14 諸国の動き その1
方舟が始動してから、あっという間に半年が経つ。
ゆっくりできるのが、夜寝るくらいというくらい多忙な毎日——だけど、すごく充実していた。
久しぶりにクレアシオン王国にマイ達と一緒に戻ったり、鬼ヶ島にも方舟のメンバーの一人して招かれたりもした。
最初に訪れたクレアシオン王国へは、人材の求人と、国交の拠点を築くための交渉だった。
もちろんメインとなるのは、外交組であるチヒロ・ティスティ・シェムル・梓の4名。
実際の交渉は外交組に任せ、俺とマイはハルク親方と会っていた。
「久しぶりだな、ハルク親方」
「おぅ、久しぶり! それにマイちゃん、無事に目覚めてよかったぜ」
「その節はご心配おかけしました、親方」
「いやいや、一斗のらしくない必死の形相がなくなったことの方が安心してくらいだからな。ガッハハハ!」
「お、親方!」
確かにマイが目覚める術を、1年以上ずっと探してきた。
そのことがいつも頭をよぎっていたし、1日も早く目覚めてくれることを願っていたから。
「その話はみんなから聞かされてます。本当にみんなに愛されて、私は幸せです」
「……ますますいい女になったみたいだな。それはそうと、今回はどんな用事で来たんだ?」
「そのことだが——」
俺は手短に要件を伝える。
「なるほどな……噂では聞いていたが。鬼人族との和平が成立して、国交を深める拠点をな」
「そうだ。そこで、クレアシオン王国の拠点の建設を、ハルク親方を中心になってお願いしたい」
「そりゃあ王国の復興より、さらに大仕事になりそうだな。けどな……それを俺にか?」
「もちろん、親方だからこそです。腕前はもちろんですが、私と一斗が一任できる相手はあなたしかいません」
「この案件はあくまで俺たちからの依頼だ。断ってもらっても構わない。だが、俺はあなたと一緒に創っていきたい。頼まれてくれねーか?」
腕利きの職人は他にも知っている。
マヒロやチヒロに相談すれば、きっと紹介もしてくれるだろう。
けれど、俺がどんな場を創りたいのかよく知ってて、同じ想いでいる存在は、今のところハルク親方しかいない。
何かを一緒に創り上げていくなら、同じ想いを持った相手と楽しんでやっていきたいと俺は思う。
「……その真っ直ぐな眼は最初に出会った頃から変わらないな、一斗」
「そう、かな?」
ハルク親方はとても嬉しそうに、目を細めて微笑む。
「あぁ、そうだ。俺はその瞳に救われ、今では気の合う仲間達と大好きな大工に没頭できている。詳しい話は訊かせてもらうが……やるからには本気で関わらせてもらうぞ」
ハルク親方は俺に向かって握手を求めてきたから、俺は力強く握り返す。
「無論だ! ……ありがとう、親方!」
俺はハルク親方と握手しただけで、涙腺が緩んできたのを、グッと堪える。
この世界に来た当初、我武者羅に動いてできた縁がこういった形でまた繋がって。
俺には無縁だと思っていた世界が、実は俺の中には広がっていたということを感じるのであった。
◇
「あの子たちと、会っていかなくてもいいの?」
「ゼツたちのことか?」
「そうよ。あの子たち、本当にあなたに懐いているし、あなたも彼らのことは気に入ってる。まだ、ゆっくりする余裕はあるのよ?」
「……話したい気持ちはある」
「なら——」
「だが! あいつらとは馴れ合いの関係でいたくない。そのことは……ゼツとユジンには話してある」
「……いじっぱり」
「ふん」
なんとでも言え。
エルピスを出発した俺とマイは、馬車に揺られながら王都を目指している。
ゼツたちバスカルの研究による被害者たちは、現在ソニア女王の名の下、その庇護下にある。
あいつらが以前ガスタークで再会した時に、俺たちについていきたい、と言ってきたが、俺は断った。
