『一味たち(代理人)』
『神隠しから生まれし少女』本編の最終話です。
松下家へ新年の挨拶に立ち寄った盛田雄一たち五人は馴染んでいるスリッパを履いて、通い慣れたリビングに向かった。リビングに入った雄一と綾乃は直ぐに違和感を覚えた。
『一人多い?』
「や、お久し振り。雄クンも綾ちゃんも啓子も拓海も清志も元気やったか? あ、先にあけましておめでとうって言わなあかんな」
ソファに座って、大きくのけぞりながら声を掛けて来た人物を見て、五人は唖然とした。高価そうな淡いブルーのドレスを着た菜々だった。
「な、なんでここにおるんや?」
「やっと最近時間が空くようになってな。暇になったらここでのんびりしてるねん。元旦の朝もおせちを一緒に食うたし、初詣も一緒に行ったで」
雄一の問いに答えた菜々の周りで家族がニヤニヤしていた。
陽菜が耐え切れずに声を出して笑い出した。笑い終わった彼女はみんなに声を掛けた。
「ほら、みんな、口をぽかんと開けてないで、座って、座って」
雄一たちは言われるままに菜々を囲むように座った。
「嬉しいで、みんなに会えて。特に雄クンと綾ちゃんがさりげなく隣同士に座る仲になった事は」
「お前が自分で言ったんやろ。この先は綾としろって」
「それで、もうしたんか?」
「内緒や。知らんうちにこっそり家に帰っている奴には教えん」
綾乃の顔を見た菜々は雄一に言った。綾乃の顔は真っ赤だった。
「綾ちゃんが教えてくれたから、もうええわ。それよりみんな元気か? まあ、元気そうやけど、おっさん連中と話をするよりそっちの方が気になるねん」
松下浩史が呆れたようにたしなめた。
「菜々、おっさん連中って言ってやるなよ。一応、それぞれの国や機関の代表なんだぞ」
「でも、本当にレベル低いで。浩史さんの方がよっぽど手強いわ」
「ありがとうと一応言っておくが、あまり甘く見ていると足元をすくわれるぞ」
菜々はおとなしく答えた。
「うん、浩史さんの言う通りや。一応、山千海千の政治家やからな。でもやっぱり浩史さん相手の方がどきどきするわ。これが噂に聞く恋なんやろか?」
パシと音が響いた。菜々が榛菜に頭をはたかれた音だった。
「だめ。ヒロさんはあげない」
「そう言うてもな、榛菜さん。趣味に合わんおっさん達と交渉する経験をしてみ。どれだけ浩史さんが恋しいか」
「でも、あげない」
「葉菜、手ぐらい握ってもええやろ?」
「それ位ならいいよ、菜々」
「ほっぺにキスは?」
「お父さんはほっぺなら別に」
浩史が顔を緩めながら言っている途中で陽菜がさえぎって言った。
「地球温暖化対策の技術移転をしてくれるなら許す」
「えー、えらい高いなあ。うーん、考えとくわ」
雄一たちは話に付いて行けずに再び唖然としていた。五人の表情に気付いた浩史が説明した。顔はまだ少しばかり緩んでいた。
「いや、昨日からこの話がよく出るんだ。さすがに身内に言われても菜々の立場があるからね。簡単にはOKが出ないのは分かっているけど、陽菜がダメもとで頼んでいるんだ」
「い、いえ、その話もですけど、今、瑠菜と葉菜の声がしていませんでしたか?」
「ああ、その事か。妻の中に瑠菜と葉菜も同居しているんだ。みんなには内緒だが」
榛菜が五人に向かって、にっこりと笑った。
「久し振りやで、みんな。本当に久し振りね。早く言って上げたかったけれど、世間に知られるとややこしいので今まで言えなかったの」
葉菜と瑠菜の声が連続で挨拶した。言葉数も昔どおりだった。綾乃と啓子は思わず榛菜に抱き付いた。その様子を嬉しそうな顔で見ていた菜々が真顔に戻ると浩史に言った。
「浩史さん、残念やけど、そろそろ行かなあかんわ」
「そうか。今日は誰に会うんだ?」
「ここの首相。日本人は働き過ぎやで。わざわざ正月から会わんでもええのにな」
「焦っているんだよ。菜々が日本人なのに、手加減してくれない事に」
