第十三話
「お、教えてもらったって……誰にだ?」
動揺を隠しきれない様子で問うパーシーに、レイラは元気良く答える。
「お姉ちゃんなのっ!」
そんな、レイラのセリフに、パーシーだけでなく、アシュレーまでもが愕然とする。
よくよく考えてみれば、キメラも生き物であるからには親も兄弟姉妹も居たところで、何ら不思議はない。ただ、パーシー達が今まで見てきたキメラという存在に、生物としてあるべき本能も、意思も、何も見出だせていなかった。だからこそ、今、レイラに家族が居るという現実に言葉を失ったのだ。
「……お姉ちゃん……」
「ふゆっ、お姉ちゃんなの! 色々、教えてくれたけど、今は遠くに居てずっと、会えてないの……」
『お姉ちゃん』の話をすることが嬉しいのか、アシュレーの問いかけとも言えない呟きに応えたレイラ。しかし、『会えていない』という内容を話す瞬間は、酷く悲しそうで、レイラが何も言わなくとも、そのお姉ちゃんが本当に、遠い存在なのだと理解できてしまう。
「……すまない。不躾なことを聞いた」
「ふゆ?」
「ごめんな、レイラ」
「ふゆゆ??」
謝る二人に首をかしげるレイラは、その謝罪の意味を理解できていない。それにアシュレーもパーシーも気づいて、そのレイラの幼さゆえの無知に何も言えなくなる。
「?? よく分からないけれど、だいじょーぶなのっ」
「そ、そうか……」
「む……」
「それより、私、ちゃんと文字、知ってるの!」
何ともおかしな空気になったその場所で、レイラは思いっきり『私、すごい? 偉い?』と褒めてもらいたそうにピコピコとうさ耳と翼を動かす。
「おうっ、すごいぞ、レイラっ」
「それならば、レイラに何か書いてもらうのも良いかもしれない、か……。レイラ、俺達の名前を、これに書いてみてくれないか?」
「ふゆっ! 分かったの!」
パーシーに頭を撫でられ、アシュレーに紙を差し出されたレイラは、しっかりと紙を受け取ると、ぬり絵用のクレヨンで書き始める。
アシュレーの名前は、赤いクレヨンで。パーシーの名前は緑のクレヨンで書いて、書き終わったそれを掲げるようにして二人へ見せる。
「っ……おぅ、よく書けてるな」
「む……上出来だ」
その字を見て、一瞬固まったパーシーは、それでもすぐにレイラを褒める。アシュレーの方は、その字を確認すると、そっと目を細めて、やはりレイラをしっかりと褒めた。
「レイラ、お前の姉ちゃん、すごいな。これ、あたしの名前の方は、古代文字だぞ?」
「そうなの! パーシーなら『これが正解』ってゆってたの!」
そんなレイラの発言に、パーシーは今度こそ酷い動揺で固まる。
「レイラ。その姉の名前は、何という?」
「お姉ちゃんの名前……? ……んと、ね……思い、出せないの……」
アシュレーが何かを確認しようとして行った質問に、レイラはおかしな返答をする。
「思い出せない?」
「そう、なの。悪魔に捕まる前のこと、ほとんど覚えてないの。……でもっ、お姉ちゃんが居たのはほんとーなの! 姿も、思い出せないけど、でも、ちゃんと、お姉ちゃんは居たのっ」
必死に言い募るレイラに、アシュレーは少し黙り込んだ後、ゆっくりと、問う。
「レイラの言う『お姉ちゃん』は、血の繋がりのある存在なのか?」
アシュレーの質問に、固まっていたパーシーは息を呑む。二人が懸念していることについては不明だが、それでも、この質問が重要なものであることだけは確かだった。
「ふゆ。ちゃんとあるの。でも、その辺りはお姉ちゃんの方が色々知ってるはずなの」
レイラの瞳をじっと見つめたアシュレーは、その言葉に嘘がないと判断したのか、『そうか』と言ってうなずく。その声は、先程と比べると力がなく、落胆しているようにも聞こえる。
「ふゆ……?」
そんなアシュレーの様子に戸惑うレイラだったが、パーシーへ助けを求めるように視線を向けると、そのままパーシーへ抱き締められる。
「パーシー……?」
「おぅ、思い出せないのに、色々と聞き出そうとして、ごめんな?」
それは、言葉通りに取れば、不自然などない。しかし、パーシーの声は、そんな内容を話すにしては震えている。
「ふ、ゆ……? パーシー……?」
何か、間違ったことを言ってしまったのだろうかと戸惑うレイラ。しかし、パーシーは頑なに自分達の表情を見せようとせず、レイラをしっかりと抱き締め続ける。
「すまない。これから、仕事がある。訪ねてきたばかりだが、後を任せてもいいか?」
「あぁ、もちろんだ」
パーシーに大人しく抱き締められていたレイラは、ようやくそこで解放されて、改めてパーシーの表情を確認する。
パーシーの表情は、特にいつもと変わりはない。だから、レイラはそれ以上、パーシーやアシュレーに問うことができなかったようで、ただただ、大人しく二人の会話が終わるのを待つ。
その流れで、パーシーが少し仕事に駆り出されるという話になって、レイラに大丈夫かどうかの確認もしていたが、その時にも、何の異常も見られなかった。
表面上、穏やかにこなされた会話の裏で、どのようなやり取りがあったのかは分からないが、レイラは再び、部屋に一人、取り残されることとなってしまった。




