09 ソニア姫の救出
◆フィレッセル城 地下通路
一斗たちが城内ホールで暴れだしたころ、遅れて突入したラインたちが混乱に乗じて難なく城に潜入する。
地下通路は等間隔で松明の灯りがあるものの、薄暗い感じで見通しはそこまで良くはない。
地下に入ってから、ラインたちは人の気配に対して細心の注意を払いながら進んだが、一つ目の扉にたどり着くまでに罠にかかることも、見張りに見つかることもなかった。
「ここが、牢屋に繋がる扉ってやつか?」
「はい、その通りです。この先にソニア姫が――って、ラインさん! 何してるんですか!?」
説明を最後まできくことなくラインが扉を開けようとしたので、ナターシャは必死でラインを取り押さえた。
「……どうしたっていうんだ? 早くこの先に進まないと」
取り押さえたといっても、体格差的にも、力的にもラインの方が断然有利――なのだが、あまりにも必死に扉を開けようとするのを防ごうとしているのが伝わり、ラインは扉を開けるのを止めてナターシャに向き合う。
「ハァハァ、全く……ハァハァ、動きま、せんでした」
「それは、いつも鍛えているからな!」
息を切らしているナターシャに対して、ラインは自慢げに力こぶをつくって、鍛えている肉体をアピールし始めた。
余談ではあるが、ナターシャは本当に非力で、幼女にしか見えないミレイにも力負けするほどである。
「隊長、彼女はそんな答えを求めていませんよ……あなたがそこまで警戒するということは、この扉は罠ですか?」
「罠だと? こんななんの変哲のない扉にか?」
レオナルドの推測が信じられないのか、ラインは扉の周りを疑うような目つきで見定めようとする。
ラインの言う通り、三人の前に立ち塞がっている扉は頑丈そうだがそれ以外は何の変哲もなさそうな感じである。
扉が面している壁や地面を確認してみると、どうやら扉をスライドさせて開くようになっているようで、扉を動かした痕跡が残っている。
「さすが、レオナルドさん。決起隊の懐刀と呼ばれフィダーイーで隊長であるラインさんより危険視されていただけはあります」
事実、レオナルドの存在は名前だけは知られていたが、本人の顔を直接見たものはいなかった。正確に言うと、いるにはいたのだがレオナルドに遭遇した格下のフィダーイーたちは、これまで無事に生還したものがいなかったからだ。
では、なぜ名前だけ知られていたかというと、捕らえた決起隊メンバーからアジトに関する情報を吐かせているときにレオナルドの存在を知り、警戒するに至っていたわけである。
「そうだろそうだろ。こいつがいなくては決起隊は成り立っていなかったからな」
「隊長……そう思っていてもらえるのは嬉しいですが、そんなに自信満々に言わないでくださいよ。それよりも――」
「ええ、あなたのご明察の通りです。この扉には侵入者に対する仕掛けが施されています。鍵が掛かっていないからといって不用心に扉を開けると、ランダムで様々な罠が発動します。毒ガスや落とし穴、壁潰しやら――」
「壁潰しって何だ?」
「単純です。そっちとそっちの扉が動いて仲良くドッキングして、そこにいる――」
「あーあー、悪い。それ以上は想像するだけでゾッとするぜ。じゃあ、一体どうすればいいんだ?」
爽やかな笑顔で答えようとするナターシャの話を遮ったライン。実は、怖い話は好きではなかったりする。
「ポイントは『扉が侵入者を区別できる』という点です。つまり、『私たちが侵入者ではない』ということを証明できればいいわけです」
そう言うと、ナターシャは懐からあるものを取り出した。
「カード……でしょうか?」
「はい。もちろんただのカードではなく、私がある細工を施したものではありますが――」
「細工だと? どんな細工だ?」
「いいご質問です、ラインさん。では、このカードを触ってもらえますか?」
ナターシャはカードをラインに差し出そうとする。
「なんだ、触ればいいのカァァァァァ!!」
ラインが彼女からカードを受け取った瞬間にビリビリと電撃が走り、油断していたラインはそのまま前のめりになり倒れる。
「隊長!?」
目の前の現象に驚いたが、レオナルドは慌ててラインに駆け寄った。
「こ、これは一体……」
「電撃、だろうな。危うく、気を失いそうになったぜ」
「正解です。普通の人なら今の一撃で即気絶ですが……さすがラインさんですね」
「これが何か関係が、あるのか?」
顔を左右にブルっと振って、ラインは気を取り直してナターシャに質問した。
「実は、その扉は電気が流れると安全装置が作動して、扉が自動的に開く造りになっています。ですから、このカードに雷属性を付加させておくことで、トラップを回避しようと試みたわけです」
「となるとおかしいですね。隊長はカードに触っただけで感電したのに、あなたは――って、なるほど」
「わかっちゃいましたか」
