妻のお仕事
「さあさあ、お食事もすみましたし、またゆっくりお休みくださいませ」
朝食を終えて部屋に戻った私は、早々にディアンからベッドを勧められていた。
「ま、待ってください。起きたばかりで、そう簡単に寝られませんよ」
「そうご遠慮なさらず。顔色がお悪うございますよ」
「この程度はいつものことですから。それより、一度神殿と連絡をとらないと」
「神殿? なぜです?」
ディアンはきょとんとした顔で首をかしげた。
「ディアンさんが事情をどれくらい御存知かわかりませんが、実は大礼拝の儀式の途中で旦那様と結婚して飛び出してきてしまったんです。仕事の引継ぎを何もしてなかったので、きっと他の聖女たちが困っていると思います。それに、借金の返済手続きもしなくては」
「大燭台の弁済は旦那様が肩代わりしたと伺っておりますが」
「それとは別に、孤児院の修繕費を神殿からお借りしているんです。孤児院への仕送りもしなくてはなりませんし……」
私が神殿であくせく働いていたのは、自分のためだけじゃない。孤児院で生活する子供たちのためでもある。親を亡くした子供たちが何人も暮らす孤児院は、国から与えられる補助金だけでは立ちゆかない。私が給金を送らなければ、彼らはたちまち飢えてしまう。
「お金の送金元を変えて……あ」
そういえば私は還俗したんだった。
ということは無職。
聖女としてしか働いてこなかった私には、他にお金を稼ぐあてがない。
これからどうやって孤児院の子供たちを食べさせていけばいいんだろう?
「ここって、内職できましたっけ?」
「ええ?」
ディアンがぎょっとした顔になった。
しかし、私にとって仕事は文字通り死活問題だ。私がお金を送らなければ、あの子たちの生活が。
「落ち着け」
唐突に低い声が部屋に響いた。
振り向くといつの間に部屋に入ってきたのか、カイルが戸口に立っていた。
「言いつけ通り休んでいるか気になって来てみれば、案の定か」
「旦那様、淑女の部屋にむやみに入るものではありませんよ」
ディアンさんも振り返って主をたしなめる。
そうだ、主。ディアンさんも私も雇い主は彼だ。
「ノックしたのに、返事もしなかったのはそっちだろう」
「しかし」
「あの! 旦那様、内職の仕事はありませんか?」
私は思い切ってカイルに声をかけた。
ここでお仕事をするのなら、まずこの家の主人に話を通さなければ。
カイルは大きく眉をあげた。
「はあ?」
「私が稼がないと、孤児院の借金と運営費が……」
「……はあ」
そして、大きく深いため息をついた。
「この期に及んで気にするのはそこか」
「あの? 旦那様?」
「修繕費の借金は気にしなくていい。君を引き取るついでに処理しておいた」
「そうなんですか!?」
いつの間に?
私達結婚してから、一晩しかたってないんですけど?
「また、孤児院の運営費についても気にする必要はない。君にかわって毎月一定額を送金する手筈は整えてある」
「いえいえ! 燭台を弁償していただいただけでもありがたいのに、そこまでしていただくわけには!」
「俺にとっては端金だ、気にするな」
「でも……」
私はカイルを見上げた。
彼にとって私の借金程度、本当に小銭と変わらない感覚なんだろう。しかし私にとっては今まで必死に返済してきたお金だ。
「あなたとの結婚は大燭台と引き換えにしたものです。そこに今までの借金や、孤児院への仕送りは含まれていないはずです」
そんなことまで、カイルに肩代わりさせるのは何か違う気がする。
むっとカイルの形のよい眉が寄せられた。くっきりと眉間に皺が寄る。
「じゃあ何か?」
じろりそのまま睨まれた。
整った顔が間近に迫って、私は一瞬息をのむ。
「君は俺を、『妻に借金を背負わせたまま、内職をさせる夫』にしたいのか」
「えっ……それは」
確かに言われてみれば。大富豪アシュトン家から見れば、妻が借金を抱えてるなんて、不名誉極まりない。内職してるなんてことが外にばれたら、とんでもない醜聞になるだろう。
それはそれで、彼妻になる、という契約に反してしまうのではないだろうか。
はあ、とまたカイルが小さく息を吐いた。
「ではこうしよう」
ぴっ、と目の前に人差し指が立てられる。
「君の借金の処理は、必要経費だ。アシュトン家の体面を保つためのな。娶った以上、夫は妻の身の回りを整える義務がある」
「ひつよう、けいひ」
ぴっ、と今度は中指がたてられる。二本目だ。
「そして、孤児院への仕送りは君への給金としよう」
「おきゅうりょう」
「俺と結婚した以上、君はアシュトン家当主の妻として、女主人の仕事を担わなければならない。普通の夫婦関係なら金銭など発生しないが、俺と君はお互い対価支払って結婚した、いわば契約結婚だ。今後、妻として働くごとに給金を出そうじゃないか」
「ええ……」
「燭台の代金は結婚という関係を結ぶためのもの。その後の働きに報酬が出ると思えばいい」
何か釈然としない。
しかし、お互い利益のために結婚したのだから、間違ってはいないのだろうか。
ぴっ、と今度は薬指がたてられた。三本目。
「君に、まずは一日銀貨一枚の仕事を与える」
「銀貨一枚? 一日で!?」
私の神殿での二週間分のお給料なんですけど?
高額すぎてそのまま固まっていると、ひょいと抱き上げられた。
え、どうしてまた抱っこなんですか。というかこれは仕事にどう関係するんですか。
混乱している間にカイルはすたすたと部屋を横切って、私をベッドまで運んだ。そのままふかふかのお布団の上に降ろされる。
「へあ?」
起き上がろうとしたら、大きな手で抑え込まれた。
青い瞳が至近距離で睨んでくる。
「何もするな」
「え」
意味がわからない。
今仕事を与えるって言ったはずなのに。
「食って、寝ろ」
「……はい?」
「俺がいいと言うまで、当面君の仕事は休息をとることだ。これは仕事だからな? 逆らうことは許さん」
「……はい」
私は結局、頷くことしかできなかった。




