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第55話 予期せぬトラブル

 コンテストは中盤に差し掛かり、会場の熱気は増すばかりだった。リュミエール・キッチンの屋台の前には、依然として長い行列ができている。一条輝の華麗なパフォーマンスと、芸術品のような料理は、多くの人々を魅了していた。


 一方、マカイ亭の屋台も、その温かい雰囲気と確かな味で、着実にファンを増やしていた。ボルシチやパフェを手に、笑顔で語り合う家族連れ。串焼きを頬張りながら「やっぱりこれだよな!」と頷き合う労働者たち。派手さはないが、そこには確かな「日常の幸せ」の光景があった。


 やがて、審査委員長であるオルロフ公爵一行が、試食のために両店の屋台を訪れた。


 まずリュミエール。一条は、これ以上ないほどの自信に満ちた笑顔で、自身のスペシャリテだという「七色に輝く海の幸のジュレ・魔導クリスタル添え」を差し出した。

 公爵はそれを静かに口に運び、しばし味わった後、言った。

「なるほど、実に華やかで、技術も確かだ。新しい時代の息吹を感じるな。だが……ふむ、少々、心がいておるかな? 味に、君の焦りが見え隠れするようだ」

 一条の完璧な笑顔が、わずかに引きつった。


 次にマカイ亭。陽人は、深呼吸一つして、自慢の「じっくり煮込みボルシチ 魔界風」を差し出した。

 公爵は、その素朴な見た目のスープをゆっくりと口にする。そして、目を細め、深く頷いた。


「ふむ……。滋味深い。実に、深い味わいじゃ。特別な食材を使わずとも、これだけの味を引き出すか。君の真っ直ぐな人柄が、よく表れておるな」

 予想外の、しかし心のこもった評価に、陽人は胸が熱くなるのを感じた。リリアとギギも、隣で嬉しそうな顔をしている。


 審査員が去り、コンテストは佳境へ。投票締め切りの時刻が迫り、会場のボルテージは最高潮に達していた。陽人も一条も、最後の追い込みに全力を注ぐ。


 その、まさにその時だった。


「よし、串焼き、どんどん焼くぞ! 炭を追加して……って、なっ!?」

 陽人が串焼き用の炭の袋に手を入れると、指先にじっとりとした湿り気を感じた。慌てて中身を確認すると、そこにあるはずの乾いた炭は、どれも水を吸って重く、黒く変色していたのだ。これでは、火が起こせない。


「嘘だろ……!? なんで……!」

 陽人の顔からサッと血の気が引いた。メインの一つである串焼きが提供できないとなれば、致命的だ。


 そして、まるでタイミングを合わせたかのように、隣のリュミエールの屋台から、「バンッ!!」という鋭い破裂音と、火花が散る音が響いた!

「な、なんだと!? おい、どうした!」

 一条が自慢げに操作していた、炎を自在に操る最新の調理用魔道具が、突然制御不能に陥り、黒い煙を上げて停止してしまったのだ。


「な、なんだこれは! おい、誰の仕業だ! ふざけるなっ!!」

 完璧な計算が狂い、衆人環視の中で醜態を晒すことになった一条は、激昂して近くにいたスタッフを怒鳴りつけた。その顔には、焦りと屈辱がありありと浮かんでいる。


 二つの屋台を同時に襲った、絶体絶命のピンチ。会場は、「どうしたんだ?」「トラブルか?」とざわつき始めた。ボルドア子爵の手下が、混乱に紛れて仕掛けた陰湿な妨害工作が、見事に「成功」した瞬間だった。


「ど、どうしよう、シェフ! 串焼きが……!」リリアが青ざめて陽人に詰め寄る。

「も、もうお終いですぅ……呪いだ……きっと呪いですぅ……」ギギは完全にパニック状態だ。

 客席からは、「おい、マカイ亭! 串焼きまだかー?」「リュミエール、パフォーマンス終わりかよー?」という声が容赦なく飛んでくる。


 陽人は、目の前が真っ暗になりかけた。ここまで頑張ってきたのに、こんな形で……。


「し、シェフ……!」

 その時、震える声で陽人を呼んだのは、ギギだった。彼はリュックサックをごそごそと漁り、黒くて乾燥した、奇妙な形のキノコのようなものを取り出した。

「こ、これ……僕の故郷の……非常食で、燃料にもなる、乾燥キノコ……です。少、少量ですけど、火は……つくはず……」


 その言葉に、陽人はハッと顔を上げた。そうだ、諦めるのはまだ早い!

