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08 好き勝手3

 ◆一斗サイド


 ラティーナとの邂逅後、『はじまりの部屋』に戻ってみると——


「おーい」

「チヒロ、じゃあまずは鬼王国から向かうのね?」

「そう。一番交流の少ないところから」

「鬼王国なら梓ちゃんについてきてもらおうよ」


 俺の呼び掛けも聞こえないくらい、話が盛り上がっている外交組。

 邪魔しちゃ悪いかな。

 そう思って、次は国内組に声を掛けてみる。


「おーい」

「三国どこにも設置となりますと、人材不足ではないでしょうか?」

「それなら、文化部門は鬼王国。軍事部門はリンドバーク帝国。交易部門はクレアシオン王国というように三つに分けるのはどうですか?」

「……三つに分けるのは非効率過ぎないか。ただでさえ、それぞれの国は離れ過ぎている。せっかく交流の機会だ、最初は1箇所から始めるのはどうだろうか?」

「羽生さん、やはりこの3つの案が出たところで意見が堂々巡りしますね」

「そうだな、ケイン殿。どれも悪くはないが、決め手に欠けるな」

「では——」

「……」


 こっちも聞いてくれない。

 しくしく。


 まぁ、いろんな意見が出ている最中に口を挟むのは勿体ないな。

 議論の妨げにならないようにそ〜っとドアを開けて、そ〜っと部屋の外に出る。


「人気者じゃな、一斗」

「ユーイ……嫌味かよ」


 部屋の外で待機していたユーイが、なぜか嬉しそうな表情で話しかけてきた。


「嫌味ではないぞ。あやつらはお主の意図を感じ取ったからこそ、今の状態なのじゃろ?」

「……まぁな」

「今、妾たちがやるべきことは多いぞ。特に、一斗——お主がな」

「わーてるよ。すべての状況を俺が全部仕切らなくちゃいけなくなったら、いつ始められるかわからんしな」


 そう、一人が主導者となり、みんなを引っ張る。指揮系統はシンプルにまとまり、トップダウンで指示を伝えていく。

 少人数であれば有効に機能しやすいかもしれないが、大人数になると伝言ゲームになって、まったく違う内容が伝わりかねない。

 大人数でもトップダウン形式が有効になるのは、強力な主導者がいる場合に限る。

 例えば、英雄的な存在。

 だが、英雄的な存在がいる間はいいが、いなくなった場合には途端に機能を失う。つまり、諸刃の剣ってことだ。


 俺は別に英雄でもないし、先頭に立ってみんなを引っ張りたいとは思わない。

 むしろ、フットワーク軽く自由に動き回っていたい。


「それで……例の件じゃが——」

「あ、ちょい待ち! ん〜、<七方陣ひちほうじん>。よし、これでOK! で、例の件って?」

「……<七方陣ひちほうじん>って何じゃ? 急にマナが練れなくなったのだが」

「あぁ、そういう風に氣で結界を張ったんだ。以前ラティーナのやつに食らってよ、氣功術に似てたから真似してみた」

「……」

「ま、ここでの会話なら聞かれる心配はない」

「……色々突っ込みたいところじゃが、後にしようかの。<マーヤー>の動向について調査中だった件、やはり各国どこの港からも奴らの動きはなかったぞ」


「やはりな。ということは、港に防衛網を張るのは無駄になるか?」

