10 研究施設
一斗たちと別れ、マナの気配が多数集まる地点に向かった羽生たち。彼らは森林奥地に不自然にある施設を発見していた——
「ケイン君、レイ君。二人はもう察知していると思うが、建物内部に大きな反応が一つある」
「それに、多数の敵が随所に配置されていますね」
「今までにはない反応もあります。おそらく一斗さんが言っていた魔法を行使するものかと」
「……そうだな」
これから共に行動する仲間でもあるこの若者たちは、相変わらず抜け目がない。
まだ20歳にも満たない年齢で、かつ、実践もほとんどない。
そんな状況で、これだけ冷静に。そして、正確に把握できる人材は、残念ながら鬼人族でもごくわずかだろう。
(さすが、一斗殿の弟子たちだ。最優先で引き入れただけはある)
けれど、そんな彼らでも状況は把握できても、判断まではできないようだ。
それがわかっているからこそ、勝手な行動をしようとはせず、指示を待っているのがわかる。
だからこそ、実践をできる限り有効活用させてもらう。
「ケイン君、お主ならどうする?」
「班を二手に分けます。一番大きな反応のある箇所を担当する部隊。そして、この建物が何のための施設なのかを調査する部隊。調査をするのであれば、少人数の方が動きやすいので僕とシーナが担当します」
「私が決起隊時代に、主に諜報活動をしていたことがあります」
「そうか……では、二人には調査の方を頼む。ただし、調査に当てることのできる時間は一刻までだ。あまり深追いしすぎると、撤退に支障が出るかもしれない」
「わかりました。では、僕たちはここで。羽生様、彼らのことをお願いします」
私が頷いたのを見届けて、ケインとシーナは瞬時に姿を消す。
「さて、我々だけが残ったわけだが……準備はできているか?」
「「「はい!」」」
「ケイン君たちの調査をできる限りしやすいように、こちらに陽動する。レイ君、君が彼らの指揮を取ってくれ」
「わかりました」
「君なら問題なくできるだろうが、私がフォローに入る。思う存分やりなさい」
「はい!」
「レイ、任せたぜ!」
「索敵は私に任せて」
「あぁ、みんなよろしく頼む」
一斗殿がなぜ彼らをここに連れてくるのを躊躇ったのか、今になってわかった気がする。
この若者たちの今後がきっと楽しみなのだ。
だから、できる限り経験を積ませたいという思いと、危ない橋を渡らせたくないという相反する想いが生じたのであろう。
(こんなところで若い芽は摘み取らせはしない。それに——我にも一つやらなければならない用事ができた)
大きな反応があった場所のそばに、最近遭遇したよく知る気配を二つ感じ、改めて身を引き締めた。
◇
ケインとシーナと別れてから、幾度となく戦闘を繰り返した我々は、ついに目的地に辿り着く。
「さすがに集団で来られるときついわね」
「だけど、これならまだ一斗師匠の特訓の方が、100倍厳しいぜ」
「そうね。これもククルの索敵と、レイの式のおかげね」
「俺は!?」
「あぁ、ロイドもね」
「んな、適当な!」
適当にあしらわれるロイドだが、彼の鉄壁の防御は戦線を維持したり、相手の初手を封じたりするのに、彼の果たす役割は大きい。
今回だって、目的地に辿り着くまでに50人以上の敵と遭遇したが、6人だけで難なく制圧した。その際に、ロイドが先陣を切って、敵を誘き寄せてくれたからこそ、残りの5人が攻撃に専念できたと言っても過言ではない。
「お前たち、浮かれるのもそれくらいにしろ。いよいよ本番だぞ」
レイを除く5人を諌めたあと、
「羽生様、このまま正面から堂々と行くのですか?」
「あぁ、そうだ。ここの中にいる者に少しばかり用があるのでな。それに、我々が外にいることはもう気付かれているようだ」
目的地である大きなマナの反応があった部屋の扉を開けると——
「ご無沙汰しております、夜叉様。それに……バロン」
鬼ヶ島で行方不明になっていたはず二人が、部屋の中にいたのであった。
彼らの後ろには、中は良く見えないが人が入りそうな大きさのカプセルが横たわっている。
「久しいな、羽生」
「はい。やはり、一斗殿の推測通り、貴方様がこの者たちと結託していたのですね」
「今更隠す必要もないか……そうだ。腰抜けな兄者に成り代わり、我が鬼人族の長になるためにな」
「鬼徹様が腰抜け? それは、いくら貴方様でも聞き捨てられませんな」
「せっかくカリストロ城で城を制圧して、人間共を根絶やしにする絶好の機会だったはず。しかし、兄者は根絶やしにするどころか、愚かにも人間共と和平してしまった。これのどこが腰抜けではないというのだ?」
「それは……」
「そうですとも。我らで成し遂げるんですよ、夜叉様」
理由はある。
しかし、夜叉様は私が理由を話したところで、きっと理解されない。
おそらく隣にいるバロンに、野心を利用され唆されたのだろう。
「あんたがティスティさんが話していた、逃げるのが取り柄のバロンさんか?」
「確かに逃げ足は速そうだな。で、今回も逃げ出すのか、逃亡のバロンさん?」
「貴様ら——どうやら躾がなっていないようですね……」
ロイドとエルクの軽い挑発に乗ってしまったバロンは、こめかみに青い癇癪筋を走らせ、怒りのあまりプルプル震えている。
「……ここの施設は一体何の施設だ?」
