第七話
「うっわぁ、怖いなぁ……これ……」
「ちょ!ちょっと坂藤!あんまり引っ付かないでよ!」
中に入った私たちは、思ったよりも暗い教室に驚く。さっきまでいた校庭は、正直色々歩きすぎてちょっとだけ慣れていた。だがここは違う。暗さが、空気が、外とは全然違う。
「ライト点けるぞ!」
部長を初め、私たちはそれぞれライトを点けた。外の探索では、たまたま通りかかった人たちに光を見られない様に消していたのだ。
「うわぁ、凄い雰囲気ね……」
中は廃校当初と変わっていないのか、机や椅子がちゃんと置かれている。いつも自分たちが通っている高校と変わらない、わりと見慣れた光景。そのはずなのに、なぜかここは不気味な空気を漂わせる。
「ここって何年何組なわけ?」
「部長が適当に割ったから、ここは1年1組よ」
廊下に出た私はドアの上を確認して答える。
「適当で悪かったな!行き成り3年1組だと面白くないだろうが!」
「部長……足震えてますよ?」
怖がりの三人は、ビックリするほど私に引っ付いて来る。
「もう!離れて!愛里先輩だけ許可します」
「ず!ズルいぞ!」
「僕はどうすれば!」
「当たり前でしょ?小鈴にセクハラする気なら、世間的に死んでもらうわよ?」
「ぐっ!」
愛里先輩は勝ち誇ったような顔で私と腕を組む。羨ましい程大きな胸が腕に当たり、これはこれで役得である。
「おい坂藤……」
「部長……」
「うわぁ……」
「あんたらプライド無いの?」
男達は固く腕を組み合い、ピッタリとくっ付いて歩き出した。
「五月蠅い!行くぞ!」
「部長、声が大きくて耳が痛いです……」
少しだけ坂藤に同情しながらも、私は相変わらず先頭を歩かされる。
「で?初めはやっぱり3年1組ですか?」
「あぁ、儀式の跡が見つかるかもしれんからな」
「それさえあれば、金田達が本当に来てたって証明になるし」
金田とは恐らく初めに儀式をしたウチの生徒の事だろう。私は面識がないが坂藤は友達らしいし、早く疑いを晴らしたいのだろう。
暗い廊下を歩いて行き、一つずつ教室を過ぎていく。そして今は2年1組の扉の前、つまり二回目に幽霊が出たという2年2組の教室の手前なのだ。
「あ……」
私が小さい声を漏らすと、自然に他の三人の足も止まった。ライトが照らすのは2年2組の教室の扉。二つあるそれの内、奥に位置する扉だ。
「開いて……る?」
話によると開いているはずの1年2組の扉が閉まっていたので、すっかり安心しきっていた。それなのに、まさか2年2組の教室の扉が開いているなんて……。
「あそこって、二回目に幽霊が出た所でしょ?」
「と言うか、その時の状況に……その、非常に似ていると言いますか……」
坂藤の声が上ずっている。愛里先輩も私の腕を掴む手に力が入る。
「い、行くか?」
「誰が覗く?」
「そりゃあ……」
三人が同時に私の顔を見る。
「はぁ……はいはい、分かりましたよ。その代り!後でデザート驕りです!」
「もちろんだ!」
「なんなら飲み物も付ける!」
「肩も揉んであげるわよ!」
この商法は稼げる。この時それが確信に変わった。
私は愛里先輩を二人に任し、単独でその扉に近づく。頭の中では、今にも扉の隙間からこちらを覗く目が見えるのではと想像してしまう。
頭を振り、悪い考えを飛ばす。大丈夫、幽霊なんかいるわけはない。UFOもUMAもいるが、幽霊はいない。死んだ者は絶対的に消えるのだ。
最後の一歩を踏み出し、顔を覗かせて教室の内部を見る。薄暗く、やはりライト無しではなにも見えないに等しい。一呼吸して、思い切り扉を開けて中を照らす。
「だれも……いませんね……」
あのスレを読んだ私は、まず初めに死角であるすぐ左脇を確認したのだ。そして全体を確認しても、どこにも幽霊の姿は見られない。
「はぁ……そうなの?」
「次行きますか?」
「そうだな!行こう!」
こいつら、中見ない気だな?