「あえて<マーヤー>の目を港に向けさせるためであれば無駄ではないじゃろう」

「だな。あとは、どういう手段でやってくるのかさえ、その現場をおさえることができればと思うんだが——いけるか?」

「誰に言っているのじゃ? 妾に任せておけ。直に包囲網も完成する」

「さすがだな、ユーイ。いつも助かるぜ」


 ユーイには毎度裏方を任せっきりになってしまっている。

 戦の勝敗は情報が左右するといっても過言ではない。

 俺も情報収集は得意かと思っていたが、ユーイたち諜報部隊の徹底ぶりに心底驚いたのと同時に、尊敬の念を抱いた。


「わ、妾を子ども扱いするでない!」

「悪い、悪い。つい、ユーイに感謝したくなってな」


 気が付いたら、ユーイの頭に手を置いてナデナデしていたようだ。

 ユーイは嫌がることは言うが、手を払うことはしないから、ついそのままナデナデし続けてしまう。


「妾を子ども扱いするなんて、一斗くらいぞ」

「子ども扱いというよりは、親愛の表現さ。じゃあ俺はちょっくら根回しに行ってくるから、ユーイは引き続き周囲の警戒を頼む!」

「……御意」


 すぐさま姿を消したユーイを見届けて、俺は有力な助っ人たちに声を掛けにいくことにしたのである。




 *




「おっ、三人とも揃ってるな」


 ナターシャの研究室に足を運ぶと、ナターシャ以外にマイとカールがいた。

 カールは俺に気が付いたようだが、マイとナターシャは何やら真剣に話し込んでいるようだ。


「一斗くん。会議の方はいかがですかな?」

「俺は必要なさそうだから退散してきた」

「ということは、いいスタートを切ったわけでな。さすがは一斗くん。それで、我々にどのような用事が?」

「カールは察してくれているようだが……折り入って相談がある。マイとナターシャもきいてもらえるか?」


 三人を集め、今後のことについて相談した。


 まずは、現状がどうなっているのか。

 国交樹立については今まさに走り出したところで、具体的に何から始め、どこに向かうのかを話し合い中。

 外交組と国内組で分担して、あとはそれぞれの組に委ねている。


 そして、目先問題となっているもう一つの<マーヤー>への対応。


 マイやナターシャの予想通り、<マーヤー>は移動手段として、船は使っていないことを伝えた。

 その場合、なんらかの<古代道具エレディウム>を使用している可能性が高いことを、俺は事前に二人からきいていたのである。

 たとえば、ハイムの森でキールが決起隊アジトまで瞬時に移動するために使った道具と、まさに同じものだろうと推測される。


「道具を使用したとなると、そう簡単には見つからないわよね?」

「そうでもありません、マイさん」

「どういうこと?」

「<古代道具エレディウム>には発動条件が必ずあります。今回のケースでは、おそらく周囲のマナを利用したと思われますので、ある特定地点で発動させているはずです」


「なるほどな……じゃあさっき襲撃された情報が役に立つかもな」

「また襲われたの、一斗!?」


 マイの素っ頓狂な声に、思わず肩が崩れる。


「またって聞き捨てならないな! ……俺個人を狙ってたようだから、撃退は楽だったが。とにかく、襲ってきたうちの一人には以前ナターシャにもらった発信機を取り付けてある」

