表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/50

『盛田雄一(この少女の為に)』 2

もう一人の主役、盛田雄一クンに光を当てた章の真ん中です。

 中学生の時に、この様な運命に直面したら、mrtkには耐えられなかった気がします(^^;)

「雄クン、どうしたんや? ぼーとして」


 小学生向きの25mプールのサイドに座っていた雄一の足を掴みながら菜々が声を掛けてきた。彼女の背中には健二が乗っかっている。

 健二の体重を受けて、菜々の足は忙しく水を掻いていた。去年も思ったが、どこにそんな力が有るのだろう? いや、単純な握力や脚力は雄一の方が上だったから、よほど上手く水を捉えるコツが有るのだろう。


「初めて会った時の事を思い出していた」

「お互い若かったなぁ。それがもうこんなに年寄りになってしもたもんな」

「いや、会ったんは一年前や。まだ若いで」


 ニヤッとした菜々は、いきなり雄一のすねに一本だけ生え始めた細い毛を引き抜いた。びっくりする雄一を無視して、菜々は背中の健二に話し掛けた。


「健二君、すねから毛が生えているようなおじさんは置いといて、ジュースでも飲もか?」


 健二の返事を聞いた菜々は器用にくるっと身体をひねって、健二を抱き抱えるようにして立ち上がった。プールから上がった彼女らは売店の方へ歩いて行った。


「すね毛くらいでおっさん呼ばわりかよ。しかも一本だけしか生えてなかったのに」


 ぼやきながら雄一も立ち上がって、二人の後を追った。更にその後ろには場違いなほど屈強な若い男2名が続いた。

 大人3人と小学生から高校生までの子供14人の大所帯が確保出来た場所では、松下浩史、松田美紀、松下陽菜、早川優衣の4人が荷物番をしていた。浩史は身体の傷跡を隠すためにバスタオルを右肩に掛けていた。

 雄一と健二は優衣の横にとりあえず座った。

 一行の両脇には20代後半の男が座っていた。今日の市民プールには、少々不似合いなサングラスを掛けた人間が何人も紛れ込んでいた。今もここから見えるだけで3人ほど居る。

 雄一は浩史に尋ねた。


「みんな、どの辺りですか?」

「さっきはあの辺りだったけどね。今は見えないな。潜り比べでもしているのかな」


 ジュースを飲みながら優衣としゃべり始めた健二に雄一は話し掛けた。


「お兄ちゃん、ちょっと泳いでくるからここで待っといてくれるか?」

「うん、いいよ。ゆい姉ちゃんとしゃべってる」

「よし、いい子だ」 


 そう言うと雄一は歩き出した。横には当たり前のように菜々が居た。


「健二君も成長したなぁ。お兄ちゃんとしては寂しいやろ」

「いや、そうでもないな。むしろ感謝してるよ。この一年で後遺症がかなり良くなった」

「えらい素直やな」

「本当に感謝してる」

「そうか。ほなら、さっきのも忘れてや」

「何のことや?」

「大事な成長の証のすねの毛を抜いてしまった事や。なんかな、一本だけ生えてると『いー』ってなるねん」

「ああ、かまへん。それにああいうのは高校生になってから生えるらしいからな。一本だけの狂い咲きや」

「ありがと。でも、もしまた見つけたら抜くかもしれんなぁ。先に謝っとくわ」

「予約するつもりか? まあ、ええわ」


 50mプールは空いていた。中学生や高校生ともなると、普通は設備の充実している浜寺公園の方に行くからだ。


「あそこにおるで」


 菜々が指差した方向を見ると、松田と綾乃の頭が見えた。残りは潜っているのか姿が見えなかった。いきなり綾乃の頭も見えなくなって、松田が笑い出した。みんな楽しそうに遊んでいるようだった。


「吉田さんと岸さんがおる。日曜日やのに大変やな」


 菜々は他人事のように呟いた。『吉田さん』と『岸さん』とは、以前に菜々から教えてもらった大阪府警の機動隊員の名前だった。その他にも何十人もの機動隊員がローテーションを組んで通学路や自宅付近の護衛に立っているそうだ。もっとも、護衛時はヘルメットを着用しているから顔まではあまり覚えていない。


「今日は機動隊が16人と、他にも15人来てるわ。護衛しやすいように市民プールに来たんやけど、迷惑掛けたなぁ」


 菜々は言葉を重ねた。何気無く言った『他にも』という言葉の意味が分からなかったので、雄一は聞いてみた。


「他にもって?」


 菜々は雄一の耳元でささやいた。


「詳しく知らんけどな。でも内訳だけ教えたろ。味方が6人と監視するだけの役目の人が9人や」


 たまに菜々は結構怖い事を平気で言う時があった。中には実際に大事件になった事もあった。そんな時は雄一も『やっぱり、普通の女の子とは違うんだな』と思うが、直ぐに忘れてしまう。

 今もそうだった。言っている内容は何かのマンガや映画みたいな話なのだが、耳元でささやかれた時に感じた彼女の体温は普通の人間にしか思えなかった。

 そして雄一にとって、菜々を判断するにはそれで十分だった。得体の知れない人間と思うよりは自分で感じる感覚の方が確かだと思う。

 勿論、菜々にも機動隊以外の人員がどの組織に属しているのかまでは分からない。彼女が言った『他にも』には、一般には知られていない警察庁警備局の『特異点被害者警備特設本部』傘下の人員と四カ国の諜報機関が含まれていた。春の事件以降は睨み合いが続いているが、警察は法的にも人員的にも常に受身の立場を取らざるを得なかった。今日も自宅近辺の警護を減らして辛うじて数的優位を確保したが、相手の出方次第ではいつ破綻してもおかしくはなかった。


