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「あっ」


 エリーは失言に口元を押さえた。


 ――――いや、この失言は、少しだけ……ずるいけどワザとでもあった。 

 これで聞き流されたのだったら、もういいやと思ってた。

 けれど美湖はしっかりと耳を傾け、下っ端の見習い針子の話にも興味を持ってくれたのだ。


「今の話、何? エリーさんって……何者?」

「それは」


 エリーは緊張に、ごくりと喉を鳴らす。


 どんな反応が返って来るのか、分からない。

 緊張するし、怖くもある


 でも美湖はたぶん、エリーと同じ世界を知っている。

 これまで異世界で生きた前世の記憶があることを、子供の頃に何度か親しい人にそれとなく話したけれど、困ったような顔をされるばかりだった。子供の夢物語なのだと思われて、終わらされた。

 だからこの記憶は、誰にも信じて貰えないものとしてエリーの中で位置づけられてしまっていた。


 でも自分の一番奥の方にある、自分はこの世界の誰とも違う人間なのだという違和感と孤独感みたいなものを、美湖になら理解してもらえるかもという希望を持ってしまう。


「実は、私……」


 エリーは緊張に強張った手を膝の上で握りながら、美湖と、ついでに先ほどの発言を聞いて怪訝そうにしているディノスにも、転生者であることを告白するのだった。



* * * *



「凄い……」


 エリーの話した、ぼんやりとだけ覚えている前世の文化と、美湖がこの世界に召喚される前に暮らしていた世界の文化は、ぴったりと一致した。

 スマホの存在。

 流行りの漫画。

 大きな災害のあった年月など。

 話していくほどに同じ時代、同じ国にいたのだと確信しないわけにはいかなくなった。

 話しながら、エリーは心から安堵していた。


(私の妄想じゃなかった)


 美湖という、話を共有できる人がいる。

 前世なのだなとは思っていたけれど、そんな記憶を持っている人は誰もいなかったから、自分かおかしいのかもと心配でもあった。

 

(頭の中に勝手に浮かぶ変な光景は、妄想や空想、幻惑なんかじゃなかっんだ)


 エリーの肩から、力が抜けた。

 ほっと息を吐いたエリーだったが、しかしふと顔を上げた目の前の光景に、驚愕することになる。


「っ、……ふ……」


 美湖の唇から小さく息が漏れたかと思えば。

 続いてホロリと透明な粒が、黒い瞳から零れ落ちたのだ。


「み、巫女様……?」


(な、泣かせた!? 私が泣かせたの!?)


 ほろほろ、ほろほろと透明な雫が零れ落ちていく。


 腰を浮かせて手をさ迷わせ、狼狽するエリー。


(ディノス……!)


 助けを求めて見上げた隣にいる上司は、エリーの視線に気づくと思い切り勢いよく顔をそむけた。

 逃げられた。

 いや、もしかすると彼なりに、若い女性の泣き顔を見ないようにと気を使っているかもしれない。

 でもこの上司、なんて役に立たないんだろう。

 恨みがましく思いながらも、エリーはどうしようどうしようと混乱していた。 


「すみません……! 私、何か傷つけてしまうようなこと言ってしまったみたいで……!」

「ごっ、ごめんなさい。違うの、違う。エリーさんは悪くない。これはっ、嬉しくて、つい……」

「う、嬉しくて?」


 美湖は小さく鼻をすすると、子どもみたいにこくんと一つ頷いた。


「私、ほっ、本当に何もかもが、違うところに突然呼び寄せられたの」

「きゅー」


 呼び出した本人である神龍のシロが、美湖の頭の上でバツが悪そうに身を縮めた。


「……この世界の誰とも、学校とか家とか普通の日常の雑談が、かみ合わなくて、すごく……なんか孤独感みたいなの、つよくて……」


 ホロリ、また一粒、透明な雫が落ちる。

 その誰にも理解してもらえない孤独感を、エリーは知っている。


「でも周りのみんなとても親切だから、あまりそういう、向こうの世界の常識を押し通すみたいなことは言っちゃいけないかなって……。だから着るもの一つでも、みんなが素敵っていうものを自分だけが変って思うなんてのも、なんか言い出せなくて……」


 でも、と美湖が濡れた黒瞳をエリーに向けてくる。


「私と同じ世界を知っているエリーさんがいて、ほんとに、すごく、すごく嬉しい。一人だけ、私だけが周りと違う考え方をもった別の生き物じゃないんだって、私はおかしくないんだって、……安心したの。嬉しかったの」

