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読影の魔女と魔性の弟子  作者: さと


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2/2

魔性の弟子はかく語りき 2

医療シーンが長くなりがちのため、分割しました。

物語が医療知識ゼロの弟子視点で進むため、あとがきでなるべくわかりやすい解説を挟む予定です。わかりにくい、解説希望などリクエストがございましたらコメントください。

落石現場から少し離れた大木の洞に腰を落ち着けると、セナは俺が後回しにしていた足先から治癒を施していく。腫れて変色している箇所がなくなるまで、場所を替えて掌をかざすセナを見ながら、過去の治癒例を悔やむ。


「手足の腫れなど数日で治ると、誰も気に留めていませんでした」

「腫れがひどい場合は手足が腐り落ちるぞ。痛みがひどいか、逆に感覚がなくなっているときは特に」

ゾッとするようなことを淡々と語る。過去の治癒例は、自分の足はどうだったか、巡りそうな思考を振り切る。


「あの、毒はどこから侵入したのでしょう。傷口からでしょうか?」

「悪くない考えだ。土壌の毒が傷口から入ることもあるからな。口が開けにくいとか、体が反り返るようにこわばる症例を見たことは?」

「っ! あります。口の治癒後、弓なりにのけぞる形で固まり、亡くなったとの報告が」


「土壌の毒で全身を動かす神経が傷つくとそうなる。ルークの傷からも入っているかもな。だが、その症状が出るには最低でも3日はかかる。あんたを殺すのはもっと早い、別の毒だ。外部からでもない。圧迫が2時間を超えると、壊れた筋肉から出てくる。圧迫が解除され、せき止められていたそいつらが一気に流れると毒になる。ようは薬や食べ物と同じだ、体に必要なものでも量が過ぎれば毒になる」


セナは足の治癒を終えると今度は俺の胸元に手を当て、胸中に目を凝らしながら治癒魔法をかけ始めた。

「なぜ胸に?」

「……体中をめぐる血は必ずここ、心臓を通る。心臓は通常、一定のリズムで血を送り出すが、圧迫の毒に侵されるとリズムが乱れ、動きを止めることがある。中の血と同時に、毒に侵された心臓も治せば手間がない」

「毒が見えるのですか?」

「見えない。だが、リズムの狂いと、それによって生じる血の塊はわかる」


空間がひずみ、突如現れた『像』に目を剥く。俺の反応が見ずともわかったのか、セナの声が得意げに弾む。

「便利だろう。水魔法と組み合わせて、俺の視たものを投影している」


同僚の体で視たことのある心臓が、空中で動いていた。透明度の低い、赤い液体が光魔法で照らされる。まるで口をぱくつかせる魚のように、二つの薄い蓋が開け閉めを繰り返している。投影そのものにも驚いたが、精度が段違いだ。視るべきものを知り、より視やすいように調整された光魔法だとわかる。


「向かって右上、左心耳と呼ばれる場所に血の塊ができやすい。それが血流に乗ると、狭い箇所を塞いで血をせき止めてしまう。多いのは脳、つまり頭だ。血の塊が見えたら頭にも治癒をかけておけ」

「はい」と答えながら、俺は心中穏やかではなかった。どれほど彼女に師事すれば、彼のようになれるのだろう。


「リズムだけなら、中を覗かずともわかる。自分のここを、指先で触れてみろ」

そう言ってセナは、治癒魔法をかけ続けている自身の手首を指さした。促されるまま、俺自身の手首の親指側を触れてみる。指先に拍動が触れた。宙に浮かぶ心臓と同じ速さで、少しだけ感動した。体の各部が繋がっているのだと。

