第1話 推しと妹とダメ人間
注意:本作はノベルアッププラスとカクヨムに掲載してた『【第一部完】高校生活、時々ダンジョン攻略 ~底辺配信者が推しのためにダンジョンに潜ったら英雄になった件~』の改訂版です
改訂の内容が気になる方は、あらすじをご参照ください
「秀にぃ、初めての高校の通学路はどう?」
閑静な住宅街。朝の通学路を歩いてる最中、隣にいる制服姿の少女が楽し気に声をかけてきた。
前髪が綺麗に切り揃えられた黒いショートボブにパッチリと開いた大きな瞳が非常に愛くるしい。
「そうだな……何が悲しくて妹と一緒に通学路を歩いてるんだろう、と思ってる」
「ぶー、途中まで一緒だからいいでしょ。それに、こんな可愛い妹と登校できるんだから、もっと喜びなさいよ」
少女は、やや不満げな目つきで頬を膨らます。
秀矢は「へいへい」と、そっけない返事をする。
《ちょっと秀矢! 何か女の声がするんだけど!》
胸元から自分の名前を呼ぶ、女性の声がする。辺りには、妹以外の女性はいない。
どこからともなく声が聞こえたためか、妹は目を丸くしてる。
「幻聴だろ」
「いいや。秀にぃから聞こえたんだけど……スマホで動画流してるの?」
妹の視線が胸元に向けられる。
秀矢の胸元。正確にはブレザーの左側の内ポケット辺りが、傍目から見てもわかるほど不自然に盛り上がってる。
「やっぱり……目立つか? これ」
「当たり前でしょ! 一体、何を入れてるの? スマホにしては、大きいよね。こんな分厚い機種となると――」
(――ったく、静かにしてくれって言ったのに!)
秀矢は左側の内ポケットに手を入れ、それを取り出す。
秀矢の手に握られてる物に目を向けた妹は「うわあ」と引いてる様子。
取り出したのは、現行機種よりも大きくて重量感のある端末。
画面に映ってる女性と目が合う。すると、画面の女性はニコっと笑った。
「そのスマホ、何で持ってるの? 秀にぃ、言ってたじゃん。純国産スマホでアイ……何だっけ? AIが色々とサポートしてくれる奴」
「AIVOな」
アイボーとは、Artificial Intelligence Virtual Operatorの頭文字を取った言葉。
音声または文字の入力によって様々な反応したりサポートするAIに、疑似人格とアバターを付与したものだ。
「そうそう、それ。で、そのアイボーが搭載されてるスマホは、『高いし、デカいし、対応してるアプリが物凄く少ないから止めておけ。これを買う奴は、物好きなガジェットオタクかアバターを自分好みに着せ替えして遊ぶ変態』だって」
「うっ!? これには深い事情があってだな――」
「ああ!? わかった! さっきの女の声は、アイボーが出してたってわけ? いくら何でも、高校生活が始まってないのに、女の子のアイボーを搭載したスマホを持ち歩くなんて、受験のために珍しく勉強して、頭おかしくなったの?」
「頭は至って平常だ」
「じゃあ、何でそんなスマホ持ってるのよ」
妹の手がスマホにのびる。
「芽衣、手を離せ」
「大丈夫でしょ。このスマホ、スカイツリーのてっぺんから落としても壊れないって言ってたじゃん。どれどれ、さっきの声の主は――って、あれ? この人、どこかで見たことがあるような――」
《ああん? 私の事より、あんた誰よ? 秀矢とどういう関係?》
「へ? え、えっと……私の名前は、時田芽衣。中学二年生です」
《時田? という事は、本当に妹さん!?》
「はぁ、そうですけど」
《なあんだ。それならいいや》
スマホの画面に映るアイボーが笑みを浮かべると《私の名前は、空閑亜由美。もしかすると、超有名美少女ゲーム配信者のアイって言った方がわかりやすいかな?》
「アイ? ……ああ! どこかで見覚えがあると思ったら、秀にぃの推しじゃん!」
「ちょっ! お前、何言ってんだ!」
「何って事実じゃん。確か、大分前に秀にぃがパソコンで、その人のライブ配信を見てたのを覚えてるもん」
「あったなぁ、そんな事」
「何、遠い目してるのよ。私が、その女の人、誰って聞いたら『俺の推しだ』って言ってたじゃん」
秀矢は逃げるように視線をスマホの画面に向けた。
そこには、にやけたアイの表情が映っていた。
《いやぁ、まさか秀矢に、ぐへへ。これぞ運命って奴だねぇ》
恐る恐る画面に目を向ける。
(機嫌を損ねてないのか?)
