life 30〔ただ遠ざかる私のスローライフ〕
※ ※ ※
――元ブラック残業のOLが異世界に転生した。
私が転生した異世界は数多くの職業、神が授ける“天職”と呼ばれる人生がある。
簡潔にどういうモノかと言うと――。
「アヤネ様、本日も村の入り口に来ていた訪問者の対応をしてきました」
午前中の仕事を終えて、村の門衛騎士をしているシロさんがその報告をしてくる。
「ありがとうございます。昼食の準備ができてますので、どうぞお召し上がりください」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
次の瞬間、ぶわっと自宅の傍らに生えている木が揺れる。
「――スンスン、クンクンッ!」
すると木の上から、少年が犬の様に鼻をヒクつかせながら飛び出してくる。
月光色の髪を揺らす、その少年は、人の姿を模した神獣、月狼モーンガータのモンちゃんである。
本来は巨体の狼なのだが、今は訳があって、大体の生活を人の子の姿で、――村の何処かしこで寝て過ごしている。
そんな訳アリ神獣が、鼻をスンスンとし瞳を爛々と輝かせている。
おそらくはいつも通り、食事の匂いに釣られて起きてきたのだろう。
「この香りは……間違いない!」
狼少年は、風の如く俊敏な動きで私の目の前に一瞬で迫る。そして鼻息を荒く、興奮も露わに。
「アヤネよ! 今日の飯はあのチーズであろう! はやく、はやく出し惜しみせずに出すのだッ!」
私は、やや驚きつつも。
「……ちゃんと人数分、用意してますから……」
「ならば早く食させよ!」
と、愛くるしい小動物の様に周囲を動き回り、喜ぶ、神獣。
それを見て、シロさんもまた、少し戸惑いながら微笑んでいる。
――少し前までは、人類と魔族の争いによる天地雷鳴な決戦が三日三晩続き、村全体が配給会場になるほどの騒動があった。その後には王都へと出向き、なんやかんやで死にかけて……。
ようやく、元通りの、村での暮らしが戻ってきた。
現在はこうして、村に居付く事となった門番のシロさんや、村に住み着く神獣と共に食卓を囲む日々。
いつになったら私はスローライフを楽しめるのだろうかと嘆いたこともあったけれど、この穏やかな時間こそが、私の求めていた平和なのだと思う。
「ではお昼にしましょう」
私は微笑み、二人を我が家へと誘導する。
足取りはゆっくりと、そして穏やかに。村の一日は、今日もまた、同じ日々を繰り返す。
…
昼食後の片付けを終え、一段落。といったところで、自宅の扉を叩く音。
食後の余韻を楽しむモンちゃんとシロさんがピクリと反応する中、怪しむ事も無く、何気なしに扉を開く私は、その訪問者と対面した。
顔を見せたのは王都より来た使者、との事で。
もしや前回の事、かと思ったが。王は結局無事だったし、領主の館も無事に再建されたと聞いていたので、私には全く心当たりがなく。一体、何のことかと首を傾げながら話を聞く。
と、使者はひどく思い詰めたような顔で――。
「――アヤネ様、国王がお呼びになっております。どうか王城まで、お越しいただけませんでしょうか……?」
相変わらず庶民とは何なのかを誤認しそうな使者の態度、に。
「えっと、今回はいったい何の御用で……?」
「実は……勇者がとある理由で自室にひきこもりとなられ、その末に自ら命を絶ってしまわれたのです。つきましては、至急アヤネ様に王都へと来ていただきたく……!」
「はい?」
あまりの急展開に、思わず聞き返してしまう。
勇者が、ひきこもり……? しかも自殺? いやいや。
「……それは、大変な事態だとは思いますが、それで、何故、私が王都に行かなければならないのですか?」
王様が来いと言うのだから、一般人である村人に断る権限は無論無い。
けれど、いくらなんでも勇者の死と村人は畑違いすぎる……。
すると使者は、真顔で告げた。
「新しい勇者の選考には村人の意見が反映されなければならないという、王の絶対の指示でございます」
なにそれ、理由が強引すぎる。
新しい勇者選びに村人の一次面接でも挟む気なのか……?
私が内心で頭を抱えていると、使者はさらに気まずそうに視線を逸らし、言葉を続けた。
「更には、前の勇者が残した遺書に、自死された理由が書かれておりまして。それによりますと、勇者の死にはアヤネ様が少なからず関わっていると……」
「……は?」
全く身に覚えがない。
私は、深く長いため息を吐く。
何度でもいう、私はただの村人で、理不尽な天職の縛りの中で、それでも自分なりのスローライフを満喫しよう、としているだけだ。
勇者の死になど、関われる訳もない。
「アヤネ様……、どうかご安心ください。決して、アヤネ様ご自身に非があるなどと申しているわけではないのです」
使者が慌てたようにし、両手を振って言う。
「――なら、何故……?」
「それが、前の勇者様が自ら命を絶たれた直接の理由は、この村の名前が改名されていたことにあるようなのです」
「……?」
村の、改名?