「ここは、教団が裏で進めていたアルクエードの研究施設ですよ。最も、今は我々<マーヤー>が利用させてもらってますが」
「なるほど。先程襲ってきた連中は、その研究の実験体というわけか?」
「そうです。おかげで彼女を再現するには、十分なデータが取れました。大戦時【地の妖精シャナル】と呼ばれ、あなた方鬼人族にとっては天敵だった彼女をね」
「「「シャナル!?」」」
バロンと夜叉様は、我々が驚愕の表情を浮かべたことに、どこか勝ち誇った表情を浮かべる。
彼らは知らないだろうが、我々にとってその名前は驚異の対象ではなく、尊敬の対象である。
まさかその名前を、バロンの口から聞くことになるとは思わなかったが。
「だが、調整はまだ完了していないと聞くぞ?」
「構いません。現状で80%まで調整は終わっています。これで十分でしょう」
バロンがカプセルのスイッチを押すと、後ろに横たわっていたカプセルがゆっくりと開いていく。
「確認します。我々が偽物を相手しますので、羽生様にあの二人を相手していただけますでしょうか?」
「レイ……わかった。だが、偽物だからと言って油断するなよ。彼女ではないとすると、理性はないと考えた方が良い」
「わかっております。あしらわれている借りを、まずは偽物に返してやります」
淡々と指示を確認するレイだが、言葉の節々に怒りを感じているのがわかる。
それは、他の5名も同様のようで、すでに彼女とやる気満々のようだ。
カプセルから現れたシャナル殿の偽物は、レイたちの気迫に反応したのか、ターゲットを彼らに定め、いきなり攻撃を仕掛けた。
「良いのか、羽生よ? みすみす小僧どもを見殺しにしてしまって。それに、貴様では私一人にも勝てないぞ?」
「心配していただきありがとうございます。ですが、心配ご無用。彼らはきっと偽物を倒すでしょう。そして、私はあなた方二人を相手にしても、負けるつもりはありません」
「……よかろう。我に一度も勝てたことがない貴様に、どこまで我ら二人を相手にできるのか見てやろう」
さて、ここからが本番。
彼らは問題ないだろうが、私も新たな力を手に入れて最初の実践だ。
すでに派手に始めている戦闘を横目に、仕上げに取り掛かることにした。
◇
施設で羽生たちと別れたケインとシーナは、シンと静まりかえっている建物内を隠密で調査を進める——
「ケイン、どうしたの?」
「……いや、何でもないよ」
各部屋に敵がいないことは察知しているけれど、逆に静かすぎることが不安にさせる。
「羽生様たちの陽動が成功したようね。私たちも先を急ぎましょう」
「そうだね。行こう!」
シーナは僕の弱気に気付きながらも、緊張を解すように話しかけてくれた。
最近はこうやって僕のすぐ近くにいて、何かとフォローしてくれる。
僕にとってシーナは本当に有難い存在となっている。
「それにしても、この施設はいつからあるんだろうね?」
「きっと大戦前後でしょうね。建てられてからかなり年月が経っているわ」
「施設の裏手は断崖絶壁。落ちれば数十メートル下にある海に急落下——おそらく無事では済まない。ただの住居とは考えにくい、か」
窓はすべて鉄格子になっていることから、ある意味ここは牢獄とも言えるかもしれない。
「ねぇ、ケインはなんで一斗さんの招集に応えたの?」
「急にどうしたの?」
「あなたは一斗さんの一番弟子。だけれど、あなたが断れば一斗さんはきっと強要しないはず」
「だろうね」
一斗先生はいつだってそうだ。
すぐに僕のことを必要であれば誘ってはくれるが、強制感は一切感じない。
もしかしたら、僕が危険な道に進むせることを躊躇っているのかもしれない。
以前、故郷にいる親父の話になった際に、しきりに安否を確認されたことがあった。
「次期町長としての道もあるぞ」と暗に別の道を示唆されたこともある。
けれど、僕の答えは変わらなかった。
「僕は自分の意志で先生に弟子入りした。その時から、何があっても僕は先生についていくと決めた。先生のやりたいことに、僕が力になれることがあるのであればなおさらだよ」
「一生そのつもり?」
「いや、それは先生も望んではいない。僕の中で何かケリがついた時、僕は自分の道を探そうと思っている」
少なくともこの三国同盟の基盤ができるまでは、今まで通り先生についていくことは決めている。
「そっか。なら、ケインはこれからも自分のやりたいようにやってね。私が全力でサポートするから」
「ありがとう、シーナ。そういう——」
「待って!」
「!?」
シーナは僕の発言を制すると、しゃがみ込み床や壁を隈なく探し始めた。
「どうしたの、シーナ?」
「……この辺り。周囲に部屋はないのに、複数の人間が踏み入れた形跡があるわ。きっとこの辺りに隠し扉か何かが——」
カチャという何かが噛み合った音が聞こえた。すると——
「やはりあったわね……大丈夫、誰もいない。どうやら、ここは資料室のようね」
「そうですね……ん?」
たまたま視界に飛び込んできた資料に、僕は目が釘付けになる。
「……これは!?」
内容を素早く確認していくと、驚愕な事実が記載されていた。
どうやらここはただの施設ではないようだ。
「シーナ、今すぐ羽生様たちに合流するよ!」
「わかったわ!」
急がなければ、羽生様たちだけでなくて、僕たちの命も危険に曝されてしまう。




