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重工のメカロニカ  作者: 赤間世穹
第四楽章:権謀術数

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第16番:玩具

 「――ところで、この脚本はどこまで続くんだ?」

 ティアは天を見上げた。

 「私のセリフ、どれもつまらないどころか、ここまで全く面白みがないな」

 足元に漂う惑星をただじっと見下ろした。

 「観測者たち、これを見ているんだろう? 私には、どうも結末が分かりきってしまって全くつまらないんだ。きっと、このまま謎が全て解け、私が真の悪役として登場するか、はたまた銀河棲生物と戦って……ああ、本当につまらない。

 “()()()()()を覗き見る時、()()もまた、こちらを覗かんとしている。”

 この言葉の意味を理解できる観測者はさてどれだけいるだろうね? 主は何も創造神を指す言葉ではないよ。そう、今もずっとこちらを観測している存在。届きそうで届かない、このもどかしさこそ、研究の意義ではないか。 ……そうでしょう?」

 ふと、掌を天に向け、その上に白い炎を出す。その中に映る登場人物たちを冷めた目で見つめ、さっと炎を握り消した。

 「“完璧”とは、何を指すだろう? 円? 凹凸のない無限に等しいこの宇宙? ……完璧とは、その美しさとは、“歪み”だ。歪みこそ完璧で美しく、愛おしい。歪みこそが真理、その歪みを生み出すのはいつだって第三者だ。一対一では生み出せない異分子による介入、それこそ最も美しい。 ……ねぇ、()()()()()?」

 笑みを浮かべながら、どこかをじっと見つめた。

 「この物語に意味があると思う? 彼らの物語に、価値はあると思う? そもそも、この星を知っている?」

 足元に漂う惑星を足蹴にするように片足をぱたぱたと動かした。

 「メカロニクス。第五銀河の最初の惑星。鉱石と機械で構成された天王星型惑星。ただそれだけの惑星に、私が手を入れた。私の研究の一環なんだ。特定の惑星の元素を抽出し、一つ一つの「巨大な人型の群れ」として再構成する実験。元素ごとの生体構成、その反応などを内部に意思疎通ができる者を送り込んで間接的に観測し研究する。さらにそこで特定の銀河棲生物だけを狂わせる「精神汚染電磁波」を打ち込む実験を同時に行い、惑星で何が起こるかを観測する……これがこの結末だよ。これがこの物語の答えだよ。ほら、君たちが求めるような意味などないでしょ。

 けれどね、()はまだ遊び足りない。今度は趣向を変えてみようと思う。面白くなるかは、彼ら次第かな。」

 そこまで言うと、指を鳴らした。

 

 舞台はメカロニクス学園。勉強、運動、恋に未来への希望と不安、青春と呼ばれる幼気な幻想が交差する舞台。主人公Aはこの春転入してきた少年で、天文学と歴史が好きな普通の少年だ。少年は金校長の元へ向かった。

 「来ていただき感謝する、()()()()

 ドクターと呼ばれた少年Aは毅然とした態度で金を見上げている。

 「今日から君は、我々の仲間だ。歓迎するよ」

 しなやかな腕を伸ばし、握手を求めた金に少年Aは応え、あつい握手を交わした。

 この日から所属することになる教室へ案内され、その扉の前で立ち止まり、ふぅ、と息を整える。教師の「入ってこいー」の声で入室した。

 「今日から俺らと一緒に勉強する仲間だ!」

 担任の鉄が少年Aを隣に立たせると笑顔で言った。クラスメイトとなる者たちは好奇の目で彼を眺め、ひそひそと話している。

 「じゃあ自己紹介しような!」

 促された少年Aは教室内をさっと見回し、「本日からこちらに転入しました、■■■■です、よろしくお願いします」と言い、頭を下げた。随分と硬い挨拶をするな、と再び教室内はざわめく。

 「あっはっは! んなかたくならなくてもいいって! じゃ、リチウムの隣でいいな!」

 鉄は豪快に笑いながら少年の背中を叩き、空いている席へ座るよう促した。

 数歩歩いているだけで、彼はステージを歩いているような錯覚に陥った。それほどクラスメイトは異様な転入生に興味津々だった。そうしてリチウムの隣に腰を下ろすと、リチウムはにこりと笑い、よろしく、と挨拶をした。

