『松下浩史(夫婦)』 2
こっそりと更新します
松下家の平成22年の正月は午前9時にダイニングで集合する事から始まった。母親の榛菜の方針が未だに受け継がれていた為だった。
テーブルの上には陽菜を含む女性陣が作ったおせち料理が並んでいた。去年のおせち料理より本格的で量も多い。高校生と中学生が作ったとは思えないほどしっかりとしたおせち料理だった。重箱に入ったおせちは浩史の好みに合わせて、海老のうま煮と数の子が多めに飾られていた。
浩史はテーブルに並んだおせちを先ほど初めて見た時に少し驚いた。その量と質は妻の榛菜が作ったおせちに引けを取らないような気がした。いや、出来上がりも含めてそっくりだった。
白味噌仕立てのお雑煮を葉菜と陽菜が全員に渡し終えると、浩史が挨拶を始めた。これも結婚してから十数年間ずっと続けてきた習慣だった。
「さて、お雑煮も揃ったな。それでは今年も家族仲良くしよう。さあ、陽菜、葉菜、瑠菜、菜々が作ってくれたおせちを頂こう」
「いただきます」と合唱して、みんなが一斉におせち料理に手を出した。
浩史の挨拶は去年と一緒だった。それ以前も名前が違っていただけで、あまり変化は無かった。年頭の挨拶を食事の前にする事は浩史と妻の榛菜のジンクスだった。
妻が作ったのとそっくりな海老のうま煮を一口ほおばった時に、浩史は初めて榛菜と二人で迎えた元旦を思い出した。
彼女は見事なおせち料理を作ってくれた。大学時代に東京で下宿した後、縁も所縁も無い大阪に就職の為にやって来た浩史は独身生活に慣れていた。その浩史にとって、榛菜の作ったおせち料理を見た時は、『結婚したんだ、もう自分一人だけの人生ではないんだ』、という実感が改めて湧いた瞬間だった。
その時に榛菜は彼女の父親や祖母が必ずしていたように、浩史にも年頭の挨拶をして欲しいと頼んだ。
浩史の記憶の中の妻が表情を消しながら話していた。
『私ね、小さい頃は早くおせちが食べたくて、挨拶の途中で料理に手を出してよく怒られたの。そして小学6年生の時にみゆきの家族と初日の出を見に行く約束をして、元旦の朝食を初めて家族3人で迎える事が出来なかったんだけど、昼前に帰って来た私を見た時の父の悲しそうな顔が忘れられないの。その年に両親が火事で死んだから尚更ね。だから、この家でおばあちゃんと一緒に住むようになってからは元旦には家でおせちを食べるようにしたの。このおせち料理もおばあちゃんに教えてもらったのよ。そうそう、父はおばあちゃんの真似をしていたってすぐに分かったわ。だって、言う事がまるっきり一緒だったもの。でも、馬鹿だったのね。同じ過ちを繰り返してしまうなんて・・・・』
浩史と榛菜は岩崎家の風習を受け継いできた。元旦に家族揃っておせち料理を食べる限り、その年は災いが来ないというジンクスを信じて。
浩史は久し振りに思い出した記憶に秘密が隠されている事に気付いた。妻の榛菜は料理を小学生の時から母親に習っていたと言っていた。だから葉瑠菜三人が料理をする事に不思議な点は無かったし、葉菜が料理本を買ってきて試作したりしていたので気にしていなかった。
だが、葉瑠菜三人の記憶は両親の死の前後で終わっている。
では何故、今年のおせち料理がこれだけ妻の料理と同じなのだ?
今食べている海老のうま煮の味付けも全く同じだった。記憶とおせち料理を習った時期の辻褄が合わなかった。
浩史が最近気付いた事と、この味付けが関連している事は確実だった。
「父さん、どうしたの? まだ海老を一匹しか食べてないよ」
陽菜の声で我に返った浩史は止まっていた手を再び動かし始めた。
そして言葉を選びながら答えた。
「いや、陽菜も料理の腕を上げたなと思ってな。ちょっと昔の思い出に浸っていた」
「いやいや、葉菜ちゃんの腕がいいからだよ。私は少し手伝っただけだもん」
「そうか。ま、何にしろ美味しいおせち料理を正月に食べられる事は幸せだな」
おせち料理を家族で楽しんだ後は恒例のお年玉授与式だった。
「えー、一万円も入ってる! どうしたの? 宝くじでも当たったの? 無理してない?」
陽菜の大声がリビングに響いた。松下家のお年玉は去年までは一律五千円だったが、今年は一万円に値上げしていた。浩史も世間では高校生で貰う金額は一万円が一番多いという事は知っていたが、榛菜の方針で五千円に抑えていた。無駄使いせずに計画的に小遣いを使う習慣を付けさせる為には、お年玉は少ない方がいいという理由だった。
「大丈夫だ。会社が儲かっているから冬のボーナスが多かったんでね。だが、無駄使いは駄目だぞ」
「うん。欲しかった電子辞書を買うよ。毎月二千円ずつ貯めてたけど、これで買えるもん」
浩史は健気な事を言う娘を思わず抱締めたくなったが、さすがに高校生になった彼女は嫌がるだろう。ほんの少し前まではごく自然に出来た事が急速に出来なくなって来ていた。親離れのサインも有った。
最近では『お父さん』と呼んでくれなくなっていた。中学生まで父親の自分を慕ってくれただけでも、今の世の中では贅沢だったのだと最近は思うようにしていた。だから言葉で感想を言うだけにした。
「陽菜はいい子だな。父さん、涙が出そうだよ」
「父さんの子だもん」
浩史は我慢出来なくなって、ついに抱締めてしまった。陽菜の反応は浩史の頭をポンポンと叩きながら「よしよし」と言っただけだった。
『榛菜、君の言う通りにして来て本当に良かった』
浩史が妻に感謝を捧げて、陽菜にしつこいと思われる前に身を離した時に葉瑠菜達と目が合った。
彼女達の目には満足感が浮かんでいた。
如何でしたでしょうか?
まだ続きます




