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(もったいない。もったいなすぎる! 何この美形! 想像してたより全然若いし! ああぁぁぁ! 作業部屋にあったサンプルの紳士服、端から端まで着せてやりたい!)
お針子のはしくれとしては、着飾らせたいことこのうえない。
そのくらい、とてつない良い男だった。
国内きっての美形と名高い王族の方々と肩を並べても遜色がないくらい。
(うー、でもここまでだと、ディノスがうっとうしく思うくらいモテルのも分かるかも。相当だったんだろうなぁ)
見せないのなんて、もったいない。
もったいないけれど、髭と髪で隠すくらい、確かに注目を浴びる整った容姿をしていた。
(流石に王族主催のパーティーであの髪は怒られるから、切ったんだろうしなぁ)
興奮から冷めてくるなり、ディノスの苦労にもなんとなく気づき、エリーは彼が容姿を隠している理由に納得した。
そうやって一人うんうんと頷いているエリーのおでこに、何故か突然デコピンが飛んでくる。
「痛っ……!? 何するんですか!」
抗議して見上げると、デコピンをしてきた相手であるディノスは剣呑に目を細めて返す。
「なんで勝手に来てんだ」
「え?」
「服飾部に行ったらもう出たって言われて無駄足くったろう」
「いやだって、待ち合わせ何てしてませんでしたし。それに、城内が会場ですし……」
貰ったドレスを抱えて美湖の住む神殿をあとにしたエリーは、家に帰っている時間も無かったので、服飾部管轄の一室で着替えさせてもらった。
シンシアに手伝ってもらって髪もアレンジし、化粧もしっかり仕上げ、服飾部の備品のネックレスや靴まで借りたのだ。
そして普通に、パーティーが始まる十分前に王城の大広間に着いたのだが。
「あ、でも広間の入り口でちょっと衛兵さんと、もめちゃいました。服飾部の人間だっていう身分証のブレスレットを見せて、ディノスのパートナーだって伝えたら、五分くらい待たされてどこかで確認とって来てくれたらしく、入れて貰えましたけど」
「当たりまえだ。招待者本人が居ないで、パートナーだけですんなり入れるわけないだろう」
「エリーちゃん、パーティーのパートナーっていうのは、一緒に行くのが普通なのよ?」
「そ、そういうものなんですか?」
ディノスだけでなく、ブロッサムにも突っ込まれてしまって、エリーは眉をさげた。
「待ち合わせを指定されていないのなら、それは男性側が迎えに行くってことだけど……でも初めてのエリーちゃんに何も言わないで、勝手に知ってるものと決めつけたディノスも悪いんだからね?」
「ふん」
「すみません」
知らなかったとはいえ、マナー違反をしたのはエリーなので、しっかりと謝った。
ブロッサムが苦笑をもらし、ディノスが溜め息を吐く。
――そこで丁度、楽団のファンファーレが鳴り響き、会話は打ち切られる。
偉い立場らしいひとが、高い位置から朗々たる声を張り、出席する王族の方々と巫女の到着を宣言した。
今日出席する王族は国王と王妃、三人の王子と二人の王女のようだ。
国王と第一王子は太陽の光を寄せ集めたような明るい金髪。
王妃と他の王子王女は月のように神秘さを秘めた銀髪。
そして誰もかれもが目が眩むほどの美男美女だ。
王城で働いていてももちろん近くでなんて会えない人たちの姿に、エリーは魅入ってしまった。
「こんな間近で王族の皆様を拝見できるなんて信じられない。……あの方々が公の場で着た服のほとんどが、たちまち世界各国で流行ってしまうのも、うなずける美形っぷりですね」
服やアクセサリーをまねて、少しでもああなりたいと思ってしまって当然だ。
エリーだって髪型くらいはマネしてしまおうかと考えている。
国内外の権力者に注目されるこの国の王族のファッション。
だからこそ王城の服飾部の面々は切磋琢磨し、素晴らしいものを作り上げるために努力する。
『服飾の国』の評判を落とさないプレッシャーも、相当なものだろう。
「あ、美湖様だ」
王族に続いて、美湖も入場してきた。
肩には神龍のシロも乗っている。
「まぁ、素敵なドレスね」
