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十四話『そして、未来へ。』

 ◆ノワール・ブランシュ視点◆


 泣きっ面のお嫁さんを連れ、いつもの拠点――救世主のノエルが率いる特務小隊の詰所に帰還した俺たちを待ち受けていたのは、怒り狂ったティファニーだった。


「ようやくお帰りですか、お二人とも!! おかえりなさい!」


 言葉だけなら、俺たちの帰りを歓迎してくれているものの……生憎、表情と語気がそれとはかけ離れていた。


「えっ……た、ただいま……」


 泣き止んではいたものの、まだやるせない思いを引きずっていたノエル。彼女も、こんなティファニーに出迎えられればさすがに拍子抜けしたのか、泣き腫らした目を見開いてポカンとなった。


 今にも恨み言を叩きつけてきそうなティファニーだったが……そんなノエルを見て表情を変え、しかし勢いは変わらず詰め寄ってきた。


「――って、なんで隊長泣いてるんです? ノワールさんなにかしたんですか!?」


 ノエルの見た目は中学生程度の少女で、それもかなり愛らしく可愛い。庇護欲がそそられ、どうしたのかと事情を問うまではいいのだけど……。


 なぜ真っ先に俺を容疑者として吊るそうとするのだろうか……。


「い、いや待って、俺はなにもしてない。ああいや、慰めたりはしたけど……」

「じゃあノワールさんになにかあったんですか!? でなきゃ隊長がこんなに泣いたりしないでしょう!」

「ああ、それも違――」

「じゃあなんですか!? 浮気でもしましたか!?」

「…………」


 ……ティファニーの身になにがあったかは知らないが、随分大変だったようだ。見るからにティファニーに余裕がない。


 気が立っているようにも見えるし、頭が回ると思いきや猪突猛進に人の話を聞かない辺り相当だ。俺はなにもしていないと言っているのに。


 というか、変な風にキレている。どうやら、よほど腹の立つ出来事があったらしい。


「――――」


 ここはノエルから言葉をかけた方がいい。そう思って俺がノエルに目配せすると、彼女もそうした方がいいと思ったのかすぐに応えてくれる。


「てぃ、ティファニー? 私は大丈夫だ」

「どこがですか! 私、隊長がそんななるまで泣いてるとこなんて見たこと――!」

「いいから。話を聞いてくれ、いいか?」

「むぐ……」


 さすが、ティファニーと付き合いが長いだけあって、ノエルはあっという間にティファニーを黙らせた。


 帰りの馬車の中で泣いていた子とは思えない。……いや、あの涙であらかた吐き出し終わり、平静を取り戻せてきたということか。


 ティファニーがそれ以上に取り乱していたから逆に冷静になれた……とかでないことを祈ろう。それではあまりに間抜けである。


「――平たく言うと、そういうわけだ。ノワールに泣きついてスッキリしたから、今はもう平気なんだ。……涙の跡は、まあ、見逃してくれ」

「……はあ、わかりました」


 簡単に、悪食のこととノエルが泣いた理由、それをノエルがティファニーに話し、同時に彼女の頭を冷やす時間としたことでティファニーは引き下がった。


「すみませんでした、早とちりをしてしまって」

「うん? うぅん、ノエルを大事に思ってもらえて嬉しかったから、気にしてないよ」


 するとティファニー、俺に向き直って謝ってきた。随分冷静になっているみたいである。


 それなら、ティファニーから事の顛末を聞けるだろうか。こんな調子ならきちんと尋ねてみよう。


「……それで、ティファニーはどうしたの?」

「――――」


 ピクリ。俺の問いかけにティファニーが反応する。


 彼女の瞳に怒りが再燃し、ワナワナと震え始めて彼女の気配が大きくなり、爆発の予兆を感じて俺は心構えをして――そして、それは破裂した。


「――そうッ、です! よ!!」


 妙に力を込めて、ティファニーは「そういえば」に類する言葉を放った。それは詰所の入口に立つ俺たちの横を通り抜け、突き抜けていって周囲に響き渡る。


 これは凄まじい不満を抱えていそうだ……。女性から愚痴を聞く際のマニュアルを脳内で検索しつつ、俺は更なる心構えと共に続きを待った。


「なんで二人とも急にいなくなるんですか! 言付けくらいしてください!!」


 ……あー……そういう話か……。


「え、こ、言付けなら……」

「私以外にも! してくださいということです!! 主に王宮にいるあのアホ共に!!」


 ノエルが困惑しながら口を開くと、それを遮ってティファニーは再び不満を叩きつけた。


 最早、不満の対象である俺とノエルを通り過ぎ、彼女が文句を叩きつけるのはこの大地である。それほどまでに力が籠っていて声量が大きかった。


 さり気なく、俺は周囲にティファニーの声が聞こえないよう魔法で壁を張った。なんだか、王宮にいる貴族や重役その他諸々に対する罵倒が飛び出そうな気がしたのである。不敬罪で部下の首が飛ぶのはさすがにまずい。俺たちに原因があるならなおさらだ。