「自分の力で俺に会いに来れるようになったら、その時は歓迎する」と伝えてある。
お膳立てはしてきたが、それに乗るか乗らないかはあいつら次第だ。
「それはそうと、エルピスのまちでの一斗の人気っぷりは凄いわね。どこかの一流スターがやってきたみたいな歓声だったわよ」
「あそこの人たちは治療で関わった人間が多いしな。ただ、なぜかいつの間にか、俺が復興支援を推し進めたことになっているらしい……だから、それが原因かもな」
エルピスのまちに着いた途端、大勢の町人に囲まれ、俺とマイ——そして、外交組は広場の宴会スペースへと拉致。
普段無表情なチヒロが、予想外の事態にあたふたしている姿が見れて新鮮だった。
ところが、もみくちゃな歓迎を受ける中、なぜか次第にターゲットは俺だけになり、他のメンバーは悠々とケインの父親と談笑していたのである。
——その光景に軽くイラッとしたのは、男ならでは性、ということで。
「アイルクーダにも本当は行きたかったわね」
「俺は……」
「また、ティスのお父さんに追いかけられるから?」
「……それを言うな」
アイルクーダを最初に出発する前夜。
実は、ティスの親父さんが突然俺が宿泊先に来て、必死の形相で追いかけられた。
「お前なんかに〜」と繰り返し連呼するだけで、こっちの話を一切聴いてくれず。
結局、夜明け前まで馬鹿みたいな追撃があったのである。
「まぁ、そのことよりも、早目に鬼ヶ島に行っておきたい」
「遠征は3ヶ月。最初の1ヶ月はクレアシオン王国。残りの2ヶ月は鬼ヶ島の予定だったわね?」
「あぁ、そうだ。羽生から『和平のためにも、1日でも早く一斗殿には鬼ヶ島に行ってほしい』って言われてるからな」
「頼られているわね、一斗♪」
「いや……俺はなんかいや〜な予感しかしないんだが」
——そして、さらに1ヶ月後。
俺とマイは、国内組や外交組より先行して鬼ヶ島に来て、すでに20日近く経つ。
そんなに早くに行って何をやっていたかと言うと……カリストロにいた時と、結局変わらない日常が待っていたのである。
「もう、ダメだ」
バタンっと用意された宿泊部屋にある布団に、そのまま倒れ込む。
「お疲れ様、一斗。ようやく帰ってきたわね」
「……ぐふぅ。な、何しやがる!」
「あらまだ元気じゃない?」
「元気なもんか。あいつらに付きっきりで鍛錬できるのが今日で最後とは言え、休む時間すら与えてくれんとは……」
「あ〜、だからさっき会った五鬼将メンバーはスッキリした表情でご機嫌だったのね」
そう、俺の嫌な予感は的中してしまったのである。
話は鬼岩城にたどり着いた時まで遡る。
………………
…………
……
俺は鬼岩城に着くなり、五鬼将の一人である忠耶と飛翔に両脇を確保され、訓練所に連行された。
どうやら羽生から俺から師事したことを聞いたらしい。その内容から、ほんの数ヶ月で実力に大きな差を付けられただけでなく、鬼徹からの評価が高くなっている話を知り、闘争心に火が付いたようだ。
ただ訓練を受けたいというメンバーは五鬼将だけではなく、一般兵や非戦闘員もメンバーに入っていた。
「なぜに?」と思って話を訊いたところ、あの隕石事件の現場を目の当たりにしたのきっかけだということである。
「自分たちは隕石を見ただけでもう駄目かと思った。けれど、あなたともう一人の女性は、すぐさま阻止するために動き、一族みんなを救ってくれた。そのことは嬉しいが、自分たちが何もできなかったことが悔しい」
だいたい直接話した奴からは、同じような話をしてくれた。
どいつも<マーヤー>への復讐心ではなく、単純に強くなりたいという意気込みを感じ、訓練を引き受けることにした。
総勢一千人……安請負いしちゃったかな。
