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05 梓の一日 その2

 私がカリストロに来てから7日が経ちました。


 今まで決まった毎日が続いていた私にとって、たった7日の間ですが目まぐるしく変化していっています。

 それは、対外的な人間関係もそうですし、自分自身の気持ちの変化も大きいです。


 今日は私に初めての先生(・・・・・・)ができたところを中心に、日記に書いていこうと思います。




 ………………


 …………


 ……


 私は朝の鍛錬に初めて参加した日から、ずっと考えていることがある。


 それは、私は世話役しかできないのか?ということに関して。


 実際それが私の仕事だと思って割り切ってきました。

 しかし、色んな方々との出会いから、本当は自分が何をしたいのか、ふと考えたくなったのです。


 たとえば、ティスティ様はシェムル様から社交マナーを教わりながら、外交面で一斗様を支える道を歩まれています。

 マイ様は、賢者カール様やナターシャ様と共になにやら毎日難しいお話をされています。


 しかし、お二人に共通しているのは必ずしも一斗様のためではなく、そもそもご自身が好きだからやっているということ。

 自分がしたくてやるという感覚はこれまでまったくなかったので、お二人の話はとても衝撃的でした。


 じゃあ自分に立ち返ったときは?

 そんなことをグルグル考えていたとき、一斗様が「食料を現地調達して、現地で料理をするのも楽しいかもな」という話をされているのを偶然耳にしました。


 それだッ!


 と私はなんの根拠もなくそう感じたのです。


 そこで、一斗様に「私にやらせてください!」と懇願したところ、「本当か!? なら帰ったら最高の先生を紹介するぜ」と。

 その最高の先生こそ、賢者カール様だったのです。

 一斗様曰く、カールは世界中を旅して、いろんな旅に関する知識や経験は参考になるだろう、ということでした。


 実際にカール様を紹介していただき、わかったこと。

 それは知らないことはないんじゃないかと思うくらいカール様は博識で、食用の野生動植物の見分け方・さばき方だけではなく、天気の読み方、サバイバルで必要な知識はなんでもご存知でした。


 もう興味がある話ばかりで、私はカール様から数多くことを伝授していだきました。

 カール様からは、「梓くんほど、熱心で物覚えが早く、実践できる子は初めてです」と言っていただけて。

 そのくらい、私は新しいことに挑戦する喜びにハマっていたのかもしれません。


 さらに転機が訪れたのが、私は羽生様と共に国交樹立のための立ち上げメンバーに選ばれたことです。


 ただ私は、最初恐縮する想いでいっぱいでした。

 世話役としていか役に立てない私が、みなさんの役に立てるのかと。

 それに、私はなにか有事があった際はまったく役立たずで。


 実際、和平交渉の際に私だけがただ守られる側だったことが、とっても悔しかったんです。


 誰かに何か陰口を言われたわけではなく、みなさんが大事に想っていてくださるのはとても嬉しいですが……

 この気持ちだけはうまく言葉で表現できません。

 だからこそ、ただ世話役としての梓ではなく、梓だからこそできることをやりたいと思ったのです。


 しかし、残念なことに、ナターシャ様の発明した装置によると、私のマナ保有量はずば抜けてあるが、精霊様との相性がまったくないということが判明しました。


 まったくないという人はほぼいないようで、必ず何らかの精霊とは相性が良い、とのこと。

 話を聴いたとき、私の気持ちはどん底に落ちました。

 しかし、その精霊との相性がまったくない人はいないはずだが、何と身近に一人だけいると——それが、一斗様と知ったとき、落ち込んだ気持ちが一気に急上昇。

 私はまだ諦める必要がないんだと気付きました。


 となると、私は魔法が使えなくても、氣功術は使えるかも!?

 そう思った私は、氣のことにも詳しいカール様を頼りました。


「なるほど。梓くんは氣功術を扱いたいんだね?」

「はい……皆さんのように戦うことはできませんが、癒すことはできると思いまして」


 一斗様たちの話を聴く限りでは、氣功術にも治療する術があるということは知っている。


「……梓くん、一つだけいいかな?」

「はい、何でしょうか?」

「私たちは相手を癒すことはできません。ただし、相手が自分自身を癒すことはできます。私たちが相手にできることは、相手自身の癒す力を高めるお手伝いなのですから」

「癒す力を……高めるお手伝い」

「はい。相手に何かをしてあげるという行為は、相手のためになっているようで、実は相手の可能性を奪っているかもしれない。よし悪しではないですがね」


 そういうカール様は苦笑されていました。

 あぁ、きっとカール様も色々思い悩んで今があるんだろうな、と何となく伝わってきます。


 私はこれまで、誰かのためになることを優先してきました。

 もちろん良かれと思って。

 相手の方もそれで喜んでくれるので、これでいいんだ。これがいいんだと。


 けれど、一度考えてみようと思う。

 私がしたいと思うことで、相手が喜んでくれることを。


「梓くんならきっとできますよ。話は戻りますが、今の梓くんにとっておきの氣功術を思いつきました」

「な、何でしょうか!?」


 とっておき!?

