なんなんだ、この先輩たちって
ぼくはデートクラブというから、男女混合でデートしまくるサークルだと思っていた。やっと女子と話ができる、やっと女子と見つめあえる、やっと女子とデートできて、彼女もできると喜び勇んだのに。だから、第一回目の集まりで部室に行ったとき、廊下にまであふれだした男ばかりの新会員に「うそだろ」と呟いてしまった。
なんで男ばっかり? 女子は? どこどこ? いないじゃん!
ぼくは低身長を生かして隙間にもぐり込んで強引に部室の中に突入した。最前列に飛び出して海面に浮上したように息をつくと、長テーブルに老け男、狐美人、コスプレ美人、クールハンサムの順番で座っていた。
ほかの先輩会員はどこだろうときょろきょろしても、四人のほかは見あたらない。この時点で、半数の新会員が帰っていった。
たしかに、秋葉系のコスプレ先輩と狐先輩は、どちらもタイプの違う美人だけど、デートクラブというからには、もっといっぱい女子がいないと割り当てが回ってこないだろう。ぼくだって帰ろうと思ったくらいだ。男ばっかでデートしてどうすんだよ。楽しくも、ドキドキも、しないって!
「こらタマオ、どこへ行く気だ。帰るんじゃねえぞコラ」
「うっ」
こそこそ帰ろうとしたら、老け男に怒鳴られた。
半数がいなくなったため、狭い部室ながらも、残りの新会員全員が部室に入ることができた。そのかわり、長テーブルにお腹がつくほどギュウギュウ詰めだ。
クールハンサムが、座ったままサークルの規約と活動予定のプリントを束にして前の男子に手渡してきた。それを各自が次の人に渡していく。
狐美人が立ち上がった。ふくらはぎまである茶色のワンピースにピンクの縁取りのある春物のカーディガンを着ている。凛とした素肌の白い顔をむき出しにして、真っ黒な直毛の長髪をうなじで一つにしばっている。季節は春なのに、冷気が立ち上りそうなくらい冷ややかだ。
「わたしがデートクラブの代表の瀬尾ひよりです。文化構想学部の三年生です」
ひより先輩は誰も見ていないような目つきで、かすかに顎を引いて着席した。たぶん、顎を引いたのが挨拶の一礼のつもりだと思う。
次にアキバ系ロリコン美人が立ち上がった。彼女は背が低い。ぼくも小柄で身長は165センチしかないけど、彼女は155センチぐらいじゃないかな。あ、ちなみにひより先輩は168センチぐらいだとおもう。ぺっちゃんこの靴を履いていてそのくらいだから、ヒールをはいたらぼくなんて見下ろされるよね。
どっちかというと、ひょり先輩よりアキバ系美人の方がぼくとしては取っつきやすいかな。
「上田桃香でぇーす。ひよりちゃんと同じ文化構想学部の三年生でぇーす。小柄なのでぇ、外では高校生に間違えられちゃいますけどぉ、彼氏とラブホに行ってもオッケーな年頃でーす。桃香のカレシは角紅商社のエリートサラリーマンでぇ、三十三歳でぇ、現在クエートに駐在していて二年も帰ってきていませーん。しくしく涙。これで恋人といえるのでしょうか。桃香はカレシと決別して、新しいカレシを作って、新しい人生を歩いていったほうがいいのでしょうか。だれか、桃香の進む道をお示しくださーい。ええーん」
ぼくは桃香先輩に背を向けて人垣の中に潜り込んで帰ろうとした。
「帰るんじゃねえって言ってるだろうが、タマオ! タマオ、タマオ、タマオ」
何度も言うが、タマオを連発されると腸が捩れるほど腹が立つ。振り返って老け男の顔をものすごい勢いで睨みつけてやった。
桃香先輩がぺこりと頭を下げて着席したら、新会員の連中が拍手をした。なんで? なんで桃香先輩のあの自己紹介で拍手をするんだ?