「本当ですか!? では、地図上で確認してみましょう」


 ナターシャが取り出した地図は、一見するとただの地図。

 しかし、これは発信機を取り付けた相手の現在の座標がわかる。しかも、相手が通った経路も履歴として残るという画期的なアイテムだ。

 ただ、まだ改善の余地はある。

 発信機から微弱なマナを放出しているのを地図が感知するようにしているため、まだ受信範囲がそこまで広くない。


「……どうやらここから北西の、この地点で履歴が途切れていますね。この距離でしたらまだ受信範囲内のはずですが」

「ということは、『ここからどこかに転移した』ということでしょうか?」

「はい、カールさんの仰る通りかと」


 なるほどな。

 この距離なら普通に歩いていけば、6時間くらいって感じか。


「相手のアジトがわかったけど……これからどうするの、一斗?」

「今日の襲撃からすると、多分次の襲撃までの期間は短いと思う。だから——」

「こちら仕掛けるのね?」

「あぁ、そうだ。時間が惜しい。これから三人の了承を得て、可能なら明日には決行するつもりだ」

「会議をしているメンバーには?」

「それは……ユーイ、頼めるか?」


 俺が後方に声を掛けると、ユーイが瞬時に姿を現す。


「もちろんじゃ。こちらは妾に任せるがよい」

「おぅ、任せたぜ! じゃあ俺も行ってくる。ナターシャ、特定した座標までの道のりを別の地図に控えておいてくれ」

「わかりました、一斗さん」


 再び物音立てずにユーイの気配が消えるのを確認し、俺も行動に移すことにした。



「一斗くんはともかく、ユーイくんは見事な身のこなしですね。彼女ほどの逸材はそうはいない」


カールは関心したように呟くのであった。







 三国の重要人物たちに謁見して、ことの次第を伝える。

 すると、いともあっさり<マーヤー>アジトの奇襲の許可が降りた。


「本当いいのか?」

「いいのか、と聞かれると困りますが……けれど、今の私たちには他に割く人員がいない。一斗殿が選抜した人員を除いて」

「だが、マヒロは?」


 サッと同席してもらった彼女に目を向ける。


「あなたたちは元摂政クワイフの顔を知らない。そして、逆賊を捉えるのは執行官である私の仕事。それとも、私はあなたの足手まといかしら?」


 特に取り乱すこともなく、熱くなることもなく、ただ事実だけを語っていく様子は自信に満ち溢れている。

 以前のような強がりな様子もなく、ますます頼もしさを増している。


「いや。マヒロに来てもらえるなら、こんなに力強いことはねぇよ。よろしく頼む!」

「えぇ、任せて」

「……我の助太刀は必要ないのか?」

「鬼徹、お前にこちらの切り札として残っていて欲しい。あいつがこっちに来てしまった時、まともに戦えるのはお前以外にいない」

「あいつとは、<マーヤー>を統べるラキューナとかいうやつか?」

「あぁ。正直お前でも撃退は難しい。俺とお前にとって、あいつは天敵のような相手だからな。例えば、マイを相手にするような感じだな」

「……よくわかった」


 鬼徹は過去、マイにコテンパンにやられたことを思い出したのか、しかめ面をして答えた。

 まぁ、俺もマイには一騎打ちで簡単に無力化されたからな。

 よくわかるだろうと思ったぜ。


「では、奇襲をするのは、一斗さん・マヒロさん・ユーイの三名でよろしいですか?」

「あぁ、そのつもりだ。奇襲をするのに、あんまり大人数で行って見つかった上に、主犯たちに逃げられたくない」

「わかりました。では、こちらのことはラインとレオナルドにお任せください」

「頼む、ソニア」


 よし、リハクやソニアに話をつけたし、鬼徹にはここに残ってもらえることになった。

 これで、仮に俺たちとすれ違いで襲われても大丈夫なはずだ。


 残るは、『はじまりの部屋』にメンバーとの調整だな。







 部屋に再度戻ってみると——どうやらちょうど話し合いが終わったのか、今度は俺が入ってきたことを全員が認識してくれた。


「羽生。ユーイから話は聴いたかと思うが、国内組はどうする?」


 早速本題を切り出す。


「その件ですが、我々はユーイ殿の話にあった軍事施設の調査。可能であればその破壊を試みます」

「……それは、俺たち以上に危険だぞ?」

「承知の上です。むしろ、今叩けるのであれば、相手の戦力を大きく削ることができます。それに——若い者たちの実践としては、またとない機会かと」


 羽生の発言に、新兵組がピクッと反応し、表情を固くする。

 だが、そこには不安というよりも、意欲を感じる。


「だが——」

「一斗、あなたが選んだ先鋭よ。心配したい気持ちはわかるけど、時には大将として気持ち良く送り出してあげるのも、あなたの役割よ?」

「ああー!! そう言われっちまったら、送り出すしかねぇーじゃないか」

「うふふふ。でも、マイが言わなくて結局送り出すつもりだったのでしょ?」


 ……見透かされてるな。

 羽生を国内組のまとめ役としてお願いした時点で、羽生が決めたことを信じるのが今の俺にできることってわけか。


「ケイン・シーナ・レイ・ロイド・ククル、エルク・カティア・セシル。お前たちの力で羽生が決めた作戦を全力で遂行してくれ!」

「「「はいっ!」」」

「ティスティ、シェムル、梓は、チヒロの指示で交渉の方をよろしく頼む!」

「わかったよ、一斗!」「わかったわ」「わかりました、一斗様!」


 チヒロの方を向くと、彼女は力強く頷いてくれた。


「奇襲は明日の早朝に行う。参加するメンバーは各自順番ができ次第、もう一度ここに集まってくれ」

「「「了解!」」」


 参加メンバーはすぐに退室していく。

 残ったのは、交渉組とマイとユーイのみ。

 俺は野営の準備だけだから、この建物に常備してあるので十分。

 

 <マーヤー>に対して、初めてこちらから仕掛けることができる。そのことが、吉と出るか、凶と出るか。


 (きっとラキューナのやつは俺の行動を読んだとしても、留まっているはずだ。今度こそ話をきっちりつけてやるさ)


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