「さ、泳ご」


 菜々はそう言って、雄一の腕を取ってプールサイドまで引っ張って行った。その感触と体温はただの女の子だった。

 あと十ヶ月で居なくなってしまうなんて思えないくらいに、普通の女の子だった。


「あー、疲れたわ。久々に『泳いだー』ってくらい泳ぐとしんどいなあ」

「ちょっと飛ばし過ぎたかもな。でも、すっきりしたで」


 50mプールを全力で5往復した二人はさすがに休憩していた。スタート台の下に有る手すりを握って、身体を漂わせていた。雄一にとっては疲れた体を水のうねりに任せて、けだるい時間を過ごすのも久し振りで、そんな事さえも楽しかった。

 だからなのか、なんの考えも無く言葉がこぼれてしまった。


「なあ、菜々。訊いていいか?」

「うん? なんや?」

「怖くないんか?」

「何が?」

「元に戻る事や」

「どうやろ。正直なところ、分からんねん。うちらはオリジナルと違うから鈍感になっているかもな」

「オリジナル?」

「榛菜母さんの事や。気が付いたら三人に分かれていたやろ? 普通はパニックになってもおかしくないと頭では分かっていても、落ち着いてる自分がおったんや。その時におかしいと思ったんやけど、次にこれは夢かもしれんと。まあ、一年もおったら夢でも現実みたいなもんやけどなあ」


 菜々は少し笑った。その笑顔は照れ隠しの笑いのようだった。思わず力が入った雄一はうねりに身を任せている事が出来なくなった。プールの底に足を付けた。


「ごめん。訊くべきじゃ無かった」


 菜々は自分が握っていた手すりから手を離し、雄一の手に重ねた。


「いや、謝るんはうちや。雄クンに悲しい思いをさせたり、気を使わせるのはしたくないけど、運命みたいなもんやからな。だからうちは残りの人生を楽しませてもらうよ」

「俺も頑張って協力させてもらう事にする。菜々が楽しいと思ってもらえるように」

「それなら帰りにおでんをおごってもらおか。市民プールに来たら絶対に食わんとな。ごぼ天とひら天にカラシをたっぷり付けて食うと、めちゃ美味いねんで。昔より薄味になった気もするけど、やっぱ泳いだ後のおでんはたまらんな」


 去年は毎週の様にこの市民プールに来たが、確かにその度に葉瑠菜三人は泳ぎ終わった後で必ずおでんを食べていた。おでんダネ5種類のうち、ごぼ天・ひら天・ちくわをそれぞれ一つずつ必ず注文した。

 そして横で見ているこちらまで口がおかしくなりそうな位に、備え付けの入れ物から割り箸でカラシをごぼ天とひら天に塗りたくっていた。

 そのくせちくわには塗らないので、菜々に理由を訊いたら『雄クン、ちくわに塗ってどうすんねん? 味音痴か?』と真顔で言われてしまった。


「あかん、はよう食べたなったわ。でも一番の問題は雄クンのすねに次の毛が生えるのはいつか? かもしれんな。予約したんやから、出来たらこの夏の間に生やしてや」

「頑張るわ」

「ああ、頑張ってや」


 今度の菜々の笑顔は心底楽しそうだった。右手から伝わる体温とその笑顔は現実のものだった。そして、同時に夢のようなはかなさも感じていた。

 再び二人は手すりに掴まりながら水のうねりに身を任せた。プール特有の塩素系の匂いが雄二の鼻を満たした。


 三年振りに涙が出そうだった。

 健二が見知らぬ大人にバットで殴られて、頭から血を流しながら倒れている三年前の光景は一生忘れられないだろう。

 何故守ってやれなかったのか、何故健二がこんなひどい目に遭ったのかを、涙を流しながら考えたあの夜の事も忘れられないだろう。

 だから二度と健二が危ない目に遭わないように気を張り詰めてきた三年間だった。

 それからは健二を小学校まで送り迎えする事も雄一にとっては当然の事になったし、義務だと思っていた。健二の面倒を見る事は、あの時に健二を守ってやれなかった罰で、二度と怖い目に遭わせない事で償えると子供心に思ってきた。

 そんな兄を健二は慕ってくれている。それだけで、満足感で心が満たされてきた。

 だが『運命』の一言で、自分が消える事を受け入れた少女に雄一が出来る事など悲しいほど少なかった。雄一には、三年前と今流れようとしている涙では、悔しいから流すのか、悲しいから流すのか、という違いが分かっている。


 水面から見上げた雄一の視界に夏の雲が見えた。

 透き通るような青空の中で、この時期にしては立派な入道雲が真っ白な姿を誇示している。

 雄大で、それでいて優しさに満ち満ちている気がした。

 でも、歪んで見えるのは涙のせいなのか、目にプールの水が入ったせいなのかは彼にも分からなかった。


如何でしたでしょうか?

 最後に描かれた入道雲が、シリーズプロローグに出て来た入道雲です。

 ある意味、この描写は、地球が水と大気に満ちているという事を表しています(^^)

 さて、次回で雄クン編が終わって、お父さん編に突入します(^^)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