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輝ける明けの明星  作者: 六福亭
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第3章 3

 表通りは麗しく立派なアマンドラだけど、路地はなんとなくごたごたと汚らしい。リートはイヤそうに鼻を押さえている。わたしは大きく深呼吸した。

「何とか……逃げられた?」

「ふぁい」

 リートは力なくしゃがみ込んだ。

「だ、大丈夫?」

「う……ここは駄目です。ぼくもう気持ち悪くて」

 市場とは反対側の表に出た。この辺りはお店よりも人家が多い。何人もの住人が玄関に吊したランプを外し、家の中に持ち帰った。それを見たリートは身を縮めて道の真ん中に移動した。

「怪物……」

「えっ?」

「もうすぐ怪物の時間ですね」

 言われてみれば人通りは随分少なくなった。だけど……

「リート君、怪物なんていないのよ」

「いますよっ。夜になると地面から出てきて人を襲うんです」

「それは迷信。怪物はわたしたちの心の中にしかいないの」

 教父様から教わったことを話してあげた。本当の意味での怪物は、人々を堕落させ正しい道から遠ざける誘惑そのものなのだと。拝火教徒のように火を灯して怪物を遠ざけようとするのは愚かしい行為で、ただの火に守護を求めるくらいなら清く正しく生活する方がいいんだって。

 リートは大人しく聞いていた。途中までは。

「だけど姉さん、ぼくはほんとに怪物を見たんです」

「えっ、そうなの?」

 教父様はそんなこと言わなかったのに。

「どうやって退治した?」

 リートはランプを掲げた。

「怪物は光を嫌うんです」

「そんなことありっこないわ。火に魔力があるなんて嘘だって」

「魔術師は火を灯しますよ。僕の師匠も」

 リートはランプを軽く振った。白く光り輝く小鳥が飛び出していったのを、わたしは確かに見た。

「ぼくは火を灯すのが苦手なんですけどね。光が消えたら、もう魔法は使えないんです。だからランプに入れて大切に持ち運ぶんです」

 誇らしげに語るリート。とてもわたしを担ごうとしてるようにはみえない。

「最近ずっと夜が続いているから、油が足りなくなりそうです」

「えーと、最後に日が沈んだのはいつだったかしら」

 季節によって、あるいは神様の思し召しで、夜が延々と続く時がある。長いときには一ヶ月以上。一時間で夜が明けることもある。

「三日前です!」

「今度はいつ夜が明けるんだろうね」

「なるべく早いといいですね」

 そう言いながら、リートは暗い中を迷うこともなく歩いていく。

「怪物からも追っ手からも、何とか逃げ切りましょうね」

 大丈夫かしら。さっきは上手くいったけれど。

「そうだ! 姉さんにいいものあげます」

「わあ、何?」

 取り出し見せてくれたのは、細長いガラス瓶だ。中指ほどの大きさ。暗褐色の液体が入ってる。

「これは……?」

「煙草の灰と腐った水とすり潰した虫を混ぜました!」

 最悪!

「何でこんなのくれるの……?」

「武器ですよ! いざとなったら悪い奴の顔にかけてやるんです。きっと効きますよ」

 そりゃあ効くだろうけど!

「この瓶、急に開いたりしないでしょうね?」

「しませんよ。あ、開けてほしいですか?」

「冗談!」

 おそるおそるガラス瓶に鼻を近づけた。よかった、臭いはしない。

「リート君が作ったの?」

「はい! もう一つあるんです。これは辛子と砂が入ってて……」

「お願い、とっかえて」

「いいですよ」

 目にでも入れば悲惨なことになるのは同じだけど、さっきよりかはだいぶマシだ。やっぱり臭いをかいでみてから、そっとしまいこんだ。

 ところで、ここはどこだろう? しゃべりながら歩いてるうちに大通りを抜け、ひらけた暗い場所に来てしまっていた。喧騒に耳が慣れていたせいで何か物足りない気がした。

「よかった、あいつらはもういないわね」

「そうですね」

 リートは不安げにあちこち見回している。

「ここは……?」

 その時、大きな鐘の音が鳴った。リート君が飛び上がる。だけどわたしはちょっぴり安心していた。

 この鐘は、教父様が鳴らす刻の合図だ。すると、この近くに集会所か何かがあるのだろう。よかった、いざとなったら駆け込むことが出来る。神様の扉は誰にでも開かれている。幼いときから何度も聞かされた言葉だ。この安心を分け合おうと、リート君の方を見た。ところが、少年はとっても変なことをしていた。


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