 「うし! じゃあ、次の時間までちゃんと準備しとけよー」

 その鉄の言葉に続くようにチャイムが鳴り、セシウムの号令によって朝礼が終わった。その途端、クラスメイトがこぞって少年Aの元へ駆けつけた。どこから来たのか、何が好きか、どうしてこの学校へ来たのか、そう言った質問が次々に流れていく。しかしそれは少年Aの耳には届かなかった。正確に言えば、正しく聞き取れなかった。

 自分はついこの間、メカロニクス(この惑星)に降り立った。しかし自分が何者か、初めこそ忘れていたが次第に思い出していた。だがそれよりも目の前にいるこの惑星の中で必死に生きている生命体と、この惑星そのもののなんとも形容し難い興味をそそるような事象、あるいは自然に興味が移ろい、自分自身のことなど些細なことでしかなく、自分もこの生命体たちの一員として認められたいと思うようになり、ただそれよりも事実を解明したいという研究者のような思考が脳を支配していった。それだけが確かなもので、現在進行形で行われている不可思議な茶番はなんなのだろう。なぜアルカリたちが生徒? 鉄が担任教師? そもそもまるで大ホールのようなこの空間が学校のように扱われている……違和感を持っているのは自分だけのようで――少年Aもとい導師(ドクター)()()()()()()を受け入れることができないでいた。

 現実なのだろうか? そう頭を高速回転させていると、肩を軽く叩かれた。

 「大丈夫?」

 リチウムが心配そうに顔を覗き込んでいた。大丈夫だ、と頷く少年Aにリチウムはまだ少し心配そうに笑みを作ると、「次の授業、高次数学だよ! 参考書とか持ってる? 持ってなければ一緒に使お!」と言った。

 高次数学か、とすんなり受け入れ、持っていた鞄の中を漁る。しかし空だった。持っていないことを告げると、リチウムが自分の机の中を漁り、参考書を出した。そこには分厚い洋書があった。読めない言語でタイトルと副題が書かれてあるが、地球にある言語で間違いなさそうだった。少年Aは記憶を手繰り寄せた。ラテン語、それが一番近いと思ったが、やはり読み取れない。高次数学だと言っているのだから、そうなのだろうが、不確かなことをそのまま受け入れる器は持ち合わせていなかった。矛盾していた。その心の内に確かな疑惑や違和感があった。けれどそれは、周囲が続々と次の授業の準備に取り掛かる様子を見て聞き、次第にほぐれていく。リチウムに頼み、参考書を見せてもらうとぺらぺらとめくり始めた。地球では見たことがない内容だった。

 ――地球? 地球とは、何だったか。

 頭が痛い、ずきずきと脳を刺激する痛みに耐えかね、額に手を当てる。周囲と自分自身の感じる時間の速度がずれていく感覚に陥る。そのままぐにゃりと空間が歪んでいく。

 自分は生徒。メカロニクス学園の転入生。何を考える必要がある? 次の授業は高次数学だ、もうすぐ始まってしまう。筆記用具なども借りなければ、何も持ち合わせていないのだから。

 そろそろチャイムが鳴るだろうか、と言う時にがらっと扉が開き、すたすたと長身の男が教室へ入ってきた。頭が硬そうで生真面目そうな学者風のその男は、チャイムが鳴る直前に教卓の上に授業の資料となるものを全て置き、それと同時にチャイムが鳴った。時間に正確で厳しい教師なのだろうことは見てとれた。そして、「私」は彼を知っていた。ここに来る以前の記憶で、知っていたのだ。

 「号令を」と短くセシウムに促すと、セシウムはあっと短く反応し、号令をかける。

 「それでは、授業を始めましょう。本日の題目は――」

 学園とは名ばかりの、まるで研究室のような重い空気が漂い始めた。脳が理解を拒むように眠気を誘う授業。アルカリたちは早々に寝落ちていた。リチウム、セシウムは耐えていたが、厳しそうだ。かく言う少年Aすら、理解が出来ていなかった。高次数学など聞いたことも見たこともなかったからだ。そもそも数学Aや数学Bとは違う、専門的な内容の上をいく、もっと具体的かつ概念的で、もはや哲学に等しい数学的追求の内容は、狂気的と言わざるを得なかった。

