男爵家の使用人
肩透かしを食らった形のグルナードだったが、20人以上ズラズラと入室してきた使用人達の数の多さに圧倒される。
裕福な男爵家だとは聞いていたし、実際エントランスに並んだ使用人の多さに驚いてはいたが、自分の世話だけにこんな数の使用人を割けるクローバー男爵家の財力に舌を巻いた。
入室してきた使用人達は老若男女様々だったが、全員射貫くように真っすぐにグルナードを見つめてくる。
その視線に、どこか居心地の悪さを感じたグルナードへ、シスルが優しく微笑んだ。
「ところで私も馬車の中でのお話の続きをしたいのですが、グルナード様は、この者達も覚えていらっしゃいませんか?」
突如の問いかけに、グルナードは瞬きをする。
「え?」
「実はこの使用人達も、かの国でグラナード将軍と出会ったことがあるそうですわ。本当に覚えていらっしゃいませんか?」
質問の意図が理解できずに瞬きを繰り返すグルナードだったが、とにかく覚えがないため首を横に振るしかない。
「いや、すまない。記憶がない」
「……そうですか」
呟いたシスルの声は、今まで聞いたことがない位冷たく抑揚のないものだった。
その温度のない声に、グルナードは自分が間違った回答をしたのかと焦って使用人達の顔を見回す。
しかしどの顔にも心当たりはなく、忙しなく視線を彷徨わせるグルナードに向かって、一人の使用人が歪に顔を歪ませた。
「ふっ……ふははっ! ふははははっ!!!」
腰を折り、突然高笑いを始めた使用人にグルナードは眉を顰める。
一頻り笑った使用人は顔を上げると、グルナードへ向かってニイっと口角を上げた。
「なんともかんとも、これが笑わずにいられますかっての!」
使用人が仕えるべき相手にする言動ではないとグルナードは不敬を注意しようとしたが、それまで黙って立っていた周囲の使用人達が同調するように口を開き始める。
「本当に。やってられないわね」
「偉大なる将軍閣下にとっては、俺達みたいな虫けらなんて記憶にも残らない些事だったってわけかい」
「それとも奴の記憶力の問題ですかね? 頭のネジが数本飛んでいなけりゃ、あんな所業はできないでしょうから」
「どうだかな。忘れたふりをしているだけかもしれないぞ?」
「それなら、思い出させてあげなくちゃ」
「ええ、そうね。思い出させてあげないと……ね?」
勝手に話し出した使用人達に訳は解らないが恐怖のようなものを感じて、グルナードは隣に佇むシスルを見上げた。
「シスル、彼らは何を言って……」
グルナードの問いかけは最期まで紡がれることはなく、視界がグラリと歪む。
身体に力が入らず、堪らず机に突っ伏したグルナードをシスルの瑠璃色の瞳が覗き込んできて、その目が三日月に細められた。
「あぁ、やっと薬が効いてきましたね」
「え?」
何を言われたのかグルナードは理解できなかったが、シスルは弧を描いた瞳を益々細める。
「先程のお茶に痺れ薬を混入しておきましたの。よくご存じでしょう? 戦時中に貴方が無差別に井戸へ投げ入れていた薬ですわ」
「な、何を言って……?」
「この薬の怖いところは無味無臭な上に顔面以外の身体が痺れても、痛覚はそのままで意識もしっかり覚醒している所ですよね」
ティーセットの影から昔よく見ていた小瓶を取り出し、まるで効能でも説明するかのように話すシスルに、グルナードはまだ状況が理解できずにいた。
そんなシスルの言葉に頷きながら使用人達が次々と言い立てる。
「俺の娘はこの薬を飲まされてから凌辱されたんだよなぁ」
「私の恋人は目を抉られて生きたまま焼かれたわ」
「私の弟は両手を縛られて笑いながら河へ突き落とされたっけ」
「俺も親父を嬲り殺された。つまらねぇサンドバックだって言ってたな」
「儂は自分の片足を斬られたよ。痺れているのに痛いなんてものじゃなかったな」
コンコンっと義足を叩いた老齢の男性と目が合ったグルナードは、その瞳の昏さに背筋が凍るような感覚を覚える。
「グルナード・ブラックサレナ将軍閣下、ここまでお話しても私達のことを思い出してはくださいませんか? この15年間私達皆、英雄である将軍を忘れたことなどございませんでしたのに」
頭上から降ってきたシスルの言葉にグルナードは息を吞む。
その脳裏に、15年前の記録が蘇った。
続きは明日の夜投稿します。




