第45話 帰れずの国王
「帰れない?」
「ああ。【冒険の書】を発動させても、帰れないんだよな」
開くことはできるが、発動させることができない。元の世界のページを開いても、まったく起動しないのだ。
「なんだ? こんなケースは初めてだ」
「あたしがアンタの正体を知ってしまった、ペナルティとか?」
「いや、違う。ペナルティが発生した場合、音声ガイドでアナウンスしてくれる」
音声ガイドが警告してくれるおかげで、オレは道を踏み外さなくて済んでいる。
しかし、これはどのケースにも当てはまらない。なにからなにまで、イレギュラーすぎだ。
「それに、ペナルティがついているんだとしたら、とっくの昔にアナウンスされていてもおかしくない」
まったく謎である。
「わからないわね。こういうときは、作戦会議よ」
「会議? どこでやるんだよ?」
「一旦、家で飲み直しましょ。こういうときは、飲むに限るわよ」
ティナが、家に上げてくれるという。
「いや、そんな。悪いよ。宿を借りるから」
「へーきへーき。ウチは広いから、客を一人泊めてあげるくらい、ワケないわよ」
ティナは、オレを泊める気が満々のようだ。
「色々もっと話もしてみたいし、泊まっていきなさいよ」
「いいのか?」
「ただ、誤解しないでね。家族連れに手を出すほど、飢えてはいないわよ」
「わかってらあ。オレとお前さんの仲だ。家に入れてもらうんだ。土産を買わないとな」
オレはお礼に、干物やら上等な酒やらを贈呈した。
「ありがと。王様にこんなサービスしてもらったら、力になってあげるしかないわね」
黒い鉄の箱に乗せてもらい、ティナの家に上がらせてもらう。
どうやらこの箱は、他の箱と違って、代金を払うと目的地まで乗せてくれるようだ。
商店街の地下にある、小さなバーだ。
酒や煙草の香りが、なんともアダルティで心地よい。
「失礼します」
低姿勢で、オレはカウンターに居る中年女性にお辞儀をする。
「らっしゃいませ。ティナ。アンタ、またオトコ連れなの? どんなヤツよ? 今度は、まともなの?」
「ただの知り合いよ。今回は、変なオトコじゃないから安心して」
「あらそう。らっしゃい」
なにも頼んでいないのに、女性はハイボールを用意してくれた。
「あたしの母よ」
「どうも。お世話になります」
「まだ店は開いてないけど、ゆっくりしてって」
手をヒラヒラさせて、ティナの母親はカウンターの奥へ引っ込む。
「部屋に行きましょ」
ティナはハイボールを二つ持って、自室までオレを招いた。
「こっちよ」
リビングに通される。
「うまいな」
ミックスナッツとやらをもらって、オレはハイボールを飲む。
乾燥した豆ひとつとっても、卓越した味だ。
「まず、ソロガスさん。アンタがこっちに来る前の状況を、話してちょうだい」
そうだな。そこに原因がある可能性が高い。
「娘を追跡していたんだよ」
「変な意味で?」
「いや、単に悪い虫がついているんじゃないかって」
「それね、過保護っていうのよ」
「今思えば、そうだったかもしれん」
しかし娘は、立派に冒険者としての勤めを果たしていた。
親がいなくてもスクスクと育っている家族を見て、オレは自分の存在意義を失ったんだよなあ。
「それだわ、ソロガス王。きっとそれよ、完全に」
ティナの、酒が進む。
「そうか」
「ええ。まさに、心因的問題なんじゃ?」
心因だって?
「オレが、悩んでいると?」
「ええ。家族でハブにされているってことでしょ? ウチのオヤジだって、ちょくちょく悩んでいるわよ」
音楽家だった祖父と違って、ティナの父親は楽器が演奏できない。音楽を趣味としておらず、普通に働いている。
「どっちかっていうと、祖父は母親と意気投合した感じ?」
「どうして、二人は結婚したんだ?」
「フィーリングは、合致したんだって。なんていうんだろ? 結びつきが、音楽じゃないのよね。それ以外の要因で、切っても切り離せない感じ」
二人は幼なじみで、そのまま結婚したという。
「家族なんて、そんなもんよ。実の親でも、何を考えているかわからない時があるでしょ? 意外な趣味があったとか。全然家族間で似ていないとか」
「あるある」
オレは、父が写真好きだと知らなかった。
妻が、乗馬がスキだっことも。
自身が建築に興味あるとも、最近知ったくらいである。
自分のことさえ、まともにわかっていなかった。ましてや息子や妻のことを、ちゃんと見ていただろうか?
娘のことだって。
「よく考えたら、息子とまともに話したことは、最近ない」
「うん。この際だから、会話をいっぱいするのもいいかもしれないわ」
「家族とのコミュニケーション不足、ね」
オレは、ハイボールを傾ける。
雰囲気になりづらかったから、自分は家族からのけ者にされているのでは、と、無意識に考えてしまったのではないか、とのこと。
「ありえるな、それ。なんだか、気持ちが晴れてきたぞ」
「その調子よ、ソロガス王。もっと気持ちを高ぶらせてみたら?」
「家族に会いたくなってきた」
「いいわね。冒険の書も、応えてくれるみたいよ」
オレの冒険の書が、ビカビカと光り輝いていた。
「お別れの時が、来たみたいだわ」
「だな。世話になった」
帰ろうと、立ち上がったときである。
「ちょっといいかい、おじさん」
部屋に、ティナの母親が現れた。
「あんた、ティナの友だちだろ? なら、ギター弾けるよね?」




