第六話
「おお!これってこの高校の近くの話なのか!」
嫌な予感がする。私は機嫌の良さそうな部長に見つからないように、そっと部室を出ようとしていた。
「自転車飛ばせば行ける距離ですよ。今夜行ってみませんか?」
「もちろんだ!これで行かなきゃオカ研の名が廃るだろ!」
私と同じ、新入部員の坂藤が鼻息荒く話すと、部長は満面の笑みで答えた。よし、これで私の逃亡は決定した。
「遅れてごめんねー!ってあれ?小鈴?あんたもう帰んの?」
「うっ!」
タイミング悪く部室にやって来た愛里先輩に行く手を遮られ、私は成す術も無く立ち往生する。
「どうした今川!便所か!」
「ち!違います!」
デリカシーの無い部長を睨みつけながら、その視線を坂藤に移す。
「え!?ぼ、僕は言ってないだろ!?」
お前が余計な話を持って来たんだよ!
「で?なんの話?」
愛里先輩が興味津々で話しに入っていく。もう駄目だ。
「近くの廃校になった小学校で、幽霊が出たらしいんだ!」
普段から声が大きい部長が更に声を張り上げて叫ぶ。坂藤は満面の笑みで頷き、愛里先輩は輝く瞳で話に聞き入る。
「よし!行きましょう!」
「あ、私ちょっと用事あるんで今日は……」
「小鈴、あんたも行くのよ?」
ほら、こうなるから逃げたかったんだ。
「よし、全員揃ったな」
時刻は21時。まだ深夜には遠い時間だが、街灯の少ないこの辺りではすでに真夜中と代わりない。本当に今から心霊スポットに向かうのか、もしかしたら皆でカラオケでも行くんじゃないか、彼らの顔を見ていたらそう錯覚してしまいかねない。
「いやぁ、今日こそ本物が見られるかもしれませんね」
「楽しみだなぁ!おい!」
「私楽しみ過ぎて二時間前からいたのよ?」
「へえ……そうですか……」
彼らは何故こうも楽しげに出来るのか。今から向かうのは娯楽施設では無く、恐怖の廃校なのだ。楽しい場所なんかじゃなくて、怖い場所なのだ。それなのに……。
私はそもそも怖いものに興味がない。と言っても、恐怖映像なんか見れないとかじゃない。別にお化け屋敷に入れと言われれば、空気を読んで入る事も出来るし、こうして夜の廃校へ赴くことも出来なくはない。ただ自分達から危険な場所に足を踏み入れる行為自体に疑問を感じるだけだ。
オカ研だから幽霊に興味があると思われるのは心外だ。私はあくまでUFOとかUMAとか、そういうのが好きなのであって、幽霊とかには全く興味がない。オカ研に入ったのも、部長に半ば強引に入れられただけなのだ。それをこの人たちは、ことあるごとに断る私を無理矢理参加させ、こういうよく分からない場所に連れてくる。
「勘弁して下さいよぉ……」
「今川!頼む!」
「ぼ、僕じゃ無理だし……」
「私も……ちょっと……」
そして一番私がイラつくのはこういう所だ。この人たち、かなりの怖がりである。下手の横好きと言う言葉が適応されるかは分からないが、こいつらオカ研の癖にかなりのビビりなのだ。
月明りに照らされた校舎を眺めながら、私は前に前にと押し出される。
「いや、ここまだ怖いとこじゃないし……」
「そんなこと分からないだろうが!」
「もういつ出てもおかしくないわよ!?」
こいつら本当に話聞いてたのか?幽霊が出たのは、初めが3年1組で次が2年2組。どちらも教室であって、間違ってもこんなだだっ広い校庭では無い。
「逃げる三人を窓から覗いてたってことは、校舎からは出られないんじゃないですか?」
「そ、そうかもしれんが!」
「ここも充分怖いですよね」
さっきまでの楽しそうな顔はどこにいったんだ。てか会いたかったんじゃないのか、幽霊。
「確かどこかの窓が開いてるんだよな」
「1年2組から入ったって書いてましたよ?」
「それなんですけど、今まさにおかしいなって思った点があるんです」
私は先頭を歩き、校舎の窓を一つずつ確かめながら話し始める。
「な、なに?怖い話?」
「ちょっと……こんなとこで止めろよ……」
「違いますし怖がり過ぎです。いいですか?そもそも初めの連中が3年1組で儀式をして幽霊を見た後、そのまま3年1組の窓から外へ逃げたんですよね?」
「そう……らしいな……」
「そして次の連中が来た時、開いている窓から入ったんですよね」
「そうよね」
「じゃあなんでその二番目に来た人たちは、初めから3年1組に入らなかったんですか?」
「どういう意味?」
「私たち校門から入りましたよね?」
「あぁ」
「その人たちも校門から入ったんですよね?」
「うん」
私は校舎の窓を一つずつ確認していく。窓が汚いからか、外からでは中は見えない。だが鍵が開いているかどうかは触ってみれば分かる。
