第一章 宴の続き
田所探偵事務所では、雨宮美紀冤罪事件解決の打ち上げが、ささやかながら賑やかに行われていた。
テーブルの上には、夏野と雨宮の手料理や酒が並び、普段は静かな事務所が、珍しく人の声で満たされている。
グラスを手にした雨宮が、少し頬を赤らめながら身を乗り出した。
「……それでね、その時私が『冤罪を晴らしてくれたお礼に何でもします!』って言ったんですよ。そしたら田所さん、何て言ったと思います?」
期待を含んだ視線が一斉に集まる。
平井がニヤリと笑う。
「今からホテル行こう、とか?」
各務が肩をすくめる。
「しゃぶれ、とか言ったんじゃない?」
棚田も負けじと口を挟む。
「脱げ、とか?」
雨宮は大きく首を振った。
「全然、違いますよ!田所さん、『プレゼンの説明してくれ』って言ったんですよ!」
一瞬、場の空気が止まる。
「どういうことです?」
棚田が素で聞き返す。
「意味わからん」
各務も眉をひそめる。
田所はソファに深く腰を沈めたまま、面倒くさそうに答えた。
「事件の解決に必要だったんだよ」
あっさりしたその一言に、雨宮は少し唇を尖らせる。
「だからって……私ってそんなに魅力ないですか?」
平井が慌てて身を乗り出す。
「全然、そんな事ないよ!かなり美人だと思うよ」
「本当ですか!?嬉しいです」
ぱっと表情が明るくなる雨宮を見て、棚田が横から差し込む。
「でも、その時夏野さんもいたんですよね?」
視線が夏野に移る。
「ええ」
短く頷く夏野。
「それじゃ、変な事言えないですよ」
棚田の言葉に、田所が肩をすくめる。
「そうだよ。そこで『はいそうですか。じゃあ抱かせてください』なんて言おうもんなら夏野君に怒られちゃうよ」
間髪入れずに夏野が答える。
「ええ。大激怒です」
その即答に、場に笑いが起きる。
「ほら」
夏野は小さく息をついた後、少しだけ真面目な表情になる。
「でも……あの時、私、否定してましたけど、雨宮さんの気持ち分かるんです」
雨宮が目を瞬かせる。
「どうしてですか?」
夏野は一瞬だけ田所の方を見てから、静かに言った。
「私も先生に助けられたから今があるんです。もし先生がいなかったら私、死んでましたから」
場の空気が少しだけ変わる。
田所があっさりと返す。
「ああ、最初の事件の事か」
平井が身を乗り出す。
「何です?最初の事件って?」
田所はグラスをテーブルに置きながら答える。
「俺が探偵になってから初めて扱った事件だよ。その時、夏野君と出会ったんだ」
各務が興味深そうに笑う。
「ちょっと、その話、聞かせて下さいよ」
雨宮もすぐに続く。
「私も聞きたいです」
田所は少しだけ間を置き、軽く鼻で笑った。
「あんまり面白い話じゃないぞ」
棚田が首を振る。
「いやいや、興味あるから是非、聞かせて下さい」
全員の視線が田所に集まる。
田所は一度だけゆっくりと息を吐き、背もたれに体を預けた。
「そうか?……それじゃあ……」
その言葉と共に、空気が少しだけ引き締まる。
――五年前の出来事が、静かに語られ始めた。




