第十話
「うわぁ、派手にやったね」
「お恥ずかしい」
部長が壊した窓の前で二人佇む。何が一番恥ずかしいって、こんなイケメンの隣に並ぶのが一番恥ずかしいわ。
「じゃあ行きますか」
「はい、行きましょう」
二人で1年1組の教室に入っていく。中は昨日と同じ、薄暗く気味が悪い。ふと昨日出会ってしまった幽霊の事を思い出し足が竦む。
「大丈夫?」
「は、はい……行きましょう……」
教室を出て、二人で並んで廊下を歩く。新谷君は辺りをしっかり見回しながら、それでも真直ぐに3年1組へと足を運んでいく。
「こっちの窓も全部閉まってたんだよね?」
「はい、全部確認したんで」
「昼間に業者の人とかが来て、玄関から入って閉めたってのは……」
「何年も放置してる廃校でそれはないですね」
二人で話しながら進む。吊り橋効果で好きになってしまったらどうしよう。はは、絶対ないや。このドキドキは間違えることなく恐怖である。あの教室に一歩近づく度、全神経が逃げたがっている。
「もうすぐ3年1組だね……」
「ええ……」
私が答えた瞬間、後方から大きな物音と共に女性の悲鳴が聞こえる。
「きゃあああああ!」
同時に振り向いたはずの新谷君がすでに走り出している。
「里穂!」
「え!?」
どうやら叫び声だけで相手が分かったらしい。でも本田さんが?なんでここに?
「里穂!大丈夫か!?」
1年1組の教室にいた本田さんを抱きかかえる新谷君。本田さんは自分の手を握りながら震えている。
「これ……もしかして……」
「あれにやられたの!鎌を持ってて……それで……」
「ど!どこだ!」
ここにはもういない、じゃあどこに?
「私!他の教室探してくる!」
「ちょ!?なに言ってるの!?」
自分でもなにを言っているかなんて分からない。でもなぜか、今はこうしないといけない気がする。廊下に飛び出た私は、一つずつ教室の扉を開けて入っていく。
「ちょっと!待って!」
「え!?なんで新谷君が!?」
「里穂は外に出したよ。幸い怪我は軽かったし。てか君がどうしたんだよ!危ないだろ!?」
「え、いや……そうなんだけども……」
2年1組の教室の中で押し問答をしている時、廊下を誰かが走る音が聞こえる。
「ひいいいい!」
「駄目だよ!もう!早くここから出るんだ!」
「はい!はいはいはい!」
何度も頷き歩き出す。どうかしてた、なんで追いかけようなんてしたんだろう。
教室を出て、廊下を歩く。さっきここを誰かが走ったと思うと、周囲が気になって速く歩けない。そして1年1組に入ろうとしたその時。
「うわああああ!」
「なっ!?」
私たちの目の前に鎌を持った幽霊が現れた。その幽霊は勢いよく私に襲い掛かるが、私はそれをなんとか間一髪で避けて見せた。
「ひいい!あ、あぁ……」
幽霊なんていうレベルの恐怖じゃない。さっきまで私がいた場所を通り、服を掠め、今背後の壁に突き刺さっているのは、明らかに本物の鎌。死への恐怖。避けてなかったら殺されていた、その情報だけが頭を駆け巡り、また身体を動かすことが出来なくなった。
「今川さん!動いて!」
鎌を引き抜き、もう一度それを振り上げた。その瞬間新谷君が叫びながらこちらに向かって走り、しかし到着する前にその鎌は振り下ろされる。
「ぎやあああああ!」
トン、と。肩を押された気がした。ほんの少し、身体が移動するぐらいの力。驚いてその方向を向くと、そこには今目の前にいるはずの血塗れの女の子がいた。
「……え?いっ!ぎいいいい!」
驚いた後すぐに、振り下ろされた鎌により私の左腕が斬りつけられる。激しい痛みと混乱、私は気付けば新谷君に抱きかかえられながら校庭を移動していた。
「だ、大丈夫……」
「んな訳ないだろ!?」
抵抗虚しく校門まで送られた私は、痛む左腕を庇いながらよじ登ってそれを越える。その場に座り込んだ私に、後から校門を越えた新谷君が追いついて話しかけてきた。
「その傷!」
「大丈夫、思ったよりも血が出てるけど……深くなさそうだし……」
左腕は真っ赤に染まっているが、すでに血は止まっているようだ。
「それより本田さんは?」
「そうだ!里穂!?里穂!」
「よ!洋一!」
「里穂!」
「置いて行かないでよおおお!」
「ご!ごめん!」
校庭を走ってきた本田さんは、半泣きになりながら校門によじ登った。
「うぅ……」
「里穂、怪我は大丈夫か?」
「うん……」
私と同じように腕を押さえる彼女は、顔を青くして新谷君に抱き付いた。
「怖かった……」
震えながら新谷君と寄り添う本田さんを見て、私はずっと考えていた。これは大変な事になったと。
家に帰るとお母さんとお父さんに怒られた。結構滅茶苦茶怒られた。まあ娘が腕から血を流して帰ってきたらそらね。しかも原因が自転車でこけた、だから。
まあ嘘である。本当は幽霊に斬り付けられたなんて言える訳ないし。
ベッドで横になっていると、何故か江守君の言葉がまた頭に浮かんだ。あの言葉に従って係わらなければ、こんな事にはならなかったのだ。それなのに私は……。