そのせいだろう、セナの暴挙への反応が遅れた。


「ほかにも、圧迫の毒に侵されたかを知る場所がある。さっき俺が確認した場所、膀胱だ」

セナは胸元に視線を向けたまま、空いている方の手で──こともあろうに、俺のきわどい箇所をぐっと押したのだ。

「ちょおっ、何を…⁉︎」


とたんにこみあげる尿意と羞恥に、とっさにセナの手を外し、大木に預けていた背が浮く。セナから「動くな」と諫められたが、今のを責められるのは釈然としない。

「自分でこの中を視たことは?」

心臓に治癒をかけ続けるセナはいたって真剣で、俺一人で動揺しているのが馬鹿らしくなってくる。

「〰〰っ、あります」

「なら『読影』してみろ。普段と何が違うか視るといい」


元聖女は光魔法のことをもっぱら『読影』と呼んでいたと聞く。体内を透視し、見たものから判断するのだと。透視だけなら何度もした。自身の、同僚の、あらゆる場所を。

瞳に魔力を集中させ、セナに押された箇所に目を凝らす。皮膚の奥へ、さらに奥へ、体内に光を灯すように。

セナほどの精度がなくとも、この奥は透明な水だからよく見える。押された時の感覚から察するに中身は尿なのだろう。たしか、周囲は薄い桃色の壁をしていた。


「っ! 血が見えます」

桃色の壁に開いた小さな穴からじわりじわりと血のように赤黒いものが染み出し、全体を茶色く濁らせている。

「正しくは血じゃない。毒の一種だ」

毒と聞いてすぐ「こちらは俺が」と掌をかざし、治癒魔法をかけようとしたが、その腕を掴まれた。


「そこはただの貯蔵庫だ。放っておいても支障はない。毒に侵されているのはこっち……、腎臓だ」

心臓の治癒を終えたらしいセナは、背中側の骨を探り位置を確かめると、俺の手を右のわき腹に当てさせた。

「腎臓は背中側に二つある。片側は頼んだ」


左側に治癒を施し始めたセナに倣って俺も治癒をかけてはいるが、理解の範疇などとっくに超えていた。魔法の速度と範囲拡大だけでは到達しえない、全く別物の境地。

体の構造と機能を知れと言った元聖女の意図を痛感する。奇跡の源泉は、異界で培われた圧倒的な知識量なのだと。


***


セナはその後、土壌の毒は血中でなく神経伝いに広がるからと、足先から頭のてっぺんまで丹念に治癒を施していった。

治癒を終える頃には、辺りは薄暗くなっていた。俺が飛ばした小さな光源が洞の中を淡く照らしている。


「悪いが、動く対象に治癒をかけたことがなくてな。すべての血をもとに戻せたか、不安がないわけではない。毒を薄めるため、水分を多めに摂っておけ。自分で手首に触れてみてリズムが乱れるようなら、心臓と血に治癒魔法をかけるといい」

「そのくらいはできるだろう」と立ち去ろうとするセナの袖を引き留める。


「今どちらに滞在されているのですか? セナのほかにも、あの方の弟子はいらっしゃいますか? 俺を、あなたの弟子にしていただくことは可能でしょうか? 俺は本日、医師の元を訪ねる予定でした。けれど医師に倣えども、独力ではきっとあなたのようにはなれない。俺は、治せるようになりたいのです。もうこれ以上、嘘を重ねて生きていきたくはありません」


矢継ぎ早に言い立てる俺にセナは面食らったようだった。何かを言いかけ口を開いたセナが、突然膝の力が抜けるように崩れた。とっさに抱えると、見た目の体躯からは想像できない軽さと柔らかさに驚く。


青年の表情が苦痛に歪み、それと時を同じくして『像』が乱れる。切れ長の目や頬の輪郭が丸みを帯びたかと思うと、束ねられた艶やかな銀の髪が現れた。首にぐるりと施された烙印は、腕の中の人物が魔女であることを示している。


「……な、にが…?」

向こうも自身の状況を呑み込めていないようだが、俺の方が驚いていた。腕の中にいるのはセラスその人なのだ。


(……生きて、おられた……俺は今、稀代の聖女から直々に教えを乞うていたのか)

言い尽くせないほどの喜びがこみあげてくるが、それどころではなかった。おそらく、自身にかけていた光魔法が意図せず途切れたのだ。彼女は四肢に力が入らず、額に汗が滲み、目の焦点も合っていない。


「魔力枯渇か……!」

直ちに魔力を供給しなければ、本当に彼女を喪ってしまう。一刻を争う状況に、俺は自分の血を飲ませるべく彼女を上向きに抱え直す。

親指を嚙みちぎろうとして、寸前で思い留まった。動く対象への治癒は初めてで不安だと言っていたのだ。


万が一、解毒が済んでいなければ、毒入りの血を彼女に取り込ませることになる。

しかし、別の方法となると……。みるみる血の気を失い、今にも意識を手放しそうな彼女を前に、逡巡は一瞬だった。


「……っ、すみません」

ぐいと彼女の顎を引き、唇を合わせた。浅い呼吸を繰り返す唇を割り入って、互いの舌が触れるまで深く口づける。魔力を舌先に乗せ、染み出す唾液を彼女の口内に送り込む。

飲み込む力がないうちは、舌越しに少量ずつでも魔力を浸透させていかなければならない。


(この方だけは絶対に喪ってはならない。今度こそ、何に代えてもお救いする)


どれほどそうしていただろうか、くたりと力の抜けていた舌が俺を押し返すようになり、腕の中の身体がこわばり始めた。顔を上げると、紙のように白かった頬に血色が戻っていた。通常の頬の色以上に。