「ギギ、ナイスだ! それだ!」

 陽人の目に、再び闘志の火が灯る。

「串焼きは無理だが、このキノコ燃料と鉄板があれば……! よし、メニュー変更だ! 『マカイ亭特製・キノコと彩り野菜のホイル焼き・魔界バター風味』でいくぞ!」


「は、はいっ!」

「バルガス! このキノコに火をつけられるか!?」

「……任せろ」

 バルガスは、その巨大な手で乾燥キノコを受け取ると、特別な火打石(魔界製?)を取り出し、一気に高火力の火をおこした。その安定した火力は、湿った炭など問題にならないほどだった。


 一方、隣のリュミエールでは、一条がまだ動揺から立ち直れずにいた。故障した魔道具を蹴り飛ばし、スタッフに当たり散らしている。

(くそっ、くそっ! なぜだ! 僕の完璧なプランが……! これじゃ、まるで……元の世界の時の、俺と……同じじゃないか……!)

 彼の脳裏に、過去の挫折の記憶が蘇る。


 だが、その時、必死に立て直しを図る隣のマカイ亭の姿と、自分の店の前で、心配そうに、しかし期待を込めてこちらを見つめる子供たちの顔が、彼の目に飛び込んできた。

(……ここで諦めて、どうする……!)

 一条は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

「……原始的だろうが、関係ない! どんな状況でも、最高の料理を作り上げるのが、一流のシェフだ!」


 彼は故障した魔道具を脇に放り投げ、予備で用意していた古典的な炭火コンロの前に立った。しかし、最新魔道具に頼り切っていた彼は、基本的な炭火の扱いに戸惑ってしまう。


 その様子を見ていた陽人は、思わず舌打ちした。

「チッ……見てられねえな……」

 彼は、自分の屋台の準備で忙しい合間を縫って、一条の隣を通り過ぎる際に、ボソッと呟いた。

「おい、キラキラ王子。火加減はそうじゃない。もっと空気の通り道を考えろ。炭の置き方が下手なんだよ」

「なっ……!?」

 一条は驚いて陽人を振り返るが、陽人はもう自分の持ち場に戻っていた。一条は一瞬、屈辱に顔を歪めたが、陽人のアドバイスが的確であることに気づき、悔しさを噛み殺しながら炭の配置をやり直した。


 さらに、市場のマギルおばちゃんが「ほら、どっちも困ってるんだろ! これ使いな!」と、どこからか良質の炭を差し入れてくれたり、見かねた「モグラ穴」の冒険者たちが、両店の周りを固めて、さらなる妨害がないように見張ってくれたりした。


 予期せぬトラブルと、予期せぬ協力(?)。

 コンテスト会場は、異様な熱気に包まれていた。


 陽人も、一条も、持てる技術と、そしてほとばしる意地の全てを注ぎ込み、料理を完成させた。


 マカイ亭からは、アルミホイル(これも異世界の道具か?)に包まれ、熱々の湯気を立てる「キノコと彩り野菜のホイル焼き」。開けると、魔界キノコの芳醇な香りと、溶けた魔界バターの濃厚な香りがふわりと広がる。素朴だが、心と体が芯から温まるような、優しい味がした。


 リュミエールからは、派手さこそないものの、完璧な火加減で焼き上げられた「厳選鶏のグリル・焦がしバターソース」。素材の良さを最大限に引き出した、一条の確かな技術が光る一品。そこには、トラブルを乗り越えた彼の、わずかな悔しさと、それでも揺るがないプライドが滲み出ているようだった。


 料理を受け取った客たちは、ただ「美味しい」と言うだけではなかった。

「トラブルがあったのに、どっちも凄い!」

「諦めないでよく作ったな!」

「料理人の魂を見た気がするぜ!」

 その味だけでなく、困難を乗り越えて生み出された料理の背景にあるドラマに、多くの人々が感動し、惜しみない拍手を送っていた。


 審査員席のオルロフ公爵も、両者の料理を静かに味わい、そして、深く満足げに頷いていた。その表情は、単なる料理の評価を超えた、何か大きなものを見届けた者のそれのようだった。

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