第九話
初恋の思い出、それを聞かれたら俺は迷うことなく今の彼女である里穂を指す。幼馴染であり、初恋であり、そして彼女だ。でも、本当は違うんだ。俺の初恋は……。
「ねえ洋一!今日は一緒に帰れないからね!」
「え?なんで?」
「恵真と帰るの!」
「ごめんねぇ洋一、大好きな彼女取っちゃってさ?」
「ちょ!ちょっと恵真!私らはそんなんじゃないんだってば!」
「はいはい、分かってるって」
中学から同じ学校になった若松恵真は、どこから見ても美少女だったが中身は結構男勝りで、女子だけでなく男子とも仲良くしていた。俺も一緒になって遊ぶことも多かったが、中でも里穂と恵真は周囲が認める程の親友同士だった。
「洋一さぁ?あんたもうちょっとしっかりしないと、里穂どっか行っちゃうよ?分かってんの?」
「だから、俺と里穂はそういうんじゃないんだって」
「そうなの?まあ別にいいけどさ。あ、そうだそうだ、この前めっちゃ大きいカマキリいてさ?」
「喰ったの?」
「そうそう、唐揚げにしたらこれが美味いのなんのって……んなわけないだろ!」
「ははは!んで?捕まえた?」
「家で飼ってんだけど、今度見に来る?」
「それ止めた方がいいよ……オチが見えた……」
「なんで?え?なんで駄目なの?」
いつも一緒にいた里穂の事は、もちろん好きだった。でも、恵真といる時間はもっと心地よかった。男友達と一緒にいる時と同じぐらい楽で、里穂と一緒にいるよりももっとドキドキした。
「どういうこと……?」
「亡くなったそうだ……」
その知らせを聞いたのは、部屋で一人考え事をしていた時だった。
恵真は里穂と二人で山に行って遊んでいる最中、足を踏み外して崖から落ちて死んだ。あまりにも信じられない死。昨日まで普通に話していた恵真の笑顔が、目を閉じるまでも無く浮かんでくる。
お通夜の日、泣きじゃくる里穂を必死で抱きしめた俺は、ずっと大丈夫だと言い続けた。
「なあ、付き合おうか、俺たち……」
「……本当に?」
「うん、好きだよ?里穂……」
それから二年、中学卒業と同時に俺たちは付き合うことになった。毎年命日と誕生日には墓参りは欠かさないが、それ以外の日は出来るだけ恵真の話はしないようにしている。
だってそうだろ?あいつは、里穂は……恵真が死ぬその瞬間を見てしまったんだから。
「そうだったんだ……ごめんね?変なこと聞いた」
新谷君の昔の話を聞いて、私は再度反省する。そんな二人に真っ向からあんなこと聞くなんて、やっぱり間違ってた。
「いや、いいんだよ。俺もその話聞いてちょっとだけ納得したから」
「どういうこと?」
「俺もその……あの幽霊がちょっとだけ、寂しそうに見えたから……」
顔はボコボコに腫れ、表情なんて分からない。でも私も同じことを感じたんだ。
「あのね?新谷君……私……」
「もう一回行くのか?あそこに」
「うん……」
やっぱりこのままにはしておけない。あれが本当にその恵真って子なら、そんな悪い霊じゃない気がするんだ。
「俺も行くよ。これから出られる?」
「え!?」
「もしあれが恵真なら、それって俺が呼び出したんだろ?じゃあ、俺がちゃんと帰してやらなきゃな」
「……分かった」
こうして私と新谷君は、もう一度あの廃校へ向かうことになった。家を出る準備をしている時、少しだけ頭を過った江守君の言葉が、また私の胸に引っかかっていた。




