迷宮と迷宮主
がりがり、がりがり
静かな室内に、硬質な物が砕かれる音だけが響いている。
がりがり、がりがり
室内には、私だけ。もちろん、音の発生源も私だ。
がりがり、がりがり
・・・正しくは、私の口内から音が響いている。
「・・・顎、疲れてきた。」
私は今、目の前に積まれた魔石を食べていた。
迷宮は魔力を吸収する事で、維持、成長する。
それは、迷宮主であり、核である私も同じだ。
しかし、私の迷宮は、遥か遠くにあり、魔力をいくら迷宮が吸収しようとも、私に届くまでには、多くの魔力が霧散してしまい、受け取れる量はほんの微々たるものなのだ。これでは、成長どころか、私の存在自体が難しい。
それで、今こうして魔石を喰らって、不足分を補っている。
不足分を超えて、魔石を摂取出来た時、そこでようやっと成長、レベルアップが叶う。
蛇足ではあるが、魔物のレベルアップも他の魔物を殺し、魔石を摂取する事で起こる。
因みに人族だと、レベルアップの仕方が全然違う。魔物を殺す事でもレベルアップは起こるが、自分より格上の魔物を殺した時に起こりやすい。また、鍛錬を続けることでも、稀にレベルアップする事があるようだ。
つくづく、人族とは不思議なものだと思う。
がりがりと魔石を噛み砕く事1時間程、ようやっと、最後の魔石に手を伸ばす。
長かった。顎の感覚は既に無い。
今まで噛み砕いていた魔石と比べ、一回りは大きい、純度の高い魔石だ。透き通った石の中には美しい焔が煌々と燃えている。
ゴブさんとスーちゃんが、今日、迷宮で獲た火の魔石だ。
このクラスの魔石なら、恐らくは迷宮の階層主の物だろう。迷宮を守り、迷宮主を護る者。
そっと口に運び、舌で少し転がしてみる。
特に熱いわけでも、何でもない。
歯を突き立て、噛み砕く。
パキン
酷く乾いた音が、頭蓋に響いた。
「いざ、ヘイズの迷宮攻略~!!」
翌朝、私達は迷宮の入口に来ていた。
「まぁ、昨日のうちに最下層手前まで行ってるがな。」
「うんうん、他の階層はマッピングまで終わってるよぉ。」
「早いよ!?」
迷宮探索は、本当にただのお宅訪問になりそうだ。
今日はちゃんと迷宮探索を念頭において、冒険者ルックで来たのに。
ワイバーンの皮で作られた軽鎧に、盾代わりにもなる可変式のガントレット。
私は手に持った短槍を所在なさげに弄ぶ。
「まぁ、戦闘がないなら、それに越した事はありませんからねぇ。」
「コボちゃんまで・・・。」
コボちゃんも何時ものシャツとズボンだけでなく、私と同じワイバーンの軽鎧に短刀を2本装備している。
「とりあえず、サッサと入るぞ。」
「はぁい。」
何時もの重斧を担いだゴブさんが先頭に、コボちゃん、私、スーちゃんの順に迷宮に足を踏み入れる。
途端、熱い風が迷宮から地上に向かって吹き上げた。
「いや、流石に暑いよ。」
「炎と水の迷宮だからねぇ。」
「水の要素ほぼゼロじゃない。」
1階層から、ムッとした空気と、強い火の魔力がそこかしこから吹き出している。
「とりあえず、人気のない所まで行ったら、昨日マーキングした所まで跳ぶからな。」
「はぁい。」
黙々と迷宮を進む。浅い階層だからなのか、襲ってくる魔物もいない。
遠くで冒険者の悲鳴が聞こえるような気もするが、恐らく、気の所為だろう。
「因みにこの辺りだと、どんな魔物が出るの?」
「冒険者にとって、手強いのだと、火鼠辺りだな。アイツらは大概、悪食持ちだからな。」
装備から冒険者の骨まで、何でも喰うぞ。
でしょうねー。
いつの間にか、冒険者の悲鳴は止んでいた。
「僕らには、関係ありませんしね。」
恐らく、私より先に気が付いていたであろう、コボルトは、後日、そう語った。
「じゃあ、転移するから、全員俺に触れ。」
しばらく進んだ所にある、行き止まりの部屋で、ゴブさんが転移の魔術を使う。
瞬きする時間すら許さずに、私達はヘイズの迷宮の86階層にいた。
「こっからは、主の仕事だぜ。」
人族の確認している階層は、この階層が、最下層になっている。
だが、何故それが最下層だと思うのか。
人族が潜ってこれる場所に、何故わざわざ、心臓と言える、迷宮主が無防備にいなくてはならない?
迷宮の最下層、それは、この遥か下にある。
地下深くに広がる迷宮の、更に奥深く、迷宮の最下層と呼ばれる階層よりも尚、深い、地中の牢獄。それが、迷宮の真の最下層。
そこに迷宮主はいる。
私は、迷宮の壁に手を当て、目を閉じる。すると、微かな魔力の流れを感じる。細く、細く、糸よりも尚細い、ヘイズの迷宮と繋がる、魔力の道。それを慎重に辿っていく。まだ、先だ。もっと深く、もっと遠く、もっと、もっと、もっと・・・
目を開ければ、目の前には、小さな子供が、膝を抱えて、蹲っていた。
真っ白な髪に、細く、小さくも鋭い角。のろのろと顔を上げた子供の瞳は紫水晶の煌めきを宿していた。
「ぁ・・・」
言葉にならない、空気の音。
「初めまして。」
間違う筈などない。
「私はアイン。」
「ぁ・・・う・・・」
私は嗤う。
「アナタと同じ、迷宮主だよ。」
この子供が、この迷宮の主だ。
お仕事で1日空いてしまいました。
しばらく忙しくなりますが、あんまり空かないように頑張りたいです。