第56話 結果発表
会場の興奮が冷めやらぬ中、全ての屋台の営業が終了し、いよいよ結果発表の時が来た。陽人も一条も、そしてマカイ亭のスタッフたちも、固唾を飲んで発表台を見守る。
審査委員長であるオルロフ公爵が、ゆっくりと壇上に上がった。その穏やかながらも威厳のある声が、マイク(のような魔道具)を通して広場に響き渡る。
「皆、本日は誠に見事な腕前であった。王都の食文化の豊かさを改めて実感させてくれたことに、まず感謝したい」
公爵は集まった料理人たちを労い、そして続けた。
「特に、予期せぬ困難に見舞われながらも、最後まで諦めずに素晴らしい料理を提供してくれた二つの店があった。彼らの姿は、我々に、単なる料理の技術だけでなく、困難に立ち向かう料理人の魂、そして人々を繋ぐ食というものの温かな力を見せてくれたように思う」
その言葉に、会場からは自然と拍手が沸き起こった。陽人も一条も、互いのことだと分かり、複雑な表情で顔を見合わせる。
そして、結果が発表された。グランプリに輝いたのは、長年王都で愛されてきた老舗のパン屋だった。順当な結果に、会場からは納得の声が上がる。
「しかし」公爵は続けた。「審査員一同、どうしても賞賛の意を表したい店がある。よって、今年は特別に……『審査員特別賞』を、二つの店に贈呈したい!」
どよめきが起こる。公爵は、高らかに宣言した。
「橘陽人殿の『マカイ亭』、および、一条輝殿の『リュミエール・キッチン』! 両店に、審査員特別賞を授与する!」
割れんばかりの拍手と歓声。陽人は呆気に取られ、リリアとギギは抱き合って喜んでいる。バルガスも、わずかに口元を緩ませているように見えた。壇上に促され、陽人と一条は並んで賞状(のような巻物)を受け取る。一条は、どこか不満げながらも、しかし満更でもないといった複雑な表情で、陽人と一瞬だけ視線を交わした。
その様子を、会場の隅で、ボルドア子爵が苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。妨害工作の噂はすでに広まっており、周囲からの冷たい視線が彼に突き刺さる。彼は舌打ち一つすると、そそくさとその場を立ち去っていった。彼の目論見は完全に外れ、評判を落とすだけに終わったのだ。
その夜、マカイ亭では、ささやかな打ち上げが開かれた。コンテストで残った食材を使った、陽人の特製まかない料理がテーブルに並ぶ。スタッフ全員、疲労困憊だったが、その顔には達成感と安堵の色が浮かんでいた。
「みんな、本当にお疲れ様! そして、ありがとう!」
陽人は、心からの感謝を込めてスタッフ一人一人を見た。
「ギギ、お前があのキノコを持ってきてくれなかったら、どうなってたか分からない。本当にファインプレーだったぞ!」
「い、いえ…そんな…役に立てて、よかったですぅ…」ギギは照れて、顔を真っ赤にしている。
「リリアも、最後まで笑顔で頑張ってくれたな! お前の明るさには本当に助けられた!」
「もう、シェフ! 当然ですよ! 私、マカイ亭の看板娘ですから!」リリアは胸を張る。
「そしてバルガス……お前がいてくれなかったら、火を起こすことすらできなかった。いつも本当にありがとうな!」
「……フン。当然のことをしたまでだ」バルガスはぶっきらぼうに答えながらも、陽人が注いだエール(のような飲み物)を静かに口にした。
このコンテストを通して、チーム・マカイ亭の絆は、間違いなくより強く、確かなものになっていた。
翌日以降、マカイ亭には、「コンテスト、見ましたよ!」「あの時の料理、もう一度食べたい!」「応援してます!」と、多くの客が訪れた。
特に、コンテストでのドラマを知った人々からの支持は厚く、「派手さはないけれど、心温まる美味しい料理が食べられる店」「困難にも負けない、下町の頑張り屋」としての評判は、王都中に広まっていった。新たな常連客も増え、店の経営はすっかり安定軌道に乗った。
陽人が店の裏のささやかな家庭菜園に目をやると、数日前に撒いた種から、小さな緑色の双葉が顔を出しているのを見つけた。まるで、マカイ亭の新たな始まりを祝福するかのように。陽人は、思わず笑みをこぼした。
コンテストから数日が経った、ある昼下がり。
店の扉が開き、帽子を目深にかぶり、大きなサングラスをかけた、見るからに怪しい男が入ってきた。しかし、その妙に気取った立ち姿には見覚えがある。
「……いらっしゃい」
陽人が呆れたように声をかけると、男――一条輝は、カウンターの端に音もなく座った。
「……別に、礼を言いに来たわけじゃない。ただの偵察だ。君の店の、人気の秘密とやらを探りにね」
相変わらずの、ぶっきらぼうで捻くれた物言いだ。
「へえ。で、何を召し上がるんで?」
「……ボルシチ」
陽人は黙って、自慢のボルシチを差し出した。一条は、サングラスを少し持ち上げ、無言でそれを食べ始めた。その食べっぷりは、どこか真剣で、料理人としての彼の一面を覗かせている。
やがて、綺麗にスープを飲み干した一条は、ふぅ、と息をついた。
「……まあ、悪くはない。庶民の味、という感じだ。だが、僕の芸術的な料理の足元にも及ばないね」
「そりゃどうも」
憎まれ口は健在だが、以前のような刺々しさは少し薄れている気がした。一条は立ち上がり、会計を済ませると、店の出口に向かう。そして、扉に手をかけたところで、ふと足を止め、振り返らずに言った。
「……忠告だ。君の店の隣の、ボルドアとかいう貴族……かなり黒い噂が絶えない。深入りはしない方が身のためだぞ」
「……!」
陽人は驚いて一条を見た。
「……お前もな」陽人は言葉を返す。「パトロンの言いなりになって、自分を見失うなよ」
「フン……余計なお世話だ!」
一条はそう言い捨てると、今度こそ足早に店を出て行った。
陽人は、一条が出て行った扉を見つめながら、ふっと笑みを漏らした。
(なんだかんだ言って、悪い奴じゃないのかもな……まあ、面倒くさい奴なのは変わらないけど)
奇妙で、厄介で、だけどどこか刺激的なライバル関係が、これから始まるのかもしれない。
陽人は厨房に戻り、仕込みの準備を始めた。オルロフ公爵、魔王ゼファー、一条輝、ボルドア子爵……様々な人物の顔が脳裏をよぎる。この異世界での生活は、決して平穏ではないだろう。これからも、きっと色々な面倒事が待ち受けているに違いない。
(でも……)
陽人は、愛用のフライパンを手に取った。その重みが、心地よい。
(今の俺には、この店と、最高の仲間たちがいる。そして、俺の料理を『美味い』って言ってくれる人たちがいる。それだけで、十分じゃないか)
和平の鍵? そんな大それたことは分からない。でも、自分にできることは、一つだけだ。
陽人は、力強く、しかし穏やかな表情で、コンロに火をつけた。
マカイ亭の厨房には、今日も食欲をそそる良い匂いと、温かい活気が満ち溢れていく。陽人の、そしてマカイ亭の物語は、これからもこの下町で、続いていくのだ。




