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13 方舟始動

 ラキューナとの一戦を交えた日——俺たち国交樹立に向けて動いていたメンバーは、再度『はじまりの部屋』に集まっている。


 途中、身に覚えのない濡れ衣を着せられそうになったが——


 とにかく状況を整理する必要がある。


「今回の奇襲でわかったことを共有するぞ。まず、俺たちはソニアやリハクに反逆した奴らの本拠地に向かった。そこで、俺は<マーヤー>のリーダーであるラキューナと遭遇した」

「その後、私とユーイは彼女の相手を一斗に任せて、反逆者たちを捕縛にするために動きました」

「そこで、妾たちはクワイフやガジルを見つけたが、あと一歩というところで取り逃してしまった……」

「まぁ、ガジルたちもまさか味方に爆弾を仕掛けているなんて、思いもしなかっただろうね」

「マイの言う通りなんだろうが……ラキューナの奴は、元々彼らを味方とは思わず、利用し合う関係だと割り切っていた節があった。今回も、マヒロやユーイに捕えられるくらいなら始末してもいいくらいに思っていたはずだ」


 まぁ、そのおかげでラキューナは潔く引き上げてくれた、とも言える。


「けど、これで<マーヤー>の本拠地も壊滅したので、奴らのことを心配することはなくなったのでしょうか?」

「いや。そうではないぞ、ケイン。マヒロとユーイ、それにレイたちの話を聞く限りでは、<マーヤー>幹部たちとは誰も遭遇していない。つまり——」

「『今回の奇襲では、<マーヤー>という組織に打撃を与えることはできなかった』——そういうことですかな、一斗殿?」

「あぁ、羽生の言う通りだ。もちろん本拠地を潰せたことは間違いないが、油断はできない。できれば、唯一捕らえることができた捕虜たちの証言に期待したいところだが?」

「現在、バロンについては、マヒロ殿を通じて帝国側に引き渡しております。夜叉様については、鬼徹様自らが尋問しております。あまり有力な情報は得られないかもしれないが……」


 その意見には俺も賛同する。

 何せ、バロンと夜叉はある意味<マーヤー>に切り捨てられた可能性が高いからだ。


「<マーヤー>の組織自体は分かりませんが、行っていた研究についてはケインが見つけた資料をナターシャさんにお見せすれば、何かわかるかもしれませんね」

「確かに、シーナの言う通りだな。ナターシャには後からこの資料と共に報告しておいてくれ」

「了解です、一斗さん!」


 ケインが入手した研究資料の内容は、まだざっとしか読んでいない。

 けれど、胸糞悪い気分になる。

 どうしても、あの時のことを連想してしまうから。


「そういえば、話は変わるがお前たちシャナルを打ち負かしたそうじゃないか! 今回は誰がケリをつけたんだ?」

「今回はレイです、師匠!」

「レイ君は、もう最高に格好良く決めてくれましたよ!」

「ほぅ」


 ロイドとククルが興奮気味に教えてくれた。


「あなたや鬼徹様にも引けを取らないような見事な技でしたよ」

「俺と鬼徹? ……まさか、あの技をもう完成させたのか、レイ!?」

「お二人の技に比べれば、まだまだです」

「いやいや、あの技は相当難しいぞ。俺は武器は使わず、直接氣功術で飛ばしてるからいいが」

「一斗軍団長、何で武器の場合は難しいんですか?」

「それはな、エルク。まず、武器に氣を纏わせて、それを剣閃として飛ばす必要があるからだよ。身体の外にあるものに氣を纏わせるのは、自分自身に纏うより遥かに難易度が高いんだ」


 おい、ケイン。

 勝手に俺の説明するチャンスを奪うんじゃない。


「ケインさんもできますよね?」

「僕の場合は、弓による唯一の攻撃手段だからね。その特訓は最初の頃から今でもずっと続けてるよ」

「ケインは氣の扱いに苦戦してたからな。だからこそ、どうしたら氣を上手に扱えれるようになるのかをよく知ってる。レイももっと技の精度を上げたければ、ケインに習うといい」

「分かりました。ケインさん、後でご相談させてください」

「……わかったよ。この集まりが終わった後にな」


 じと〜っとした目で、ケインが俺を見てくる。

 ケインのやつ、俺が楽しようと思って言ったと思ってるな?

 半分合ってるが、半分はお前のためだぞ〜。


「まぁ、とにかく。偽物とは言え、よくシャナルに勝ったな。お前たちを心配ばかりしていた俺が恥ずかしいぜ」

「「「師匠……」」」

「だから、次の訓練メニューでは、シャナルに本気で相手してもらうように進言しとくで……まぁ、死ぬ気で頑張れよー」


 褒めて持ち上げつつ、最後に落とす。

 レイたちの途端に顔が青ざめていくのを、俺は嬉しそうに眺めるのであった。




 その後も、今回の作戦の反省会は続き、二時間くらい経ったところで、今日のところはお開きにすることにした。


 なんせ、今日は夜明け前からの作戦だったからな。

 さすがの俺も、英気を養う時間くらいは作るさ。


「最後に一つ言い忘れていたことがあったから、みんな聞いてくれ。俺たちのこの集まりの呼称について、今一度統一したいと思う」

「一斗、それってどういうこと?」

「そうだな……例えば、ティス。この集まりのことを何て呼んでる?」

「う〜んと……同盟会議?」

「それは、ソニア・リハク・鬼徹の方だろ?」

「確かに……」

「そういえば、先日僕がラインさんにお会いした時には『一斗の集まりはどうだ?』って訊かれました」


 一斗の集まりって、どれだけアバウトな表現なんだ?