 「今回の授業では居眠りが多いな。全く」

 教師は呆れたように軽く首を振り、気にせず続けるようだった。眠っている生徒よりも起きてしっかりと聞いている生徒へ向け、時間通りに予定している内容を伝えようと言うことだろう。この教師は居眠りをして授業を聞き逃してしまった生徒にも、職員室まで行ってしっかり聞きたい内容を質問すれば応えてくれる、生真面目だが懐が深いことで愛のある教師として密かに人気があった。アンティーク調でレンズが小さいミニラウンドを掛け、ペリドットのような美しい色の髪はこだわりなのかしっかりと目の上で切り揃えられ、細身だが鍛えられたその体躯に合わせて作られたスーツをしっかりと着こなしたその姿は、誰がどう見ても完璧で計算し尽くされた美しさがあった。ボイジャー・アインシュタインという名のこの数学教師は、少年Aにとって()()()()()()()()

 チャイムが鳴ったことで約一時間の高度な授業が幕を閉じた。少年Aはずっと教師の授業を聞いていたが、それよりも気になっていたことがあった。この惑星に来た時、彼の存在を感じるものは何もなかった。前にこの場所へ訪れた人間が残したものはどれも名前も聞いたことのないような研究者ばかりだったが、そもそもボイジャー・アインシュタインは宇宙学、天文学、数学、生物海洋学、物理学など様々な分野を跨いで事象解明などに尽力するストイックな学者で有名だった。そして今、彼はNASAの研究の一環で宇宙へ出ていた。少年Aが知っている彼はそもそも教鞭を執るような人ではなかった。()()()()()()()()()()多大な敬意と憧憬を持っていた。今ここで彼と会話ができるのであれば……少年Aはそう思うが早いか立ち上がり、教室を出て行くその背中を追いかけて行った。リチウムの声を背中で受け止めながら、しかしそれどころではなかった。

 職員室へ入ろうとしたボイジャーを呼び止めた。

 「先生」

 「おや、私を呼び止めるとは。君は?」

 「本日、転入してきました■■■■です」

 「そうか。何か質問かね」

 「はい、お時間よろしいでしょうか」

 「構わないよ」そう言いつつ、ボイジャーは腕時計で時間を確認した。「ふむ。十分もないがいいかね」

 「はい」と大きく頷いた少年Aにボイジャーは納得して職員室へ入り、荷物を自分の席へ置くと、応接スペースへ向かった。向かい合うように座り、長い足を組むと「何が聞きたいのかね」と促した。

 「先生は、■■■■■という惑星をご存知ですか?」

 ――それは聞いてはいけないよ。ねぇ、導師(ドクター)。君は彼を知らないはずだ。私が勝手に適材適所でお招きした幻想に過ぎないんだから。今の彼はボイジャー・アインシュタイン先生、高次数学の担当で二年生の担任だよ。それ以上でも以下でもない。ほら、先生も困ってしまっているよ。

 「授業に関係のない質問は遠慮願いたいが。君は何者だ? ここの生徒だろう? そして私が受け持つクラスの中で私の授業についていける優秀な生徒だ。あまり言いたくはないが、そういったことは」

 ボイジャーがくどくどと説教を始めると、少年Aは呆気に取られていた。知っていると思い込んでいた、他人の空似でしかなかった。そもそも、誰を知っていたと言うのだろう。隙を見て少年Aは頭を下げて謝罪をした。

 「すみません、どうしてこんなこと言ったのか……」

 「仕方がない。そういうこともあるだろう。 ……さて、時間だ。君も次の授業があるだろう。戻って準備をしなさい」

 「はい」

 肩を下げて悶々としながら少年Aは教室へ戻っていった。


 「――……ああ、ボイジャーは僕の友人なんだ。言っておくけれど、友人と言っても友情とかそんな退屈で悪趣味なものではないよ。そうそう、きっと()()()もどこかでまた出会うと思うよ。それにしても、意志が強いね。面倒だな」

 ティアは足を組み替え、惑星を見下ろした。

 「次はもうちょっと別の見方をしよう。次は誰を登場させようかな」

 楽しげににこりと笑った。

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