「この国の最高戦力の隊長が突然消えて! 国境付近に複数の救世主が集まってて! しかもそんな規模で対処しなきゃいけない魔王までいて! もうてんやわんやですよ!! 外交問題にもなってます!!」


 ……てんやわんや。異世界にもそんな表現はあるらしい。


「隊長が国境付近まで行くのって本当は問題行動ですからね!? その後始末に走り回りました! ほんとうにもう、いろいろやりました! まだ残ってます!! とりあえず褒めてください!!」

「う、うむ。ありがとう、助かった。それでこそ私の副官だ」

「でも隊長もあとで報告書とかまとめてくださいよ!? どんなことがあったのか仔細に報告してください! それがないと面倒なんです!! ノワールさんも!!」

「う、うん。わかったよ」


 ティファニーの眼光は鋭く、射抜かれた俺とノエルは命じられるままの行動しか行えない。そしてまだ彼女の恨み節は尽きない。


「どれだけッ! どれだけ私が気を揉んだか! どれだけ文句を言われたか!! 救世主でも子供だから気遣いができないだの、その子供にかまけて王位継承権さえ放り出した元王子はやっぱり無能だの! ああもううるさいこのデブそんなこと言いに来る暇があるなら戻って仕事しろ!! 実際に見てもないくせに好き勝手言うお前の方が無能だバカ貴族――!!」


 …………。


 ……えぇと、とにかく。


 言いたいことは、いろいろあるけれど……。


「ほ、ほんとにごめん。なにか甘いものとか食べよう? お茶も淹れるから、ね?」


 ◇


 それから、数年。


 いろいろなことが起こった。


 悪食にも劣らない、〝世界の脅威〟と戦って。


 不思議な少女と出会って、傍らの青年の正体に慄いて。


 魔弾の牧瀬さんと再会して、いろんなカミングアウトを経てから別れて。


 ノエル率いる特別小隊には、日々様々な厄介事が舞い込む。


 もう王族ではないというに、公務というのも何度かこなした。


 ――そんな中で、一つ気になったことがあった。


「しきじりつ……ってなんですか?」

「あぁ……えっとね」


 今日も今日とて書類に終われ、物理的に走り回っているティファニー。彼女のティータイム中に、雑談を装ってそんなことを聞いてみた。


 曰く、「この国の識字率とかってどうなってるの?」。


 箱入り娘のノエルや、異世界人の俺にはわからない、純現地人の彼女にこそ問うのが相応しい……が、返ってきた返答はそんなものだった。


 「ノワールさんのそのたまに出る珍発言はなんなんですか」と文句も添えられている。


 ……部下から不満を素直に言ってもらえるのは、実は普通に嬉しい。俺はもしやMなのだろうか。


「――ふぅん……そうですね。国単位となると調査が必要なのでなんとも言えませんが、この王都でなら、まあ、〝ほぼ全て〟と言えるんじゃないでしょうか」

「へぇ……詳しく聞かせてくれる?」

「はあ、いいですけど」


 ジト目のティファニー。どうやらこれは、この世界では当たり前のことらしい。


 いつもの「アハハ、記憶喪失だからね」で誤魔化せることを祈ろう。


「ノワールさん、隊長と一緒に下町に行ったりしないんですか? 任務の途中で何度も通るでしょう」

「そりゃあ通るけど……?」

「看板とか、売店の値札とか。いろいろ書いてあるじゃないですか」

「あっ」


 なるほど……平民の識字率が高くなければ、ああまで街中が文字に溢れていることはないか。


「王宮近くの図書館とか、なんなら王宮の下の方でも、平民を採用して書類を書き写す仕事をさせているところもありますよ」


 この世界に印刷技術はなく、紙もそこそこ貴重ながら、本というのはそこまで珍しいものではない。


 それも、識字率が高いため。


「……まあ、もちろん基礎がある程度できているだけなので、平民の中でもムラがありますよ。下級の貴族もそんなもんです。あくまで、日常生活に困らないくらい。ちょっと専門的な書物になると、読める人は少ないでしょうね」