「つまりだ。これから同じ方向を向いて一緒にやっていくメンバーの意識統一も兼ねて、まずは集まりの名前を決める」

「なんて言う名前なの?」

「あぁ。<方舟>という名前に決めた。俺の世界にある占いでは、方舟のイメージには【復活】【改善】【祝福】というのがある。それに、舟の上では、敵や味方はない。争い合っていたら、お互い全滅しちゃうからな」


「<方舟>……」

「私たちの集まりにはピッタリな名前です、一斗さん!」

「<方舟>に乗って、新しい世界に向かう航海の幕開けってわけだよな、エルク!」

「あぁ。その通りだぜ、ロイド! なんかますます燃えてきたぜ!」


 若手メンバーが揃って興奮してくれている。


「ホッとした、一斗?」

「マイ……あぁ、まあな。あいつが今後の未来を中心に担っていく奴らだからよ」


 今は俺が先導する役割を担っているが、近い将来ケインやレイたちが代わりに担っていくことになる。

 その時、誰に対してでも自分の所属する集まりを堂々と胸を張って名乗ってほしい、と願っている。


「さすが一斗殿ですな。そんな先のことも見据えてとは」

「これからどんな方々が乗ってきてくださるのか私は楽しみです、一斗様」

「あぁ、そうだな! 見た目や生まれの違いだけで争い合うことが、どれだけ馬鹿らしかったか、みんな思い知ることになるだろうぜ」


 王国と帝国のいざこざ以上に、人族と鬼人族の戦いの歴史は古くて、根が深い。

 歩み寄るところは歩み寄る。

 お互いどうしても相容れないことまで、一緒にやる必要はない、と俺は考えている。

 その辺りの感覚は、各国の<方舟>メンバーにヒアリングしながら進めていくしかないだろう。


「じゃあ、今日のところは解散! 明日からは国内組と外交組にそれぞれ分かれて、早速活動を始めてほしい。俺はあちこち飛び回っていると思うから、連絡がつきにくい場合にはユーイの部下に伝言をしてくれ。以上!」


 話を切り上げると、早速各組に分かれて話し合いを始めてしまった。


「おいおい、明日からって言ったのに……どれだけ勤勉なんだよ」

「だからこそ、頼もしいわね」

「そうね。今回一緒に行動できて、マイもそう思ったわ」

「マイ、マヒロ。改めて今回は手伝ってくれてありがとうな。二人がいてくれたおかげで、だいぶ助かった」

「どういたしまして」

「あなたには十分すぎるくらいの恩があるわ。今回は期待には応えられなかったけれど、次こそは——」

「マヒロ、お前はいつも気負いすぎだ。もっと気を抜いてやろうぜ……さてと、じゃあこれからソニアたちに報告してくるかな。あぁ、面倒くせーぜ」


 ナターシャへの報告はケインに任せてある。

 あとは、トップに知らせるだけだ。

 俺は面倒臭さを感じながらも、気持ちを切り換えて『はじまりの部屋』から再び一歩足を踏み出した。




 ◇




「うふふふ、一斗は相変わらずね」

「彼が一番勤勉なのを、彼自身は気づいているのかしら?」

「きっと気づいているわよ。けれど、わかってても一斗は身体が動いてしまうの」


 そのことを、私は誰よりも一番理解しているつもりだ。


「そうね。ところで、マイはこれからどうするの?」

「私はラキューナのことでちょっと気になることがあるから、またしばらくナターシャのところで彼女や雷凪と研究漬けよ。マヒロは?」

「私は執行官の職務に戻るわ。おそらく<マーヤー>本拠地の本格的な調査を指揮する事になると思う」

「人手が足りなかったら言ってね」

「えぇ、そうさせてもらわ。ありがとう、マイ」


 マヒロは出会った当初こそ、私に対して畏まっていたが、今ではティスと同じくらいフランクに話せる間柄になりつつある。

 女子でそういった関係になれたのは、大戦時ではシャナルしかいなかったので、私にとってはとても喜ばしいこと。

 妹のチヒロは、私に関わるよりも一斗に直接関わることの方が多い。

 接点はほとんどないけれど、彼女の話はやたらとマヒロから聞く。

 けれど、話の大半が一斗絡みであることを、マヒロ本人は気づいているのだろうか。


(色恋沙汰はひとまず置いておきましょう。まずは、調べものよ。ラキューナの話が真実であれば、再び彼女のところに出向く必要があるかもしれないわね)


 一斗をこの世界に招くために、色々と尽力してくれた恩人のことを懐かしく思い出すのであった。




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