何か閃いたラインとニヤリと笑うナターシャ。
「だから、あんたは感電を防ぐその手袋を装着しているってわけだな」
ラインはナターシャの両手を見ながら、自分の左手を右手で指さした。
「ご納得いただけましたでしょうか? 一人程度の有効範囲のものをつくるって意外に難しいので、苦労しました」
「なるほど。それで、今朝急いで何か作業していたわけですね」
レオナルドの指摘にナターシャは満足そうに頷いて答えた。
ラインたちが一斗たちとは出遅れる形になった理由――それが、ナターシャが準備した扉トラップ対策であった。
ナターシャは幽閉されていたときから集めていた原料や加工するための器具の一部を、常に所持するようにしている。所持しているといっても、主に隠密行動をすることが多かったため、袋などに入れて背負っていくことはできない。
そこでナターシャが考案した方法がある。
それは、「武器そのものに器具としての要素や、原料を詰め込んでしまえ」という一見すると無茶苦茶な方法であった。
しかし、ナターシャは愛弓・天之麻迦古弓を設計するにあたって、軽量化を図りつつも強度がある武器を創りあげることに成功。その技術は、ユーイの武器にも用いられている。
「この仕組みの原案を作ったのも私ですしね。これくらいは――」
ナターシャがカードを扉の取っ手部分にかざすと、カードと扉との間にバチッと火花が発生し、扉全体がしだいに光り輝いていく。
「朝飯前です」
彼女の最後に一言発したタイミングで、ゆっくりと扉が開いていった。
扉の先にはさらに通路が繋がっており、周囲の壁は先ほどよりも頑丈な造りのようだ。
明らかにこの先には重要人物が収容された牢屋があるだろうことが予測される。
「ここにサクヤが……」
ラインは牢屋の前に立ち、アクト・シャフトを強く握りしめた。
牢屋といっても中の様子がわかるわけではなく、鍵で施錠する箇所もなく、一筋縄ではいかない様子が伝わってくる。
「ええ、恐らくは。ここが最も機密性が高く、逃げ場もないので。私が一番よく知ってるから」
「……ここも先ほどのカードが使えるのですか?」
ナターシャの表情が曇ったのを察知したレオナルドは、深入りせず話を逸らした。
「はい。では……開けますよ」
ナターシャはラインとレオナルドに確認し、二人が真剣な表情で頷いたのを確かめた上で、カードをドアに近づけてかざす。
扉のときと同様にドアが光り始め、しだいにドアが開いていく。
ラインは壁を背にしてゆっくり中の様子を覗いてみると――窓が一つもなくだだっ広い部屋の中央部に、一人の若い女性が目を瞑り正座をしていた。
女性の髪は水色で、巻き髪ポニーテールにしており、髪は腰の辺りまで伸ばしている。
服装はうすい黄赤色の布地の服を一枚着ているだけで、一見するとみすぼらしく見えるはずである。
しかし、ラインは彼女からなぜか気品のようなものと懐かしさを感じた。
「(おれやキールの知っているあいつとは髪の色が違う――だが、間違いない)お前は――」
「お前とは……折角の再会が台無しですよ、ライン」
ラインが言葉を詰まらせている間に、女性は目をゆっくり開けていく。
そして、微笑みながら鈴を転がすような声を部屋中に心地よく響きわたらせるのだった。
「ソニア様!!」
数秒間ただ二人が見つめ合っているだけの状況に耐えられなくなったナターシャは、感動のあまり女性に勢いよく抱きついた。
「ナターシャ!! 手配書の件であなたの無事は知っていましたが……バスカルの呪縛も解けたのですね!」
「はい! ある方に断ち切っていただきました。お陰様で、今はほとんど戦力になりませんが」
自分の無事をソニアに喜んでもらえ、嬉しさのあまりその場で飛び跳ねまくりたいナターシャだったが、マテリアルとのアクセスが芳しくない状態を思うと苦渋を味わったような表情しかできなかった。
では、なぜ彼女がそんな事態になってしまったのかというと、原因は行方不明のマイにある。
マイが放った魔法<空間遮断>は、その名の通り対象者の周囲にある空間を遮断する。いわゆるショック療法に近いかもしれないが、マイはナターシャに繫がっている氣や発しているマナごと遮断して、体の状態を強制的にリセットする荒療治をしたのだ。
それでバスカルの影響から解放されたわけだが、ナターシャの場合は副作用でマナの巡りが悪くなってしまっている。
「その人もやむを得なく最終手段をとったはずだから仕方ないわ」
ソニアは気付いていた。
あの日を境にしてナターシャの様子が変わってから、ナターシャから彼女ではない気配を感じるようになったのだ。
(<記憶操作>に<束縛>、それに<人形化>。私の大切な友人にやりたい放題とは……あやつめ、絶対に許せないわ! しかし――)
そうなったからといって、その気配に対して何かできるわけではなかった。
(自分の力だけではどうしようもできないのね!)