「多分私たちと同じように、一つずつこうやって開くかどうか試したんですよ」
「そうよね」
「じゃあなんで、校門から近いはずの3年1組が開かなかったんですか?てかそもそも、逃げる時に窓閉めますか?」
私は恐らく3年1組と思われる教室の窓が閉まっている事を指差し、三人の顔を見る。
「いや、なんで3年1組の教室が校門から近いって分かるんだよ」
「三人組が入ったのは1年2組。隣には1年1組の教室しか無かった」
「あ!そうか!どっちかの端なのね?」
「そして今確認した所、手前の教室の窓は開かなかった」
「た、確かに……おかしいな……」
坂藤と愛里先輩が頷いているのを横目に、部長だけが何故か納得出来ない顔をしている。
「どういうことだ!?窓が開いてるとか閉まってるとかは今関係ないだろ!?」
「部長、いいですか?端から二番目の教室である1年2組、そこの窓は開いていた訳ですよね?」
「あぁ!そうだ!ネットにはそう書いてあった!」
「同じ場所から出たなら、そこの窓は開いてなきゃおかしいのに、さっき見た校門から近い方の端から二番目の教室の窓は開きませんでした」
「だからここの教室がそうなんだろ!?」
「じゃあ逆に、3年1組はそれまでの間にあるってことですよね?」
「お!?お、おお……」
私たちはすでに端から二番目、1年2組の教室と思わしき所まで来ていた。
「坂藤、その人たちに騙されたんじゃない?そもそもその人たちはここでそんな儀式しなかったし、次に来たっていう人たちも偽物。本当はこの廃校に来たことも無かった。だからそんな矛盾が生まれた」
坂藤の顔が曇り、愛里先輩もなんだかバツの悪そうな顔になる。だが部長だけは、相変わらずの大声でそれを笑い飛ばした。
「はっはっは!なに言ってるんだ!そんなもの!1年2組の窓が開くかどうか確かめなけりゃ分からないじゃないか!」
「だーかーらー!確かめるまでも無く!逃げたその人たちが窓閉める訳ないでしょ!?じゃあなんで今ここの窓は閉まってんですか!?そんなの鍵が開くかどうか以前の問題で……」
私は話しながら1年2組の窓に一つずつ手を当てて開こうとしてみる。しかしやっぱり窓は開かず、最後の窓さえも開くことは無かった。
「ほら!」
「そ、そんな……」
「初めから嘘だったんですよ。儀式も、幽霊も」
「う、裏だ!廊下側の窓なら!」
「そっちが開いたとしても、ここの窓が閉まっている理由が説明出来ませんよ!」
「うぅ……」
声が大きいのだけが取り柄の部長が黙り、とうとう沈黙が訪れる。
「さ、検証終了です。帰りましょうか」
私が踵を返すと、坂藤がそれを止めた。
「ちょっと待って。もう一つだけ、可能性ってあるんじゃないかな?」
「な、なによ……」
「中に誰かいて、それが全部の窓と鍵を閉めたなら……」
心臓がドキッとする。そうだ、そうなのだ。私はそれが分かっていたから、ここでこんな事を言って皆を帰らせようとしたのだ。初めから全部嘘ならそれでいい。でも、それが嘘じゃないなら、窓が開いていないことは、中に誰かがいる証明になってしまう。
「じゃ、じゃあ!なんで1年2組の窓は二回目に開いてたのよ!」
「それを、調べに行くんだろ?」
部長が真剣な目で、いつもの大声とは違う落ち着いた声で言う。
「小鈴、あんた本当に怖いならここで待ってる?」
「うぅぅ……」
愛里先輩が私の頭を撫でる。やめてよ、泣きそうになるじゃん。
「だ、大丈夫ですよ!そもそも超怖がりな先輩たちや坂藤じゃ、中に入っても一歩も動けないじゃないですか!つ、つつ!ついて行ってやりますよ!はは!ははは!」
もうやけくそだ。どうにでもなればいい。
「じゃあ!どこか入れそうな所がないか確かめてみよう!」
私たちは校舎の裏側、廊下側の窓も調べていった。しかし……。
「ないじゃん……開いてる窓……」
それは全て徒労に終り、私たちは校舎の中に入ることすら許されなかった。
「なんかあれじゃない?選ばれしものしか入れないのよ、きっと」
「もう入らなくていいですよ。そろそろ22時になりますし、帰りませんか?」
私と坂藤、愛里先輩が校庭に座って休んでいると、少し離れた所からなにかが割れる音がした。
「キャッ!」
「ビックリしたぁ……なんだ?今の」
「も、もしかして……」
私たちは顔を見合わせ、嫌な予感を共有した。
「おーい!開けてきたぞ!窓!」
「や、やりやがった……」
「部長、それは器物破損と言って立派な犯罪です……」
「なに言ってるんだ!そもそも廃校だろうと、勝手に入れば不法侵入だ!はっはっは!」
かくして私たちは、夜の校舎へと入っていくのだった。