それなら心当たりは、ある。
この村では、好奇心で訪れる人々が観光名所みたいに私の所へとやって来ては村の名を聞いて去って行く。という事態が長らく起きていた。
ここは――何て村ですか。と、週に三度も聞きに来るような迷惑な訪問者まで居たのだ。
だから、村の出入口の傍らに立っていた村の名前が書かれた大きな看板の掲示内容を変更した。
――ラクサの村は今後ただの“村”とお呼びください。という、シンプルな内容に。
「……たしかに、村の名前を変えはしましたけど。だからといって、それが理由でナゼ勇者が自殺を……?」
というか、村の名前が変わっただけで命を絶つ勇者って何なんだ。
私が呆れ果てて反論すると、使者はひどく痛ましそうな表情をして――。
「――勇者様にとって、この村を訪問することだけが唯一の気分転換だったのです。しかし、門番が駐在し始めた事で門前払いをされるようになり、ようやく、といったところでその改名の掲示を目にしてしまった」
……。
「無気力となった瞳に映る掲示は、自分に残された将来の志すらも打ち砕いた。と、遺書には記されておりました」
「……っ」
そして、なんとも言えない、居心地の悪い沈黙が続く。
自殺した勇者が希望を失った直接の理由が、あの看板の文字だったというのなら、原因の一端は私にもあるのかもしれない……――。
――な訳あるか。
そもそも、私だって好きで変えたわけじゃない。
それでも、ほんの少しだけだが、胸の奥に湧き上がってくるのは微妙な罪悪感。
そんな、なんとも言えない感情の狭間で、私は完全に言葉を失ってしまった。
ガタン――ッ!
使者の前で立ち尽くしていた私の耳に、背後の食卓から大きな音が響く。
振り返ると、椅子を勢いよく蹴立て、立ち上がったシロさんの姿があった。
「……シロさん?」
いつもは真面目で凛々しい彼女の顔には、これまで見たこともないほどの深い絶望が張り付いている。
――血の気を失い、青ざめた表情でわなわなと震えるシロさんに、私は問いかけた。
「どうかしましたか……?」
途端にシロさんは泣き出しそうな瞳を私に向け、震える声で。
「勇者様が……、死んだ理由はきっとボクです……」
エ。
「ボクが、……ボクが何度も何度も村へ入ろうとする勇者様を追い返してしまったからです……ッ!」
と両手で顔を覆う、シロさん。
待て待て。
「ちょっと待ってください、シロさん。それは門番としての職務であって、非は――」
私が、言葉を言い切るより早く。
シロさんが勢いよく駆け寄ってくる、と、私の両手をガシッと――すがりついてきた。
「アヤネ様っ!」
「ひゃっッ?」
更に一層、シロさんが懇願するように必死の形相で迫ってくる。
「どうか、アヤネ様のお力で……新しい勇者様を見つけてくださいっ!」
「ふぁいっッ?」
だからなんで、私が新しい勇者を見つける流れになるのッ。
シロさんが腰にすがりつき、メソメソと涙を流している。すると、頭を抱える私をよそに、食後の余韻に浸っていた少年が、振り返った。
「うむ。ではあの都へと再び赴くということだな、アヤネよ。であれば、またあの店であのチーズが食えるではないか!」
悲嘆に暮れるシロさんとは対照的に、なんてマイペースな神獣様だ……。
ま、どのみち。――抗う術はないのだけど。
王様が来いと言うのだから、一般人である村人に断る権限など基本的に無い。
それは庶民として絶対に逃げ様の無い運命の縛り。
私が受け入れるまでもなく、完全に王都へと行く流れが出来上がってしまっている。
「……、――分かりました。少し時間をください。村を出る準備をしますので」
諦め混じりにそう告げると。使者は満面の笑みで、「即時護衛付きの馬車にて、送らせていただきます!」と言って、何故か感動している様子も見せる。
ふと、使者の向こう、外に広がる、のどかで何もないはずの村の風景を眺める。
私はただ、普通に生きていたいだけなのに。騒動の種が、向こうから猛ダッシュで突っ込んでくるこの世界は、いつになったらスローライフを楽しませてくれるのだろうか……。
そんな切実な本音を心の奥底にそっと沈めながらも、私の思い描く平和な異世界生活は、またしても、遥か彼方へと遠ざかっていくのだった……。
――まったく、めでたくない。
【付記】
今話≪第一章≫第30話で【私村人】の【第一章】は閉幕となります。
※又≪第一章≫の終結後、投稿を暫く休止し、別作品の物語を進めたいと思います。
なにとぞ、ご理解のほど宜しくお願い致します。m(_ _)m
ここまでご一読くださった方々に、心からの感謝の意を込めて。
“R8.0830”




