『松下一樹(事件)』 6
『神隠し』に遭った上に、更に異常な事態に・・・・・
『神隠しから生まれし少女』本編第6弾、公開します
エレベーターが1階に着いて、ドアが開いた。
そこはカオスの真只中だった。
出入り口でコメントを取ろうとするマスコミと、阻止する病院の職員と警官が押し合いをしている。質問の声、いや、マスコミ同士がののしりあう怒声の方が大きいか? 何にしろ、上品とは言えない声がフロアの雰囲気を異常にしていた。徐々に暗くなってきたので、生中継をしているテレビ局の照明が一階を照らしだした事も非日常的な印象を深めていた。
「当分大変やな」
翔太の言葉に答えた一樹の返事はそれまでとは違い、重い感情がこもっていた。
「ああ、大変だ」
思わず翔太は連れの顔を見た。高校生に見えないほど老けて見えた。
「マスコミの事じゃない。良く考えたら、どう接したら良いんだ? 元母親の子供三人に?」
一樹の視線の先には母親に連れられた小学校高学年の男の子と、マスクをしている低学年の女の子がいた。子供達は兄妹喧嘩をしていた。母親が子供達をなだめている。
母親という重石が無くなり、代わりに妹?が三人も一気に増える。
そう言えば、母親が分裂した少女達(髪の毛が無かった為か、まるで同じ顔をしたマネキンのようだったが、榛菜の面影があった)とは一体どの様な関係になるのだ?
母親のままなのか? 妹なのか? 一樹には分からなかった。
一方、翔太は母一人・妹一人でも鬱陶しいのに、どっちかが三人も増えるなんて、想像もしたくなかった。家事を手伝った事の無い翔太は気になって訊いてみた。
「おまえ、家事が出来るか? 俺は何も出来へんで」
「心配はいらん。カップラーメンを作る事は得意だ。袋ラーメンなら卵を入れる事さえ出来るぞ。しかも、なんとチャーハンを作れる。驚いたか? まあ、実の所、母親に仕込まれたせいで陽菜ほどじゃないが料理も出来るし、掃除洗濯も一通りは出来る。だから一人暮らし位は明日からでも出来る」
「すごいな。俺はコンビニ弁当を買う事しか出来ん。今日からおまえを尊敬する事にしたで。よっ、ミスター家事っ子」
「いつの時代のアニメだ。俺の親父が見ていた気がするな」
「すまん、忘れてくれ。今度、おまえんとこのオヤっさんととことん語り合いたいな」
やっと、いつもの会話になった。
売店は外部につながる出入り口のシャッターを閉めていたので暗く感じた。
幸いにも素性を知られずにジュースを買い込んだ二人は、エレベーターの前に翔太の父親と例の刑事が居る事に気付いた。
「オヤジ」
翔太が呼び掛けると、二人がこっちを見た。翔太と優衣の父親、早川彰の服装はゴルフ場から直行したせいでポロシャツと白のスラックスだった。
「翔太か。今、刑事さんから事情を聞いた。松下さんところの様子はどうだ?」
「怒ってはないで。むしろこっちが心配されてる。会った事なかったっけ? 一樹だよ、松下さんとこの長男の」
「こんばんは。松下一樹です。ご家族を巻き込んでしまって、ご迷惑をお掛けしています」
彰は言葉が出ないようだった。営業畑が長い彼の経験から言って、罵倒される事は想像していた。だから会ったら直ぐに謝るつもりだったが、先に謝られるとは考えていなかった。しかも、大阪弁でなく、ごく自然に丁寧な言葉を使われた事で対応が遅れた。
だが、百戦錬磨の営業マンだけあって直ぐに持ち直した。
「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
丁度、エレベーターの扉が開いたので刑事がみんなを中に誘導した。ストレッチャーの使用を考慮した病院のエレベーターは奥に広い。4人では空間が広すぎて、間が持たなかった。無言の時間が流れた後で、一樹が刑事に質問した。
「刑事さん、その後、何か動きが有りましたか?」
「いや、未だだ。病院側の検査は続いている。と言っても聴診と触診しか出来ていない。点滴の針さえも刺せない状況が続いている。あとは意識が未だ戻らないっていう位だな」
「そうですか・・・・」
それで会話は途絶え、沈黙は会議室に入るまで続いた。
今回の『神隠し』は異常な事態が連続していた。分裂した事も異常だが、テレビカメラに少女達はまともに映っていなかった。モニター上の彼女達はぼやけた輪郭が辛うじて判別できる状態だった。
更に、触れる事も出来るし聴診器で心肺音を聞く事も出来るが、身体に傷付ける行為は一切出来なかった。
夫の姿を見つけた早川典子は明らかにほっとした表情を浮かべた。彰は今度こそ先に謝ろうとしていたので、足早に浩史の前まで行った。
「早川彰です。この度は娘を助ける為に、奥様及びご家族の皆様に多大なご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそ巻き込んでしまい、申し訳ありません。それに、娘の陽菜から聞きましたが、娘さんはうちの子が送った携帯メールを事故の直前に見ていたようです。だから、こちらにも責任があります」
「そう言って頂けると助かります」
稲本刑事を含めて大人達が会話を交わしている間に、一樹と翔太はジュースを配った。
なんとも言えない時間が流れ出した。異常な状況なのに何もする事が無く、ただ待っているだけの時間。病院の中だから携帯の電源も切っているので、一樹はぼんやりとしていた。真っ先に飲み干した陽菜が典子に声を掛けた。
「おば様、ゆいちゃんのとこに行きましょう」
「俺も行くよ」
「カズニィは来なくていい。寝顔を見られたと聞いたら、後でゆいちゃん怒るもん」
「そうか? ま、女の子の気持ちなんて分からんから任せるよ」
二人が出て行ったので、一樹と翔太はテレビを見る事にした。音量はたまたまミュートになっていたので、そのまま画像だけを見る。画面は相変わらず病院前からの現場中継だった。
「この病院は一気に全国区になんなぁ」
「ああ。どうでもいいが、宣伝料くれないかな?」
「もらってもバチは当たらんよな?」
「若者は余裕だな」
真後ろから聞えた声に驚いて振り向くと、父親が二人ともテレビを見ていた。
「あれ、刑事さんは?」
「状況を聞きに行った。ああ見えても優しい刑事さんだぞ。上司にもうしばらくここに居させてくれって頼んで残ってくれている。そうそう、お前の事をほめていたぞ、一樹」
「見る目があるね。それと立派な息子を持てて良かったねぇ」
「そうだな。これからは自称立派な息子を頼りにするよ。なんせ・・」
その時に刑事と30歳半ばの医師が一緒に戻って来た。医師が説明を始めた。
「三人が意識を取り戻しました。ですが三人とも記憶が中学一年生までしか有りません。それと名前と生年月日は教えてくれましたが、それ以上は口を開いてくれなくなりました。とにかく両親と祖母に会いたがっています。祖母の名前は岩崎幸子さんと言っていますけど?」
「妻の祖母です。昔はおばあちゃん子だったと聞いています」
浩史は少し言葉を詰まらせた。
「全員、亡くなっています」
如何でしたでしょうか?
どんどん地味になって行きます(^^;)