「本当、明るくて優しい綺麗なオレンジ色。清楚だけど華もあるデザインで、とても目を引くわ。巫女様にとてもお似合い」
密やかながらも聴こえて来た声に、内心心臓が跳びあがった。
声色や内容から、そこそこの評価を貰えているみたいでエリーは口元をにやにやと緩ませてしまう。
そんな中で、国王の挨拶、王妃の挨拶が進んでいった。
最後に、そして巫女の挨拶として美湖が一歩前へ進み出る。
「シロ」
壇上にたつ美湖が、ちょんと肩のシロを指先で撫でた。
それに応えたシロが肩から飛び降り、不自然に大きく開いていた空間に小さな翼を広げて飛んでいく。
皆の注目を浴びる中、そこでシロはみるみる間に大きくなり、高い天井に届いてしまいそうなほどの大きさの竜へと変化した。
「わぁ」
「神龍様……!」
あがる歓声の中、シロは首を伸ばして大きく口を開き、喉の奥から咆哮する。
「グウォォォォオォォ!」
低い、お腹に響く声が耳を揺さぶると同時に、シロと巫女が銀色の光に包まれた。
銀の光は渦を巻き、締め切った室内なのに吹いた清らかな風によって、大広間中へと降り注ぐ。
キラキラ、キラキラと、シャンデリアに反射して煌めく光の雨に、人々から歓声が沸いた。
「凄い! 綺麗!」
エリーももちろん、龍の奇跡をこの目で初めてみて興奮してしまう。
手のひらを広げて受けようとするけれど、光は触れる直前に消えてしまうみたいだった。
それでもどうにか触れられないかと、うんと手を伸ばしながら、エリーは今夜のパートナーとしてずっと隣にるディノスに口を開いた。
「シロ、いつもと違って恰好良いですね!」
「いや、本当の姿はもっと大きいぞ。広間が破壊されるから抑えてもらってるんだろう」
「そうなんですか!? 私、本当に遠くの豆粒くらいに見える距離からかしか見たことなかったので、分かりませんでした。あれよりまだ大きくなるんですか……」
話している間にも、キラキラと、銀色の粒が降って来る。
これが、神龍の力で、この国土に豊穣をもたらすものらしい。
土地だけでなく、心にもあったかく降り積もるような光。
光の雨がゆっくりと消えると、やや間を置いて国王が高らかにパーティーの開催を宣言した。
手にシャンパングラスを掲げ、皆で新しい年明けを祝う。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
「新年おめでとう!」
「今年もよろしくたのむよ」
皆が雑談を始めたタイミングで、楽団が音楽を鳴らす。
中央では第二王子と美湖が最初のダンスを始めたようだ。
「うーん、檀上は高い位置にあったから見えたけど、ダンスは人に阻まれてちょっと見学できそうにないですねぇ」
珍しく履いている高いヒールをもっても、巫女と王子のダンスを見物する人たちの壁の高さに負けてしまう。
美湖の晴れ舞台はもちろんだが、ダンスで軽やかに翻るドレスを見たかった、とエリーは眉を下げた。
そこに、ディノスが手を差し伸べて来る。
「この曲が終わったら、俺たちも行くぞ」
「へ?」
髪を切っている上に、前髪は整髪剤で上げているので、いつも以上にはっきりと彼が苛立っている表情が分かった。
出された手と、ディノスの怖いと顔を見比べて、エリーは戸惑う。
「私、ダンスなんて踊れないんですけど」
「適当に合わせろ。一曲くらい踊っておくのもこういう場でのマナーだ」
「そ、そういわれても……!」
戸惑うエリーにも構わず、ディノスは強引に手を取り引っ張っていく。
そのまま彼は物怖じなんて一切せず、貴族ばかりひしめく広間中央のダンスをしている人々の中へと、連れられてしまった。
次いで、くるっと向きを変えられたかと思えば、腰に手を周らされて向かい合っていた。
ぐっと腰を引かれたことに気付いた時には、もう息も届くほどのまじかに彼の胸元がある。
(っ……おおぅ)
男の人に腰を抱かれる感覚に、エリーはつい赤くなってしまう。
そんなに痩せぎすな体型でもないはずなのに、片手だけで腰周辺のかなりの範囲を包まれているのだ。
大人の男の人の手はこんなに大きいものだったのかと知らされてしまう。
そしてその手のひらが触れた部分から、じわじわお腹の内側にまで伝わって来る体温が、なんだかすごく恥ずかしかった。