「美湖様……」


(そうだよね、向こうの世界とこっちの世界、違いすぎるもん)


 女の子は上品に、お淑やかに、が向こうの世界よりずっと強くて。

 さらに巫女という立場になんてなったら、きっとだらだらごろごろするのも難しい。

 大好きだったという、陸上競技も一切出来なくなった。

 向こうで許されていたことのほとんどが、はしたないと咎められてしまうようになった。


 何もかもが向こうの世界と違う、まったく未知の場所で、半年間を一人で頑張って来た子。

 そんな子が瞳を涙に濡らしながらも嬉しそうにほほ笑む姿は、とてつもなく可愛い。


(うう……けなげ可愛い。抱きしめたくなる!)


 エリーは、ときめいてしまった。

 この、異世界から呼び出された神龍の巫女が、巫女という立場をとっぱらった只の個人として、本当に好きだと思った。

 エリーはそっと美湖にハンカチを差し出す。


「有り難う。へへっ、ごめんね、困らせちゃって」

「いいえ。お話しくらい、いくらでも聞きますよ。美湖様」


 心からそう思って口にしたエリーの台詞に、美湖は本当に嬉しそうにほほ笑んでくれた。


  


* * * *





 しばらくして、前世の話も落ち着いた頃。

 隣のディノスも色々と持ち直したようなので、ドレスの打ち合わせを仕切り直すことになった。

 しかしそこで美湖が、真っ黒な綺麗な瞳をエリーに真っ直ぐに向けながら、改まった口調でとんでもない事を言い出した。


「私、エリーさんにドレスを作って欲しいな」

「え、私!?」 


 それは、まったく予想していなかった内容だった。


「美湖様。私はディノスの補佐としてここにいるんです」

「分かってる。ほんとに我儘なこと、言ってると思うよ。でも、エリーさんの作ったものが着たいなって、思っちゃったの」

「それは、ちょっと……」

 

(これは、受けない方がいいやつだよね。働いて二ヶ月の身の上でやるべきじゃない)


 そう思ってエリーは首を振るのだけど、美湖は必死にお願いをしてくる。


「私の思う『可愛い服』を、エリーさんならきちんと分かってくれるでしょ? 他の人じゃ、どうしてもこっちの流行りやファッション感覚が入っちゃう。私、自分がいいなって思える、可愛いドレスを着たい。駄目かなぁ?」

「えーと……」


 黒い綺麗な瞳をうるうるして見つめて来る可愛い子のお願いに、エリーは戸惑い眉を下げた。

 確かに、美湖のファッション感覚を一番理解出来ているのはエリーだろう。それは間違いない。


「でも、一番の新人である私が、他の先輩方を差し置いて神龍の巫女様の衣装担当をするのは、さすがにちょっと……」

「エリーさんの服じゃないと、私、ドレスを着るのが楽しくない」

「いや、私の作ったドレスが美湖様の好みに合うかも、まだ分からなくないですか」

「分かる! エリーさんの作ったものならきっと大丈夫!」

「えー……なんですかその自信」

「きっと大丈夫! だからお願い! ぜひ!」


 意外にも、こうと決めてしまえば意見を意地でも通す頑固な性格らしい。

 エリーはほとほと困って、傍らのディノスに視線を向けた。

 

「ディノス、どうしましょう」

「お願いしますディノスさん! 服飾部代表の貴方なら、裁量権もありますよね!」

「…………」


 難しい顔でいたディノスに、エリーと美湖の視線が集中する。

 長い前髪から覗く青い瞳は、思案するかのように暫く伏せられていた。

 しかしやがて吐かれた浅い息とともに、ゆっくりと見開かれ、美湖を見据える。


「分かりました」

「やったー!」


 美湖が両手をあげてガッツポーズする。


「えぇぇぇ! ちょっ! いいんですか!?」

「神龍の巫女の願いを無碍に出来るはずもないだろう。ただし神事用の衣装の方は、色々と作り方にもしきたりがあるからお前には無理だ。新年のパーティードレスのみ担当しろ。もちろん、逐一の報告は忘れるなよ」

「えー……」

 

 上司の許可まで出てしまった。


 エリーは念願のドレスを作る仕事を貰えてもちろん嬉しくはあったけれど――それでもまだ、及び腰だった。

 







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