おもむろにクールハンサムが立ち上がった。うう、背が高い。しかも、すらりとしているだけではなく、セクシーな体つきをしている。肌は白くなめらかで、整った顔立ちにくっきりした眉ときりりとした目元。鼻筋は通り、唇は赤みがかって引き締まっている。
「江川拓也です」
うわぁ、こ、声もいいよ。低くて艶があって、あんな声で耳元で囁かれたら、女の子はとろけるだろうな。
「政治経済学部の二年生です」
え、ぼくより一つ上なだけじゃないか。大人っぽいなぁ。
江川先輩は、それだけ言って着席してしまった。ひより先輩も短すぎるけど、江川先輩も短すぎないかな。桃香先輩の自己紹介は単なる身の上相談だし。そう思っているうちに老け男が立ち上がった。
「俺は井上慎平だ。五年前にこの大学を卒業したOBだ」
道理で老けていると思った。井上さんは無精髭をジョリジョリ指でこそぎながらぼくたちを見渡して続けた。
「このデートクラブは、在学中に俺が作ったんだ。このサークルのコンセプトは思いやりと優しさだな。デートの相手に対して、思いやりと優しさをもって接する、というのがこのサークルの理念だ。かんたんに思いやりと優しさというが、奥が深いんだぞ。いかに相手に幸せになってもらうか、幸せを感じてもらうか。相手の幸せこそ、己の幸せ。ちょっと求道者みたいだろう。俗人である煩悩欲求だらけのおまえらには高尚すぎてわからんだろうが、簡単に言うとだな」
この時点で、部室の後ろの方から順次学生たちが帰っていった。ぼくは帰っていく彼らを引き留めるような、見え透いた小芝居をしながら部室の出口ににじり寄っていった。
「タマオ、帰りたい奴は帰ってもらっていいぞ。デートクラブは選び抜かれた人間だけいればいいんだ。だから、雑魚は放っておけ」
井上さんはぼくを手招きする。部室にはぼくを入れて三人しか残っていなかった。その中の一人が井上さんに不機嫌な声を投げた。
「川島といいます。質問ですが、なんで会員は男子ばっかなんですか。ここ、デートクラブでしょ。だっだら女子、いないと変じゃないですか」
「いい質問だ。答えろ江川」
機嫌よく井上さんが江川先輩に話を振った。江川先輩が無表情に立ち上がる。
「お答えします。今回の応募には女子がいませんでした。したがって、男子の会員のみとなっております。男子だけでも活動に支障はありません」
ぼくと川島君が顔を見合わせているうちに、三人いたうちの一人が消えていた。
「よし! 今年は収穫だった。二人も残ったぞ。桃香ちゃん、逃げ出さないうちにドア、閉めちゃって」
井上さんが言った。
「はーい」
フリフリのピンクのミニスカートをひらめかせて桃香先輩がドアに走っていった。
「では、これから親睦を深めに焼き肉屋にでも行くとするか! 新入り二人も遠慮なく食えよ。いつものように俺のおごりだ。あはは、太っ腹だろ!」
井上さんの大きな声に引っ張られるように先輩たちがぞろぞろと教室を出ていった。時刻は確かにこれから焼き肉屋に繰り出してもいい頃合いになっていた。
ガラス窓の向こうは残照が消えて、灰色の空が黒に変わろうとしている。黒い雲の奥にはまだ太陽の残りかすの光がたなびいているとみえて、時折雲の切れ間から強いオレンジ色の光の矢が射すときがある。ぼくは何がなんだかよくわからないまま、ぼーとその光の矢の瞬きを追っていた。
「おまえ、どうすんの、行くの?」
川島君に声をかけられて我に返った。川島君はぼくより5センチほど背が高くて、ぼくと同じようにガリガリに痩せていた。ぼくはメガネをかけているけど、川島君はかけていなくて、洗いっぱなしのボサボサ髪の前髪が目に入るくらい長い。ぼくは目が悪いから、その長い前髪がすごく気になる。
「俺は行きたくないなぁ」と、川島君が言った。ぼくも同感だったけど、ちょっともったいぶってわざと難しげにうなずいてみた。
「さっきの話、聞いたろ。どう思う? 男子だけのデートクラブの活動って、想像できるか?」と、川島君。
「うーん。ぜんぜん頭に浮かばないよね」
ぼくが首をかしげたら「帰ろうぜ」という。
「帰るなら早くしないと」
ぼくたちは、誰もいなくなった部室でぼそぼそ話したあと、そう話がまとまってドアに向かおうとした。その時、江川先輩がひょいと顔をのぞかせた。
「早く来いよ。井上さんは気が短いんだ。ぐずぐずしてると帰っちゃうぞ。そうしたら、肉を食いっぱぐれる。ああみえてあのひと、気前がいいからどんどん食わせてくれるんだ。こんなくだらないサークル、メシを食いにくると思えばいいんだよ。早く来い」
言うだけ言うと江川先輩は廊下を足早に去っていった。
「肉! メシ、メシ!」
川島君が、焼き肉の煙でも吸い込んだように鼻をひくつかせて歩き出した。
「行くの?」
「行く。俺、上京の一人暮らし組なんだ。生活厳しいから、焼き肉に釣られることにした。食費浮かせるために入会するよ」
そう言っていそいそ歩き出す。ぼくは動けなかった。
「来いよ。自分だけ抜けるなんて言うなよな。もう俺たち、一蓮托生だぞ」
「なんでそうなるんだよ。今日会ったばかりなのに」
「俺、川島英二。経済学部だよ。おまえは?」
おまえという呼び方に慣れ慣れしさが生まれていた。
「青木珠緒。商学部。アオタマって呼ぶなよな」
仕方なくぼくは自己紹介した。
「あだな、アオタマだったんだ」
「そう呼んだら退会するからな」
「了解。じゃ、行こうかタマオ」
「なんでいきなり名前なんだよ!」
「井上さんがおまえのことタマオって連発していたじゃないか。おまえはもうタマオで決まりだよ」
「くそっ」
再び「来いって!」と強く言われて諦めた。