「お飲みください」

有無を言わせぬ声で告げると、セラスは困り顔でごくんと口内の唾液を飲み下した。むせることなく全てを腹の内に収められたことにほっとする。

姿を変える光魔法にどのくらいの魔力が必要かは知れないが、2回分の読影と治癒魔法程度は補填できたはずだ。


「どこかお体に不具合は?」

「ない、……と思う。助かった。魔力が切れるとこんな風になるのだな」


セラスは俺の腕に預けていた身を起こし、おずおずと俺から距離をとる。さすがに気まずいのだろう、心なしか視線が合わない。セナの時の様子から、もしや羞恥心の類を持ちえないのかと思っていたが、少女らしい一面もあるのだと認識を改める。

命の危機を脱した安堵もあいまって、じわじわと照れが伝染してくる。


「許可も得ず、失礼をいたしました……」

「……いや、救命措置と心得ている。ルークにも酷なことをしたな、男同士でこんな」


今度はこちらが目を丸くする方だった。セラスは光魔法が途切れていると気づいていないのだ。言わないという選択肢はなかった。彼女にとって命取りになるからだ。

「その、言いづらいのですが、烙印に魔力生成を阻害する作用が組み込まれています」


ぱん、と大きな音を立て、セラスは自身の首元に手を当てた。烙印について触れたことで、俺に本当の姿を知られたことを悟ったのだろう。顔にはしくじったと、ありありと書かれている。


「誓って、あなたに害をなすようなことはいたしません」

「それは心配していない」

青年として聞こえるよう作られた声でも、大勢に届くよう張り上げてもいない、彼女本来の肉声を初めて聞いた。こちらへの疑心も虚勢もない。ただ、どこか後ろめたさの滲む声だった。


「偽っていたことでしたら、心苦しく思う必要などございません。あなたの境遇を思えば当然のことです。……よろしければ、倒れられる前の質問にお答えいただいても?」

「弟子はいない。セナという付き人も実在していない。その申し出は願ってもないが、私の弟子になったことを神殿に知られれば、ルークまで異端審問にかけられるぞ」


(ああ、この方は俺の身をも案じてくださるのか。魔力生成が十分でない以上、いつまた魔力が尽きるともしれないのに)


俺はただひっそりと、光魔法を使いこなせるようになれればよかった。目の前の人に無用な罪をなすりつけたくはないと、自分のことばかりで。それでは足りない。この献身に報いることなど。


──すべてを覆さなければ、この方を本当の意味で救うことはできない。

すうっと、何か憑き物が落ちたかのように腹が据わった。

たとえ人々の神殿への信仰を、世の秩序を失おうとも、そもそもが神殿の蒔いた種なのだ。そんなもの、崩れ落ちてしまえばいい。


「医師に倣うつもりでしたので、もとより危ない橋は渡っております。神殿の妨害が入る前に、光魔法はかくあるべきと世論を味方につければよいのです。俺の身で証明すればいい、あなたの考えが正しいのだと」


大木の洞の中、淡い光源の下。何も知らない者が見れば、魔女の密事のように映っただろう。実際は真逆だった。そんなことが可能なのかとばかりにうろたえ揺れる紫の瞳を前に、俺は柔和な笑みを向ける。


「それに、その烙印がある限り、お一人では満足に魔法を行使できないでしょう。魔力供給のあてはおありですか? あなたの烙印が外れるその日まで。魔力の補填要員としても、どうぞこの身を存分にご活用ください」


嘘偽りない忠心を告げたのだが、彼女の眼には違うものに映ったのかもしれない。きっと俺と同じように感じたことだろう。


まるで俺こそが、契約を持ちかける悪魔のようだと。





セラスの出張豆知識

作中に出てくる疾患や症状は、現代で言うとつまり何?


【土壌の毒】土壌や糞に潜む破傷風菌が溶けると神経毒になる。

傷口から体の中に入り込み、傷口付近の神経を伝って脳まで進む。脳が神経毒に侵されると、筋肉を動かすための命令を出せなくなり、体のあちこちがガチガチに固まる。息をするために必要な部位が動かず、亡くなることもある。


【圧迫の毒】長時間圧迫されると、その先の部位の血流が断たれ酸素が行き渡らなくなる。酸素不足で死んでしまった筋肉細胞からミオグロビンやカリウムなどが出てくる。圧迫がなくなると、それらが血流にのって体中をめぐる。(この状態をクラッシュシンドロームという)

・ミオグロビン: 筋肉の栄養となるタンパク質。

体に不要なものは通常、腎臓で濾過されて尿内に出される。ミオグロビンが尿に出てくると、尿がその色(赤褐色〜黒色)に染まる。大量に腎臓にくると処理しきれず、濾過する場所が目詰まりして腎臓が壊れてしまう。

・カリウム: 電気信号を起こし、全身の筋肉を伸び縮みさせる。

心臓も筋肉でできており、一定リズムの電気信号をもとに伸び縮みする。血中のカリウムが多すぎたり少なすぎたりすると電気信号が乱れて伸び縮みがうまくいかなくなり、最悪の場合心臓が完全に止まる。


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