「そう言うてもな。一応宇宙人の代理人やからな、うち」
『神隠しの揺り返し』で消滅したと考えられていた松下菜々が、再び姿を現したのは4ヶ月以上経った9月の中旬だった。
ニューヨークの国連本部で開かれた総会初日に、スリムになった例の光の柱が会議場に突如発生した。光の柱が消えたのと同時に現れた菜々は騒然となる会場の空気を無視して、英語(信じられない事に発音もネイティブ並みだった)で発言を求めた。警備員は彼女を排除しようとしたが無理だった。会場を撮影していた画像から後で判明したが、力場らしきものに阻まれて警備員は彼女から1メートル以内に近付く事が出来なかった。
結局、議長は発言を認めた。
「議長閣下、及び発言を許可して頂いた皆様、ありがとうございます。私は異星域からやって来た生命体の代理人を引き受けた者ですが、彼らからのメッセージを預かっています」
そう言うと、菜々の身体の周りの空間が10の主要な言語の字幕(字幕に日本語は含まれていなかった。単純に公用語としている人口で選んでいた)で埋まった。首から上しか見えなくなった菜々は淡々とメッセージを話し始めた。
『親愛なる地球にお住まいの皆様。我々は皆様と修交を結びたく、この人物にメッセージを託します。我々自身が出向くべきですが、解決困難な問題が有り、この様な形で失礼します』で始まる5分間に及ぶメッセージは、今では全ての無料投稿サイトに載っていた。
人類側のその後の混乱は凄まじかった。国連総会は機能不全に陥り、臨時招集された安全保障理事会も大国の思惑が渦巻き、人類初の異星人との修交条約は未だに締結されていなかった。その状況の中で菜々はそれこそ寝る間を惜しんで世界各国を飛び回っていた。
人間としての松下菜々は『神隠しの揺り返し』後は行方不明扱いだったが、国連安保理の裏交渉の最中に戸籍の抹消が話題にされた事が有った。結論は出ていなかったが、戸籍抹消は確実視されていた。中立性を保つ為には仕方が無いし、まだささいな事柄だった。
「身体には気を付けてな」
「おおきに。ま、首相はうちのギャグが分かるから楽しいけどな。この間は久し振りに大笑いを取ったで」
そう言うと、菜々の前に直径1センチ程の光の柱が出現した。菜々は元同級生たちに顔を向けると自慢げに言った。その笑顔は子供のようだった。
「ええやろ。うち専用のどこでもドアやで」
手を上げて呼び止めようとした拓海に菜々が気付いた。彼女はニヤッと笑って指差した。
「ん、そこの寝癖のひどい子。何が聞きたいんや?」
「いや、ラク人ってどんな姿をしてるのか、教えてくれんかなと思ってな」
菜々は露骨に嫌そうな顔をした。世界中の人間が知りたい事だから(人類が初めて接触した異星人なので当然だが)各地で質問を受けていたが、菜々は頑として教えなかった。
「知らん方がええで。R18指定なんてもんや無い、あれは発禁もんや。だからうちを代理人にしたんや」
「そうか。悪かった、嫌な事を訊いて」
「かまへん。人類がもっと大人になったら姿を見せるかもしれんで。それまではうちだけの秘密や。それにな、今年中にもっと大きな話が出来ると思うで。楽しみにしときや」
菜々がまた笑いながら言った。
「今年はええ年になりそうや。正月早々にみんなに会えたからな。それと、またパーティーやってや、浩史さん。呼んでくれたら絶対に来るからな」
「ああ、絶対にやる。連絡は例のところに送っておくよ」
「楽しみや。ほんなら行くわ。みんなも元気でな」
そう言うと、彼女はみんなに笑顔を残して姿を消した。
堺市立M国丘中学校3年2組出席番号19番のその笑顔は、中学生の少女のものでは無かった。命を落とす覚悟を固めた上で、それでも笑える人間だけが浮かべる笑顔だった。
松下菜々が人類の戸籍を無くす半月前の出来事だった。
如何でしたでしょうか?
残すはエピローグのみです。