秀矢にとって空閑亜由美――アイは、高嶺の花である。
人目を引き付ける、垢ぬけた可愛らしい外見。動画でも配信でも、思わず聞き入ってしまう話術。
アクシデントに見舞われると零れる、ネガティブな雰囲気を吹き飛ばす笑い声。
おまけにゲームの腕前は、プロに引けを取らない。
まさに時代の寵児。
そんな彼女が仕事でも配信でもない時に、男性から『ファンです』と言われて嫌な顔をしないか不安だったが杞憂のようだ。
「秀にぃ……それAIであって本物じゃないわよ。私も本物かと思っちゃったけど」
「そ、そんな事は、わかってるよ」
「わかってて、やってたの!?」
芽衣の表情が驚きから哀れみに変わるまで時間はかからなかった。
「何だよ!? その顔は! 心配するな。お前が考えてるような事は無いから」
「こんな住宅街で、堂々とスマホのAIとイチャイチャする兄を持った妹がどんな気持ちを抱いてるのか本当にわかってるの!?」
(しまった!? 学校じゃないからって油断してた)
秀矢は今の状況を冷静に見直した。そして、今の自分は傍から見て、不審人物であることを認識した。
続けて、素早く首を左右に振る。
学生服やスーツを着た人が散見される。
いつの間にか、大通りに出ていたようだ。
(亜由美とのコミュニケーションは、注意を払わないとな。俺一人ならともかく、妹の人間関係に悪い影響が出たら、手に負えなくなる)
現代は、一億層監視社会。
老若男女に普及したスマホのおかげで、噂は瞬く間に世界中に広まる。
一瞬の油断が社会的に命取りなのだ。
「今まさに思い知ったよ。確かに、天下の往来で一人芝居する奴が身内にいたら、挙動不審でネットのオモチャになるからな。――ということで、亜由美。外に居る時は静かにしてろよ」
《はーい》
秀矢はスマホを内ポケットにしまってから、歩き出した。
「芽衣、行くぞ。初日から遅刻はゴメンだからな」
「……」
芽衣は顎に手を当てて、ぶつぶつと呟いてる。
どうやら考え事をしてるようだ。
歩いてると、スマホが振動した。
今度は何事か、と思い秀矢は渋々、カバンから無線イヤホンのケースを取り出した。
ケースの中から一つだけ摘まみ取り、右耳に装着。
もう一つは装着せずに、そのまま蓋を閉めてカバンに放り込んだ。
《あー、よかった。これで私の声は誰にも聞こえないね。さすがに周りに人がいると通話しづらいから、私の独り言になっちゃうけどさ――》
右のイヤホンから亜由美の声が流れる。
しばらく二人並んで歩いてると突然、芽衣が口を開いた。
「そうね。ここはやはり私が人肌脱ぐしかないわね」
「ん? お前、何を考えてるんだ?」
「私が当面、お兄ちゃんの学校まで付き添うしかないわね」
「保護者面するな」
「だって、AIとぶつぶつお話する秀にぃを放っておけないもん。それに一緒に登校すれば、悪い虫が寄ってこないだろうし――」
「そんなことしたら、お前が遅刻するだろう」
「うん。だから秀にぃ、明日から30分早起きしてね」
「冗談じゃねえ! 学校が違う妹と一緒に通学する兄なんて、それこそ変な噂が広まるだろうが!」
「何か問題でも?」
「大ありだ! 下手したら俺がロリコン扱いされるだろ。話を盛る連中は自分達が楽しめれば、真偽なんてどうでもいいからな」
「大丈夫よ。私の学校じゃないし」
「俺が困るんだよ! そんな噂が学校中に広まってみろ。通学どころか退学するわ!」
「はっ! それは困るわ」
「だろ?」
「秀にぃが高校中退したら、昔みたいに一日中部屋に引きこもってゲームするだけのダメ人間に逆戻り――」
「誤解を招くようなことを言うな! 中学は、ちゃんと通ってただろ!」
「冗談よ。可愛い妹の茶目っ気じゃない」
芽衣は満面の笑顔で言った。
《うーん、芽衣ちゃん……ちょっと距離感バグってない? それとも最近の年が近い思春期の兄妹って、こんなものなの?》
(んな事、知るか!)
イヤホンから流れる亜由美の声に、心の中で返答する。
もうしばらく歩けば、芽衣とお別れ。
秀矢の通う高校と芽衣の通う中学の通学路が一緒なのは途中まで。
そう思い、黙って歩く。
「きゃあああああああああああ――」
足音すら聞こえない通学路の静寂を女性の悲鳴が切り裂く。
全身に緊張が走る。
・本作の公開ペースは、1日3話ずつ(6:10、12:10、18:10)。最終話まで予約投稿済みで6/30 6:10に第1部の最終話が公開されます。
但し、登場人物一覧は、通常エピソードと同時公開です
・サブタイトルまたは章タイトルに『視点変更』と記載されてる話は、主人公以外の視点となります
・サブタイトルが『第XXX話』とナンバリングになってるエピソードがメインストーリーです
・サブタイトルまたは章タイトルに『閑話』『日常』と記載されてる話は番外編なので、読まなくても大丈夫です




