クーデターを阻止せよ5
「全てを詳らかに吐き出すタイミングが整ったわね」
小鳥が囀るような可憐な声で、終わりの始まりを告げると、フリックが無言で頷く。
「証拠は?」
「揃っております」
「通信記録」
「確保済みです」
「資金の流れも?」
「追跡完了済みでございます」
「接触履歴は、もちろん押さえているわよね?」
「全てリリアン様が開発した魔法具で押さえております」
カメラが出来たのだから、映像記録を残せないかと試行錯誤して仕事の合間に作った試作機の初めての録画が、この計画に使われることになるとは大変遺憾である。
しかし、背に腹は変えられないのもまた事実。
有用なものを使える時に、使うのは政務者として当然のことと割り切るしかない。
魔力とコストはべらぼうに掛かるが、画質も音声も前世のスマートフォン全盛期と遜色ないくらいの出来栄えである。
解像度など落として魔力消費とコスト削減された商品ならば、大富豪から一部の金を持っている貴族には売れるだろう。
私は、立ち上がり満面の笑みを浮かべて宣言する。
「さあ、この演目の緞帳をおろしましょうか」
翌日の宮廷の一室に、主要人物が集められた場には重苦しい空気が漂っていた。
ひときわ異彩を放つ少女が、分厚い資料を手に朗々と最後の演目の開幕を上げる。
「本日は、一連の騒動についてご説明申し上げます」
私が、一歩前に出ると周囲の視線が集まる。
その中には、マリアンヌも疲れ切った顔をして居た。
「まず結論から申し上げます。今回の件は、“外部勢力による情報操作と内通”によって引き起こされたものです」
私の断言に、周囲からざわめきが起こる。
「証拠はこちらに」
パンパンと手を叩くと、前もってフリックに用意させた資料を侍従たちが配っている。
「さて、お手元の書類をご覧くださいな。まずは通信記録。そして資金移動。そして――寵姫殿下へ接触していた人物の正体と接触履歴」
一つ一つ、積み上げる罪の証拠。
改革派も保守派も関係なく、場が凍った。
そりゃそうだ。
巧妙に痕跡を残さぬよう隠していたものが、彼らの秘密をまるっと暴いてしまったのだから。
痛みを負うのは、この場にいる全員を対象にしている。
そうしないと、保守派が調子づくからね。
ここらで一発どちらの派閥も凹ませて置いたほうがいいだろう。
「クルト・フォン・ルーデルフ中将、この者はナリスと手を組んだ外部勢力の工作員です」
ざわめきが、悲鳴に変わる。
マリアンヌの顔が、青ざめ引きつっている。
知らなくて当然か。
私でさえ、精霊達を使って念入りに調べなければ辿り着けなかったほどだもの。
普通の捜査では、彼まで辿り着くのは不可能だっただろう。
「……嘘」
マリアンヌが、小さく呟く。
私は、それを無視して話を続けた。
「なお、マリアンヌ殿下の行動は、全て“善意によるもの”であり国法に則った場合、責任は問うことはできません」
視線が、一斉にマリアンヌへと向く。
今度は、同情として。
彼女には、その視線はさぞ屈辱に違いない。
だから、私は更に燃料を投下してあげる。
「むしろ、マリアンヌ様は獅子身中の虫に良いように利用された最も被害を受けた被害者の一人です」
完全に、流れが私の手の中にある。
私は最後に、こう締めた。
「以上をもって、本件の報告とさせていただきます」
一礼し、顔を上げる。
マリアンヌを見て、私はほんのわずかに嘲笑を浮かべた。
――後日。
「お見事でした」
フリックが言う。
「そう?」
「はい。“一度負けることで、全てを引き出す”」
「でしょ?」
私は肩をすくめる。
「勝つだけなら簡単なのよ」
でも、それじゃ足りない。
「“二度と同じことができない状態にする”のが、本当の勝ちでしょ?」
「確かに、お嬢様の仰っしゃるとおりですな」
「今回はそのために、あえて舞台を用意して全部崩しただけ」
フリックの入れてくれた紅茶に口をつける。
うん、穏やかな午後に似つかわしくないくらい熱い紅茶は私好みだ。
「それにね」
ふっと笑う。
「主役には、もっと気持ちよく終わってもらわないと」
マリアンヌの体面は、表立っては救われた。
「アレでも馬鹿ベルトの実母だもの。使い道は、いくらでもあるわ。本当の意味で、彼女は二度と表舞台にも政治にも関われないでしょう。アレを神輿として担ごうなんて思うバカはいなくなる。ナリスの残党はくやしいけど逃がしてしまったのが残念で仕方がないわ。両派閥の勢いを削げた事が、今回の一番の収穫かしら」
「押収した武器は、どうなさるのですか?」
「そうね、一部は手元に残してバラした後に構造を解析して改良・量産したいのよ。後は、鉄くずに戻して量産の材料にするつもりよ。武装国家と名乗るだけあって、ナリスの武器は品質が良いもの。この国も見習わなくてはね」
私の答えに、フリックは虚を突かれたような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻って問いかけてきた。
「我が国では、ナリスの模倣品を作るのも怪しいのでは?」
「一人の職人が作れば、そうでしょうね。でも、作業工程をその専門に作らせたら話は違ってくるのではないかしら。わたくし、魔法銃も心が踊るけど魔法剣もあったら素敵だと思うの。フリック、貴方の眼の前にいるのは誰だと思って? わたくしは、神言を操る者で賢者を生み出した人間よ」
ナリスは、職人のスペシャリストがそれぞれ分業で部品を作っている。
ならば、それを真似して更に私好みにカスタマイズしてしまえば良い。
「さて、ひとまずは一件落着…かしらね?」
飲み干した空のカップをテーブルの上にコトリと置いた。
「表向きは、そう判断しても宜しいかと」
フリックが答える。
「ええ、表向きは」
にやり、と笑う。
「でも」
窓の外を見る。
変わらない王都。
何事もなかったかのような日常。
「こういうのって、大体“続き”があるのよねぇ」
ぽつりと呟く。
「……」
フリックは何も言わない。
だがその視線は、わずかに鋭くなっていた。
「来るなら来るでいいわ。次も容赦なく潰すだけだもの」
軽く、笑う。
その言葉は、静かに――けれど確かな確信を持って、部屋に落ちた。
――同時刻、王都の片隅のひっそりとした部屋にて。
「……全滅、か」
低い声が、静かに落ちた。
机の上には、未開封の封書。
差出人の名は、もう意味を持たない。
「見事だな」
くつり、と笑う。
「こちらの手を、完全に読んでいたか」
男は、窓の外を見る。
遠くに見える王城が、聳え建っている。
その眼光が、スッと細められる。
「だが“全部”ではない」
指先で、封書を軽く叩く。
「駒はいくらでも用意できる。舞台も、まだ残っている」
男は、ゆっくりと立ち上がる。
「次は、もう少し深く潜ろうか」
その影は、音もなく消えた。




