれないの?」
「バカ言え! 全身全霊をかけて守るに決まってるだろ」
「ほうら」
「……」
「私は、生きるも死ぬも戦いも秀矢と一緒がいいの」
亜由美の想いが痛いほど伝わってくる。
迷いのない真っ直ぐな眼差し。
真剣でありながら、温かみのある表情。
秀矢は覚悟を決めた。
目の前にある尊い命のために、全てを投げ打つことを。
「それに、また私が死んでも側に秀矢がいたらワンチャン、アイボーとして、この世に留まれるかなって――」
「そんな軽いノリなのかよ」
「あはは――まあ、そんなわけで改めてよろしくね」
「ああ」