ソニアはそんな歯痒い思いをしながら、彼女のことを見守るしかできなかったのである。
「とにかく無事で何よりだわ。それに……あなたが決起隊副隊長の――」
「ハッ! 私の名前はレオナルドと申します、女王陛下」
ソニアが目線をレオナルドに向けると、レオナルドはソニアに対して臣下の礼をとった。
「頼もしい方ですね、レオナルド殿は」
「もったいないお言葉をありがとうございます!」
「さすが敵に突っ込むことしかできない男を支えてきただけ<ガッツン!!>い、いった~い! 何するの!?」
「「ライン(隊長)(さん)!?」」
レオナルドに関心しているソニアの脳天めがけて、ラインは問答無用に拳骨を下したのだ。
「お、ようやく元のサクヤに戻ったか。この策士の女狐め!」
「はぁ~!? 言いたいことは山ほどあるのだけれど、こんなか弱い女の子に向かってそんな<ガッツン!!>……」
「あわわわ」「…………」
仮にも女王のソニアに対してさらに二発目の拳骨。
さきほどは悲鳴を上げたソニアだったが、今度は下を向いたまま黙り込んでしまう。
その様子を見て、どうしたら良いのかわからず慌てまくるナターシャと、目頭を片手で押さえながら天井を仰ぐレオナルドだった。
「……ふぅ。ライン、あなたにはやはり一度お灸をすえる必要があるみたいね?」
ニッコリ笑いながらラインを目で射貫く、ソニア。
「気が合うな、サクヤ。おれもお前に対してそう思っていたところだよ」
ソニアと同様の表情をしながらソニアに正面から対峙する、ライン。
「あら? あなたはその脇に差している武器を使ってもいいのよ?」
「何言ってるんだ? 武器も持っていないお前に対して、武器は使うわけないだろ? それに、仮に武器を持っていてもお前相手なら素手で十分だけど<バチーンッ!!>……」
「あら、ごめんなさい。手が滑りましたわ」
「「…………」」
ラインが油断しているところに、今度はソニアの平手打ちがラインの左頬に直撃。
つい二、三分前までは感動の再会的な雰囲気になっていたのが一転して、まさに一触即発の展開に。
「覚悟しろよ、サクヤ」
「そっちこそ」
その会話を合図にして、お互い素手での衝突が派手に開始された。
「レオナルドさん! 二人を止めなくてもいいのですか!?」
いきなりガチの喧嘩を始めたと感じたナターシャは、慌ててレオナルドに喧嘩の仲裁をお願いした。
「二人が楽しんでいるところを邪魔するほど無粋ではないですよ」
「楽しんでいる?」
「ほら、よ~く二人の表情を見てみてください」
レオナルドが言っていることが、ナターシャには最初はよくわからなかった――が。
「あっ」
しかし、彼が指摘したように本気でぶつかっているからか、逆にスッキリした表情を二人とも浮かべているのがナターシャにもわかった。
(今までの私なら任務優先。早く話を先に進めるために即座に仲裁に入るところですが――私も甘くなりましたね。これもリクターであるあなたの影響ですか、一斗殿?)
次回は、今回に続けてラインサイドの話です。
書けば書くほど話が膨らんできて、話がなかなか先に進まないのは気のせいでしょうか?(;^ω^)