 ティファニー曰く、そういうのは基本、親から子へと教えられる知識のようだった。もちろん子供は遊びたい盛りなため、まともに勉強する奴なんて少数派。


 ちゃんと教師がついて教育し、高いレベルで読み書きができる者など、それこそ王族や上級貴族くらいのものらしい。


「へぇ……そっか、ありがとう」

「……。……ノワールさん、変なこと考えてません?」

「え?」


 ティファニーのジト目が鋭くなった。この人、だんだん勘が鋭くなってきている。救世主2人に囲まれれば無理もない変化だろうか。


 ……救世主を自称するの、慣れないな。救世主だって認定されて、まだ数年だし。


「ノワールさんが突然常識的なことを聞いてきて、そんな顔をする時は大抵なにかを起こそうとしている時です。私はもう知ってます。以前見ましたよその顔」


 女性から顔面に、それも正面切ってケチをつけられたのは初めてだ。


「いやぁ……あはは。アシルちゃんとシャルルさん、元気にしてるかなぁ……?」

「怒りますよ!」


 「揉み消すの、本当に大変だったんですからね!」と、何年か前に出会った少女と青年についてキレるティファニー。


 ……いや、あの時は本当に苦労をかけたと思う。


 なにせ、過去の魔王の遺産と契約して人間をやめた少女と、人間に擬態した高位竜種だ。王都への居住許可をとるの、元王族の権力とコネでもそれはそれは難しかった。


 兄上たちも姉上も、もちろん父上も、そしてティファニーも。みんな一斉に目を吊り上げて俺とノエルをガチ説教だ。胃に穴があくかと思った。


 最終的には、全員に謝り倒し、王族連中全員から溺愛される愛しの妹、セレスを投入してまでなんとか懐柔。第一王子、アルフォンス兄様の直下、住民の移住や管理を管轄する大臣こと上級貴族に直談判。事実を隠しながら巧妙に袖の下を叩きつけ、ノエルを出して脅し半分で茶会やら夜会やらに行って……もちろん、ティファニーに補助を頼んだ部分も多数ある。


 ……ああ、いや。それは関係ないか。


「――戻ったぞー」

「ノエル」

「隊長!」


 そんな折、ノエルが詰所へ帰還した。


 雑用と息抜きで、1人街へ繰り出していたノエル。お土産を両手にぶら下げて、俺とティファニーの様子を見て目を丸くする。


 第一声は、


「どうした? またノワールがなにかやったのか?」


 ……この、2人からの絶大な信頼。俺は上司として、夫として、喜ばしく思うべきなのだろうか。


「まだなにもやってないよ……」

「やろうとしてるんですよ!」


 ノエルは目をパチパチ。手に持った袋を机の上に置いて、まずは俺に目を向けてきた。


「なにを思いついたんだ?」

「隊長――!」

「まだ実行はしない。聞くだけだ。それだけならいいだろう?」

「む……ぐぅ……」


 さすがのノエル、ティファニーをすぐに静かにさせて、俺の言葉を聞く体勢に入った。


 ……ノエル、きっとお腹が空いているだろうし。彼女の持って帰ったお土産を開封しながら、俺は口を動かす。


「学校を作ったりしたらいいんじゃないかな、って。ふと思ったんだ」


 ――異世界に来て、ノエルと出会った。


 いろんな、本当にいろんなことが起こって、その果てにここに行き着いた。


 救世主だからトラブルには事欠かず、その全てに〝オチ〟はない。それもそのはず、これは人生なのだ。


 物語のようで、物語ではない。俺たちの歩みは、これからもきっと続いていく。


「「がっこう?」」

「うん。さすがに平民まで全員、とかは言わないけど。教師1人に対して、何十人規模で教え子を集めてものを教えるんだ。効率がいいでしょ?」


 目を丸くした2人の反応に気をよくしながら、俺はお土産の茶菓子を配り終える。元の椅子に腰掛けて、紅茶で唇を潤した。


 ――そう、まだまだ物語は続く。未来へと。

これにて完結となります。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

拙作、パルムシリーズの原点の本作、ようやく完結できました。


同世界を舞台にし、周辺設定を共通させたシリーズ作品は他にも多数あり、これからも何作品か予定しています。

ノワールとノエルも登場する予定があるので、ぜひそちらも楽しみにしていてください。


それではまたどこかで。

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