04 楽しみな難題
◆リハクサイド 公務室
クレアシオン王国、鬼王国と我が国リンドバーク帝国の和平協定が結ばれてから、早三日が経つ。
クレアシオン王国と最初に同盟交渉の話があって以降、我が帝国の情勢は大きく様変わりしている。
まずは、国外の情勢について。
300年前の大戦以降、ほとんど国交がなかったクレアシオン王国と交流が始まった。
しかも、同じタイミングで<マーヤー>という謎の組織と封印が解けた鬼人族に立て続けに狙われ、再び波乱の時代が到来したのを肌で感じたものです。
その後、クレアシオン王国との連合軍で結成され、二度鬼人族で戦があって。
鬼人族からの思いもよらぬ形で向こうから和平交渉の申し出があり、先日ついに三国間和平協定が結ばれるに至る。
国内の情勢については国外の情勢に大きく左右され、ある意味鬼人族の脅威によって小国間の小競り合いがなくなり、帝国として一致団結する流れができただろう。
「問題は教団ですね。彼らは権力だけ振りかざす無能な集団ですが、無下にできないのが煩わしいです。解体させてしまいましょうか」
そう呟いてみてはものの、未だ教団を指示する国民が多いと聞く。
とはいえ、クレアシオン王国であったような不穏な動きもあるかもしれないので、油断はできませんね。
色々な悩ましい問題はさておき、現在我が帝国においても、私自身においても最も重要な案件が三国間の国交樹立である。
もうこれだけに関わっていきたいと思うくらい、この案件は難題なだけに面白い!
なにせ、この国交樹立の施策として始まる留学制度。
その成立にはあの方が関わってくれることになったのだから。
世渡一斗――我が国でも王国でもない、異なる世界からやってきたという青年。
彼には同盟成立時だけでなく、数々の場面で自分や部下の命を、そして、国を救ってもらった。
それは我が国だけではなく、他の二国も同様で。
そして、一斗殿の周りには最近まで敵同士だった者同士が、いつの間にかあたかも旧知の仲かのように接している。
彼の前では、敵味方という区別すら意味を成さないのかもしれませんね。
ところが、当の本人にその認識はまったくないようで、立身出世にはまったく興味なし。
一斗殿は自由に振る舞えるときが最も活き活きするようで、直接的な誘致はどの国もうまくいっていない様子。
それに、彼が今回帝国にまで足を運んでくれたのは、マイ殿のためと聞く。
そのマイ殿は無事に目覚められたことで、目的は達成されたわけである。
ということは、彼がこの国にも、どの国にも留まる必要はなくなったのである。
なんとしてでも、これからも一斗殿には関わってほしいとソニア様や鬼徹様と和平交渉前日に話し合った。
ところが、なかなか良い案が思い浮かばなかったときに、ティスティ殿からの助言が。
『一斗は難しい会議の内容をほとんど聴きません。なので、最後に了承だけもらうのはどうでしょう? マイにお願いすれば間違いなく成功しますよ』と。
正直、私もソニア様も鬼徹様も、ティスティ殿の助言には半信半疑でしたが――結果は、大成功!
実は、協定の条文には一斗殿と鬼徹様で話し合った三か条の他に、もう一か条を追加していたのである。
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一.各国に交流できる拠点の設置および適当な人材の派遣
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さらに、但し書きで『なお、第4か条については世渡一斗に一任し、各国は最大限支援すること』というオマケ付きで。
その事実に後日気付いたとき、彼は猛反対してきましたが――
「男に二言は――」
「――ない」
というマイ殿との短いやりとりで、ようやく事態を理解していただき、彼を基点に国交樹立に向けた動きはスタートしています。
どうやら一斗殿は三国どの国からも人選しているようで、先ほどチヒロが嬉しさを隠しながら報告してくれました。
帝国からは、チヒロと新兵であるエルク・カティア・セシルを人選したようです。
三人は最初渋っていたようですが、一斗殿から『戦いだけがすべてじゃねーぞ。戦い以外でも何ができるのか一緒に考えてみないか?』という言葉を吟味して、最終的に了承したようだ。
マヒロは自分が選ばれなくて不平そうでしたが、今彼女まで引き抜かれてしまっては私が参ってしまうところでした。
果たしてこれからどんな形で情勢が変化していくのでしょうか?
