『盛田雄一(この少女の為に)』 3
もう一人の主役の盛田雄一クンにスポットを当てた章の最終章です。
市民プールで遊んだ日から一ヵ月後の土曜日の夕方、拓海が住む大きなマンションのエントランスに『葉瑠菜とその一味』+健二が居た。去年も楽しんだ世界最大級の花火大会(正確には花火大会ではないが・・・)が今日行なわれるのだ。
葉瑠菜三人は去年買ってもらった浴衣を仕立て直して着ていた。雄一も去年の百舌鳥八幡宮のふとん太鼓のお祭りで三人の浴衣姿を見ていたが、去年より成長した分、女性らしさが増していた。拓海や清志ではないけれど、一瞬見とれてしまった。
しかも、綾乃と啓子が新調した浴衣を着て来たので、学年のトップ5と言って良い少女たちの競演に、拓海と清志はこの世の天国といった顔をしていた。
「兄ちゃん、きれいに見えたらええなあ」
雄一の手を握る健二は楽しみにしていた花火がもう少しで見られるので、顔が早くも緩んでいた。兄達と違って、純粋な喜びに満ちた笑顔だった。去年見た花火がよほど気に入ったのだろう。健二はカレンダーの8月1日のスペースに花火の絵を描いていた。
雄一は慌てて兄の顔に戻って、言った。
「そうやな。でも俺らを特別に屋上に上がれるようにしてくれた拓海兄ちゃんにありがとうと言いや」
「拓海兄ちゃん、ありがとう」
健二は素直にお礼を言った。拓海も笑顔の質を変えて、健二の頭を撫でて言った。
「健坊、去年よりは小さいけど、きれいに見えるらしいで。楽しみやなあ」
健二の顔は益々緩んだ。
「でも、すまんな、他のみんなも呼べたら良かったんやけどな」
「しゃあないで。あんまりあんたに迷惑を掛ける訳にはいかんもんな。それにみんなも集団デートを楽しみにしてたで。松田さんとこも新婚さんやしな、たまには子供の相手をせんで二人で楽しんだ方がええんちゃうか。でも、浩史さんだけ一人で留守番なんや」
菜々の言う通り、一樹と美咲、翔太と陽菜(あくまでも仮)、優衣と彼氏の三組のカップルは花火大会会場の近くまで行く事になっていた。松田夫妻も美紀の実家の近くに小さいけど良い観賞ポイントがあるそうで、2年ぶりに二人で見に行くと言っていた。
「おやっさんも可哀想にな」
拓海の言葉に答えたのは瑠菜だった。
「でも、久し振りにアニメをゆっくり見ると言って、何枚かDVDを借りていたよ。息抜きには良かったかもね」
「そうなんや。うちらが来てから見てないシリーズが有って、見たくてうずうずしてたんや。花火を見れなくて残念やって言ってたけど、顔はにやけてたで」
「うーん、その気持ちは分かるような気もするなあ。俺なんて週に15本は見てるもんな」
「浩史さんはあんたよりはましや。それに、言うとくけど変なのは見てへん。うちらの部屋になった元寝室に置いてるDVDを三人で調べた事があるけど、変なんは置いてなかったで」
自分にとばっちりが来ないように声には出さなかったが、拓海は心の中で突っ込みを入れていた。『それは甘いで。絶対に隠してるはずや。オタク仲間には分かる』と。
ちょうど屋上に着いたので、この話はそれで打ち止めになった。
去年は全員で富田林市まで出掛けたが、今年は諦めていた。
あの人出の中に三人が行けば護衛が不可能になるし、無意味に混乱の種を撒く訳にはいかなかった。
マンションの屋上から眺める花火はきれいだった。
だが、雄一の右手を握ってはしゃぐ健二の向こうで真剣に花火を見詰めている菜々の事を考えると花火の美しさは残酷なものに思えた。
あと何十回と見る事が出来る雄一と違って、今日が最後の菜々がどのような気持ちで見ているかを想像する事は出来なかった。
菜々は誰に言うともなく呟き始めた。それは花火の色に合わせて呟いているようだった。
「赤はやる気の色、白は混じり気の無い色、オレンジ色は喜びの色、黄色は太陽の色、緑色は葉っぱの色、青色はお空の色、金色は宝の色やで。榛菜はどの色が好きや?」
その様子に不安を覚えた雄一は菜々の顔を見詰めた。やっと自分が呟いている事に気付いたのか、彼女は呟くのを止めて雄一に説明した。
「昔、お父ちゃんが花火を見ている時に言ってた事を思い出してたんや」
「そうか。それで好きな色の答えは何て答えたんや?」
「白と赤。『そうか、榛菜も白と赤か』ってお父ちゃんは変に喜んでたわ。お父ちゃんも浩史さんに似て、オタクやったんやで。軍オタってやつらしいねん。うちの名前も本当は違う名前にしたかったそうや。お母ちゃんに反対されたけどな」
「何て名前やったんや?」
「同じ『はるな』と読むけど、『な』は名前の名や。昔の戦艦の名前なんや。傷だらけになるほど戦って、最後まで頑張った船らしいで。負けた後は解体されて戦後復興ってのに貢献したらしいわ。でも、今考えたら小学三年の娘にそんな事を嬉しそうに話すんやから、変った父親やったな」
「そうか」
雄一はまた一つ菜々達に関する事を知ったが、喜びよりも悲しみの方が大きかった。
大事な人の事を知れば知るほど、失う恐怖と悲しみは深くなっていく事を雄一は知っていた。
如何でしたか?
次回は、異常な関係の夫婦の物語に突入します(^^)