「あ、エリーさん」
軽やかにおどる美湖が、エリーを見つけて声をかけてくれる。
しかし何か返すまえに、ステップに流れて離れていってしまった。
「ほら、ぼうっと突っ立っていると邪魔にしかならない」
「は、はい」
とにかく必死に、ディノスの動きに合わせてエリーも足を動かす。
「わ、わ、わ、」
「同じステップの繰り返しだ。慌ててないで覚えろ」
「えー? あ、右、左、右、右?」
言われて気をつけてみると、確かにみんな同じタイミングで同じステップを繰り返しているだけだった。
彼らを必死に観察しながら、エリーもどうにか合わせようとする。
何度かディノスの足を踏んづけてしまったり、転びそうになってその直前に力づくで引っ張り上げて貰ったりしたけれど、二曲目に入る頃には何とか周りに合せることが出来るようになっていた。
(優雅……かは分からないけど、結構いけてる気がする)
エリーはほっと息を吐く。
リズムに慣れて、足のステップも音楽に乗れてくるようになると、そこそこ楽しくなってくるもの。
エリーは普通に楽しくダンスを続けた…が。
(……あ)
隣で踊っていた二人組が迫ってきて、よける為にディノスがぐっとエリーの腰を引いて数歩ずれる。
拍子に、今までよりずっとお互いの体が密着してしまう。
突き放すのも意識しているようでおかしいかと、踊り続けるけれど、エリーの顔は真っ赤に染まっていた。
(あぁぁぁ、腰に力いれないで! おっきな手で捕まれてるの、なんか、ほんとに変な感じ!)
いつもよりずっと近くにあるディノスの体はずいぶん大きい。
リードして引っ張る力も頼もしく、体を預けてしまってもいいのだと安心できるものだったけれど、完全に預けてしまうのはやっぱりこれも恥ずかしくて耐えられない。
(さ、さりげなく、少しずつ距離をとりたいんだけど)
せめて踊り始めの時位の距離感でと思うのに、どのタイミングで足をずらして行けば変じゃないのか分からない。
ぐるぐる頭を悩ませながら、それでもエリーは必死に踊っていた。
なのに、その必死さを馬鹿にするように、真上からふっと吹きだす声が聞こえ、頭のてっぺんに息がかかった。
(笑われている!)
――――エリーは口をへの字に曲げて、相手を睨み付けた。
「……な、なんですか。人が必死にやってるのにっ」
「いや? まさかここまで男慣れしてないとは面白くてな?」
「っ……くやしい」
エリーと違い、こういうパーティーにも慣れている感じのディノスは、全部が堂に入っている。
(くやしい……)
―――悔しくて悔しくて、……追い越してやりたいと、思った。
だってこの人は、何もかも自分より上にいる人だ。
(初めてのドレスづくり、ほんとに大変だったけど、楽しかったし。もっと、もっとって、もうこんなの、追い越すくらい凄いの、作ってやりたくなる)
本当に、腹が立つくらいに綺麗なドレスが、動く度に目の端で揺れる。ふわり、翻る。
凄く綺麗で、心臓がどきどきする。
そう、これはドレスの素晴らしさにどきどきしているのだ。
(うん、こんなの、作れるようになりたい)
実際に着てみて、着心地の良さに脱帽した。
こんなの、今の自分じゃ絶対作れない。
悔しくて、やる気を刺激された。
目標が、出来た。
「ディノス」
「何だ」
きりっと顔を上げたエリーは、思いつくままに宣言してやる。
「今にみててください! 私、絶対に貴方を越える針子になってみせますから!」
それを聞いたディノスは、虚を突かれたようにわずかに目を見張ったあと。
珍しく―――エリーが知る限り、初めて口の端を上げて笑った。
「面白い」
「っ……!」
初めて見た、その顔に、不覚にもエリーの心臓が飛び跳ねてしまうのだった。
ーーそうして、婚約破棄されたやさぐれた気持ちと勢いだけで就職したエリーは、本気でドレスを作る職人として上に行きたいと思うようになった。
何年も、何年も何年も努力を重ね、様々なことを学び育った彼女は、やがてそのたぐいまれなるデザイン力と、努力と苦労で身に着けた技術力を武器に、世界でももっとも素晴らしいドレスを作る針子として名を知られるようになるのだった。