ただし、今までの共通課題として、「朝練前に往復40キロの早朝ランニングを欠かさず参加すること」が鍛錬を付ける条件とした。
「そんなことでいいのかい? おいらなら楽勝だぜ」
「まぁ、お前たちは楽勝かもしれないが、最低限それくらいの体力がないと、全く鍛錬についていけないだろうからな」
「俺は朝まで待てないぞ。今からやれないか?」
「そうだな……じゃあ今からやってもいいぞ」
俺はグ〜ッと背伸びして、準備運動を開始した。
「一斗、お前一人か?」
「ん〜、今日だけなら俺一人でもいいが——」
ちらっとマイに目線を送る。
「はいはい、私も手伝うわよ」
マイは渋々俺の方に歩み寄ってくる。
「あんたたちはどうやって攻めてきてもらっても構わない。順番を決めてもらってもいいし、一斉に攻めてきてもいいぞ。もし、俺が負けを認めたら、さっきの条件なしで鍛錬する。これでどうだ?」
「……あぁ、それで構わない。俺たちを甘く見たことを後悔させてやる!」
あぁ。
馬鹿にしたつもりも、甘く見てるつもりもなく、冷静に戦力判断した結果だったのに。
みんなしてバンバン鋭い殺気を俺に向けてくる。
「一斗、あなたは相手を乗せる天才ね♪ きっとあなたのところに群がるわよ?」
「うっせー、そんなつもりはなかったのに」
案の定、準備ができた鬼人族は一斉に俺に襲いかかってきたのである。
「あ〜、仕方ねぇ! いっちょやってやるぜ!」
俺は襲いかかってくる奴らと距離を取りながら、襲ってくる順に捌く。
さすがに、それぞれが一騎当千の実力がある奴らで骨が折れたが、<氣伝波>で無力化し、即座に意識を断っていく。
いつ五鬼将の面々が来るか伺っていたが、最後まで俺のところには来なかった。
「くっ!?」
「あたいの攻撃が一切通じないなんて」
「マイを相手にするってことは、俺と鬼徹を同時に相手にするより難しいぞ?」
「それほどとは……」
「……」
飛翔・忠耶・瑞雲・円超の4名は俺ではなく、マイをターゲットにしたらしい。
だが、時空魔法を巧みに扱うマイに対して、まったく歯が立たなかったようだ。
「マイを相手にしたければ、魔法戦で対等に戦えるか、近接戦で魔法を使わせないくらい圧倒する必要がある。ちなみに、羽生だけでなく、鬼徹もマイには勝てない」
「なんと……」
「ちょっと、一斗! みんなを怖がらせるような発言は止めてよね」
「だって、本当のことだろ?」
「うっ、そうだけ……」
「今更か弱さアピールはむ——!?」
いきなり杖でガツンッと一発殴られ、意識が一瞬飛ぶ。
「いててて。クッソ〜、マイのやつ。相変わらず本気で殴りやがって」
周囲を見渡したら、俺の周りには五鬼将の面々しか残っていなかった。
「……よくあんた無事だね?」
「無事なもんかよ。常時氣を体の周囲に張っているのに、気絶させられるとは。それより、張本人はどこいった?」
「マイ様は、我ら以外の者を指導してくださると仰ってくださり、あちらに移動された」
瑞雲が指差した方を見ると、俺と鬼徹が全力でやりやった場所の辺りだった。
「我らは人族を侮りすぎた。我ら鬼人族の力があれば、人族なぞ訓練しなくても一捻りだと」
「だが、現実は違った」
「おいらたちはあんたやマイ様だけではなく、ティスティとかいう小娘にも完敗している。それに、お前の弟子とかいう奴らでさえ、おいらたちと対等に戦う実力があった」
「改めてよろしくお願い申す。我らを強くしてくだされ」
普段は気性の荒い飛翔や忠耶でさえも、頭を下げて教えを乞う姿勢を見せてくれた。
「頭を上げてくれ。俺もまだまだ修行の身だ。一緒に強くなろうぜ」
俺は拳を4人に向けて突き出す。
その仕草を好意的に受け止めてくれたのか、彼らも同じように拳を出し、突き合わせてくれたのであった。