 とても気になります。


「<鼓舞こぶ>。その名の通り、励まし奮い立たせること。鼓舞する対象は、治癒力などの潜在能力。対象に何か声をかけるようなイメージで行うと、スムーズに行くかもしれません。やってみますか?」

「はい! お願いします、カール先生!」


 こうして私はカール様に弟子入りして、新たな生活がスタートしたのです。


 とはいえ、師事を決めた後に気がついたのが、カール先生との時間が増えるということは、一斗様をお世話する時間がなくなるということ。

 その事実に気がついてすぐに一斗様の元に戻り、事情を説明すると——


「そんな楽しいこと考えているのか!? 俺の許可なんてもちろんいらないからどんどんやれよ。まぁ、ちょうど良かったか」

「ちょうど良かった、とは?」

「実はな、ちょっとこれから夜まで戻らない日や数日遠征する可能性が出てきたんだ」

「では、私も——」

「いや、梓はこっちに残っていて欲しい。俺がいない間の連絡役になってほしい。頼めるか?」

「……はい、わかりました」


 頼っていただけるのは嬉しいですが……

 やはりご一緒できないと思うと、気持ちがモヤってしてしまいます。


「もちろん本格的に各地をまわるときには、梓も同行して欲しい。その時に、特訓の成果見せてくれよな?」

「は、はい! もちろんです!」


 一斗様は本当に私が言われて嬉しい言葉を、自然と言ってくださいます。

 おかげで私には目標ができました。


 まずは、遠距離の遠征で馬車を使わずに移動できる術を身に付けること。

 そのためには、まず朝の鍛錬で一人で森林地帯まで行くことができるようにならないといけませんね。

 そして、私だけの氣功術をマスターすること。

 これは私自身への挑戦で始めたことですが、一斗様と旅するとき披露すると約束しましたから。


 それからというものの、私はとにかく時間さえあればカール先生のところで、氣功術を学び続けました。


 想定外で良かったのは、朝の鍛錬メンバーではない方々との交流関係が増えたこと。

 とりわけ接する機会が多いのは、ナターシャ様とマイ様。

 特に、カール先生はナターシャ様用の研究室に入り浸っているので、必然的にお話する機会が増えました。


 ナターシャ様は人族でも鬼人族でもなく、精人族という希少種ということは、彼女から伺いました。

 精人族であるが故に捕らえられ、悪事に加担させられた過去があることも。

 そういえば、一斗様の側近であるユーイ様は私と同じ鬼人族と人族とのハーフで、そのこで虐げられた過去があると伺ったことがあります。

 そう考えますと、私はどれだけ恵まれているのでしょう。


 ハーフデーモンだからと言って虐げられたことは、これまで一度もなく。

 むしろ、鬼徹様に大切に育てていただきました。

 それに、今だって種族が違うからって、変な目で見られることはありません。

 以前であれば、鬼人族であるだけで人族から目の敵にされ、人族であるだけで鬼人族から蹂躙されるという構造があったと聞きます。


 ですが、ナターシャ様もユーイ様もそんな過去があったとは思えないくらい活き活きとされ、とても魅力的に感じます。

 みなさんと共に過ごすことで、私も魅力的になれるのでしょうか。


 そうそう。

 魅力的といえば、マイ様!


 綺麗な方や可愛い方は当然鬼人族にもいたし、人族にもいるけれども、マイ様の魅力は外見的なものとは違うように感じます。

 あ、もちろん可愛くないとかそういった意味ではなく。

 自然と惹きつけられてしまう雰囲気というのが、マイ様にはあります。

 一緒に話してみたい。

 一緒にご飯食べてみたい。


 そう、マイ様と一緒にいたいと思えるのです。


 それはナターシャ様やカール先生も同じようで、マイ様がいないと「マイさん(くん)、いつ来ますかね?」という話題が、私たちの間でよく起きるのです。


 私は先日マイ様に魅力的であることを伝えると――


「えっ!? うん、ありがとう! でもね、私が魅力的に見えるということは、梓も魅力的だからだよ♪」

「そ、それはどういう意味でしょう?」

「うーん。それは梓へのしゅ・く・だ・い。楽しんで考えてみてね」


 そう言って、満面の笑みを浮かべ、私の両手をギュッと握ってくださった。


 一斗様にしても、カール先生にしても、マイ様にしても。

 すぐに答えを教えてはくださらない。

 それは意地悪とか嫌がらせではなく、私の意見を尊重してくださっているのだと、最近気が付いたのです。


 ……


 …………


 ………………




 筆を置き、日記を閉じる。


 思い返してみると、明らかに自分は変わっていっている感じがわかります。

 その変化はあの独りだった300年間のときよりもある気がする。

 そう思うと、今がどれだけ濃厚なのでしょうか。


 そんなことを思いながら、布団に入り寝る準備をしました。


(一斗様は今日はお戻りにならないので、明日笑顔でお迎えしましょう)


 今日も気持ちよく寝ることができそうです。



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