「ねえ、見ないんですかぁ?ねぇねぇ」
「一人が確認して、いないと言うんだからいいだろう!」
「そうよ、私は小鈴を信じるわ!」
「あ、ドア閉めちゃいますね?」
私が廊下に出ると、坂藤はすぐに2年2組の扉を閉めた。
「へたれ共が……」
「小鈴が黒くなっていく……」
私たちは続いてもう一つの本命である、3年1組の前に立った。
「ここは流石に、中に入りますよね?」
「そうだな……ここは、外せないかな」
坂藤がここまで来たのは、その友達の汚名を返上する為だろう。ここを確認しない限りは帰れない。
今度は四人で扉の前に立ち、私は扉に手を置いて力を入れる。ちなみにもちろん私が先頭で、あとの三人は後ろでそわそわしながら並んでいるだけだ。
「開けますよ?」
「お、おお」
「いいわよ」
「来い!」
ガラッと、勢いよく開かれた扉。そしてまず目に飛び込んできたのは、部屋の中央に置かれた桶だった。
「あった……」
後ろから覗きこむ坂藤が、少し嬉しそうにそう言った。
「中身は……人形の首だ……」
「見て、こっちに胴体が落ちてるわ……」
愛里先輩が黒板の下に胴体が落ちているのを発見する。全体を照らしてみても誰もいない。儀式は本当に行われたが、やっぱりここには幽霊はいないのか?窓が閉まっているのは、幽霊が出た話が嘘だから?でもじゃあなんで全部の窓が閉まってたんだろう……。
「幽霊はいないな!」
「そうですね、他の教室も行ってみましょうか?」
坂藤と部長はまた腕を組みながら歩き出す。それを横目に、黒板を見ていた私は背中に視線を感じる。
「え?」
ふっと振り向いた先、そこにいたのは……。
「きゃ……きゃああああああ!」
「うっわああああああ!」
「あ、ああああああ!」
「ひいいいい!」
私の悲鳴で他の三人が驚きパニックになる。三人は一目散にその場から逃げだし、教室には私だけが取り残される。
「あ、あぁ……あぁぁ……」
腰が抜けて動けない。教室の隅には、さっきまでいなかったはずの血塗れの少女が立っていた。
「や、止めて……ごめんなさい……」
私は涙を流しながら何度も謝った。何度も、何度もだ。その場から動けなくなった私は目を閉じ、ただこの恐怖が終わるのを待つしかない。少女は近づくことも遠ざかることも無く、ただじっとこっちを見ている。
その時、窓を叩く音が聞こえてビクッとする。
「おい!今川!そこにいるのか!」
「小鈴!逃げてえええ!」
「早く来い!馬鹿!」
仲間の声に我を取り戻し、私は出来るだけそっちを見ないようにして教室を出て廊下を走る。
「はぁ、はぁはぁ……」
走っている自分が自分じゃ無いように感じる。後ろを振り向くのが怖い。もしかして追いかけてきているのではないか?そう思うと背中に悪寒を感じる。灯りを照らす余裕も無く、ただ真っ暗の廊下を走る。
「いや……いやあああああ!」
唯一扉が開いている1年1組の教室へ入り、そのまま窓へ向かって飛びついた。
「小鈴!」
「こっちだ!」
私は三人が待つ校庭へと、窓を飛び地面に転がる様に落ちていった。
「いっ……たぁ……」
「大丈夫!?」
「おい!あの幽霊は!?」
「き、来てません!」
「小鈴!走れる!?」
「はい!」
私たちはそのまま校門まで走り、やっとの事で敷地を出た。
「おい……あれなんだったんだよ……」
各自自転車に乗り、真っ暗な田舎道を走る事20分。ようやく私たちが通う高校の前までやって来た所で、坂藤がゆっくりと話し始めた。
「やっぱり坂藤も見たの?」
「あぁ、真っ赤な……なんかってぐらいしか見えなかったけど……」
「私もチラッとだけ……それより小鈴の叫び声に驚いて逃げたんだけど……ごめんね小鈴……置いてっちゃって……」
愛里先輩が泣きじゃくって赤くなった目で私に言う。
「俺は正直全然見ていない!」
「……ちょ、ちょっと待って下さい。部長って一番初めに逃げましたよね?」
「そうか?」
「そうですよ!僕の手を離して一番初めに走り出したんですよ!」
「すまん!そこまでは覚えてない!」
悪びれることも無く、このへたれは言い切った。こいつまさか私の叫び声だけで逃げたのか?
「あのねえ!ああいう時は、一人が逃げたら他も逃げちゃうのよ!?」
「僕と愛里先輩が逃げたのは、部長のせいだったんですね!?」
「お!おい!待て待て!逃げて正解だっただろ!?」
「私は置いて行かれました……」
「そ!それは!すまん……」
「もういいですよ。それよりあれ……」
私は、私だけはハッキリと見たのだ。真っ赤なワンピースの、顔が潰れた女の子。
私は信号待ちをしている時、スマホを取り出して確認してみる。
「ひいいいい!」
「うおおお!なんだ!脅かすな!」
「部長の声の方が大きいですよ!」
「ちょっと、なんなの?小鈴?」
逃げる一瞬前、撮影音が聞こえた気がしたのだ。恐らく我に返った私が、焦ってスマホの画面を触り、たまたま撮れてしまった物である。そしてその写真には、血塗れの少女がぼんやりと写り込んでいた……。