この瞬間を境に、彼らは俺の提案にも邪険な態度を示すことはなくなり、よく言えば意欲的に鍛錬に取り組む姿勢を見せ始めた。
ただ、その意欲度が半端なさ過ぎて、もう四六時中鍛錬を申し込んでくる始末。
マイが大半を引き受けてくれたから楽ができると思ったのは甘い考えで。
むしろ、マイたちの方は決められた時間内でしか、鍛錬をやらない方針で、自由な時間が多かった。
もちろん同じような方針を五鬼将の奴らに提案したが、それだけは頑なに拒否の姿勢を示してきて……。
仕方なく、俺は食事と寝る時間を除いて、他の時間はすべて彼らの鍛錬に付き合うことになったのである。
……
…………
………………
「まぁ、このハードスケジュールも今日で終わりだ。明日からは絶対に楽するぞ〜」
「……無理だと思うけどなぁ」
「うん、何か言ったか?」
「ううん、何も♪」
何かマイがボヤいたような気がするが……まぁいい。
「それより、マイは最近何読んでるんだ?」
いつも鍛錬から戻ってくると、マイは俺の部屋でなんらかの本を読んでいる。
「ちょっとラキューナの正体のことで、いくつか気になったことがあってね」
「そういえば、『エルドラドの創世期からいる存在』がラキューナに憑依しているって話してたな。さっぱり意味がわからんかったが」
「私も詳しくはわからないけれど、きっとティスのもう一つの人格である『キュラス』も同様の存在だと思うわ。彼女のことはともかく、ラキューナに憑依している存在が私は気がかりなの」
「まぁ、確かに異質で気になるよな。マナの量も無尽蔵だし、八大精霊の加護持ちで、相性もかなり良いみたいだし」
あの戦いではラキューナの実力の一部しか垣間見れなかったが、最初から殺す気で来られていたら、俺は無事では済まなかっただろう。
それくらい未知の力は、俺にとって脅威に感じている。
「そう、それよ。本来人は八大精霊のうち、必ず相性の良い精霊と悪い精霊がいるわ。その相性によって、加護となる精霊が決まるの。だから、私や一斗のように八大精霊の加護が一切ない人間は、本来いないわ。それとは逆に、八大精霊すべての加護を持っていることもあり得ないの」
「なら、憑依している存在は俺たちと同じような異世界から来た存在!?」
「……かもしれないし、そうではないかもしれない。まだ推測するにしても、情報が足りないの。ただ、もしここに有益な情報がなければ、本から答えを得ることは不可能かもしれないわね」
「でも、当てはあるんだろう?」
俺の発言に、マイはハッとした表情を見せ、次第に穏やかな表情になる。
「よくわかるわね」
「伊達に付き合いが長いだけじゃないってーの。でも、本じゃないとすると、人か?」
雷凪やナターシャ辺りなら、博識だから色々知っている気がするが。
「今一斗が思い浮かべた二人でも、きっと難しいわね。創世記の書物は、そもそも人族の間ではすでに失われているから」
「そうなのか……でも、それ以外ってなると、俺の知らないやつか?」
「えぇ、そうよ。彼女にはもう頼ることがないと思ったけれど……もし彼女に会いに行くことになれば、その時に紹介するわね」
「あぁ、よろしく頼む」
今詳しく話さないってことは、今必要ではないということだろう。
変に空気を読みたくないが、どうせ訊いたところで「ふ〜ん」って感じで終わる気がする。
だから、今追求するのはやめておこう。
それにしても、彼女ってことは、女ってことか。
でも、人族でもなくて、鬼人族でもないってことだよな?
ナターシャと同じ種族なのか?
それとも、また別の種族なのか?
どんな存在かわからないが、きっと会うことになる——そんな予感がする。