今からとても楽しみです。
◆羽生サイド
和平協定が結ばれて三日経つが、鬼徹様と私は未だ和平交渉が行われたリンドバーク帝国首都カリオストロにいる。
というのも、三つほど理由がある。
一つ目は、現在鬼ヶ島にある城は半壊しており、鬼徹様と共に帰還しても不自由をおかけしてしまうこと。
最初にバロンという奴の奇襲により鬼徹様のお部屋も半壊しているし、隕石接近の影響が少なからず城全体に出ており、ただいま急ピッチで復旧している。
二つ目は、鬼徹様・ソニア様・リハク様との会談が、協定が結ばれた後もずっと続いていること。
元々ソニア様・リハク様同士も一度しか面識がなかったようで、お互い腹を割って話し合う必要があると感じていたようだ。
その最初の会談を台無しにしてしまったのは我々だったのだが……。
その件について鬼徹様は改めて謝罪したようですが、『けれど、そのおかげで結束出来て今があるのです』とソニア様に言ってもらえたことに、鬼徹様は一国の王としてソニア様を大層気に入ったことも大きいかもしれません。
そして、三つ目は、国交樹立に向けて私が鬼王国側の代表に選ばれたこと。
これは一斗殿からの人選であったが、たとえなくとも彼に懇願するつもりであった。
人族の訓練について自ら体験して、自国に持って帰るつもりが、今は体験するだけで正直精一杯。
まず、カリストロ来訪初日にあった一斗との一対五の模擬戦があまりに衝撃的だった。
我々五鬼将に匹敵する人材が帝国にも、王国にもいること。
それらを全員に相手しても何時間まで互角な戦いを見せた一斗。
それに、連携して戦うことの意義みたいなものを、初めて体感した。
実際のところ、我々鬼人族は人族からすると一般兵であったとしても、一騎当千の力がある。
だから、前大戦時もそれぞれがバラバラに戦うだけでなんとかなってしまい、そもそも連携して戦う必要がなかった。
しかし、今後はそうはいかないかもしれない。
現に、人族で我らと対等に戦える存在がいて、力が劣っていても侮れない実力を示す者たちがいるからだ。
私が模擬戦で戦う前に、一斗殿と戦った者たちはなんとまだ新兵で、まだ実践経験もほとんどなかったらしい。
それでも、十分脅威に感じたのだから。
以上、三つの理由があって私は鬼徹様と共に滞在を続けている。
そして、私には国交樹立の話の前に、なんとしてでもクリアしなければならない関門ができたのである。
その名は――一斗特製無限スパイラル。
………………
…………
……
「一斗特製無限スパイラル? ケイン殿、それは一体なんでしょうか?」
和平交渉が行われた日の夜。
身内だけで行われた祝賀会で、目の前に座っているケイン殿が話した気になる言葉について訊いてみた。
「一斗先生の、無限に、絶え間なく続く特別メニューのことを、僕らはそう呼んでいるんです。朝の鍛錬に参加しているメンバーには洩れなくなくついてます」
一斗殿の一番弟子といわれるケイン殿はそう答えてくれた。
「無限に続くといっても、鍛錬なのでたいしたことないのでは?」
自らを鍛えるためのものだから、もちろん疲弊はしても、そこまでではない気がするのだが――なぜか、ケイン殿と隣にいるシーナ殿から苦笑されてしまった。
「多分今羽生さんが思っておられることを、朝の鍛錬に参加しているメンバーにお伝えしたら僕らときっと同じ反応をすると思いますよ。せっかくだから、一度体験してみませんか?」
「そうですよ! レオナルドさんやマヒロさん、チヒロさんも参加されますので」
ほぅ、あの三人も参加するのか。
一緒に戦ったあの三人は、間違いなく三国間でもトップクラスの猛者。
しかも、鬼徹様と互角に渡り合った一斗の特別メニューというのは、正直とても気になる。
「わかりました、私も参加させていただきましょう」
「それでは、明日の朝四時に羽生さんの宿舎前に集合でお願いいたします」
んんっ!?
……どうやら、私は早速踏み込んではならない領域に、足を突っ込んでしまったようである。
朝の鍛錬に参加して三日目で、一斗殿の特別メニューは確かに特別であることが理解できた。
それぞれの現状に合わせたメニューが組まれているのもそうだが、師事する相手が必ずしも一斗殿とは限らないのだ。
たとえば、私との戦闘経験から私が近接戦闘が苦手ということと、対応策を用意していないことを見抜かれていた。
その上で、近接戦闘でも優位に戦えるように、あえて近接戦闘に得意なチヒロ殿を人選したと思われる。
彼女の二刀流は本当に厄介で、回避しても回避しても次々に流れるような連続攻撃がやってくるので、ただ回避しているだけではすぐにジリ損になる。
二日後にようやく攻略できたと思いきや、次のステージとか言って、次は制限時間が2倍の10分になり。
それもクリアしたと思ったら、また2倍の20分。
そして、次はチヒロ殿が遠距離攻撃としての圏と、近距離攻撃としての小太刀を交えた不規則攻撃を回避し続けるという難題。
もう圏の二刀流が赤子レベルに思えるくらい、難易度が一気にグッと上がった。
距離をとれば圏がどこからともなく飛んできて。
それらをかわしても、次の瞬間には小太刀二刀流による正確無比な太刀がすぐさま襲い掛かってくる。
これが最終メニューだと思いたいくらいの高難易度。
けれど、そう思ったことをチヒロ殿に話すと、「まだまだ貴方はスパイラルに入っただけ。これからが本番」という助言が……私は無事に鬼ヶ島に帰ることができるのだろうかと、この時本気で危ぶんだのである。
……
…………
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逃げ回っているだけだからまったく強くなった気はしないが、身体能力はかなり向上した実感がある。
氣が上手く扱えるようになった影響か、日常の動作一つ一つが楽になり余裕が出来てきた。
鬼徹様からも「最近隙がなくなってきたな」というお褒めの言葉までいただいている。
自分のことばかりになってはいたが、こういった体験は一日も早く他の五鬼将や部下たちに体験させてやりたかった。
そのためにも、歴史上まだ成し遂げたことのない多種族間の国交樹立。
もちろん難題ではあるが、それに向けた動きを形にしていく今を楽しんでいきたいと思う。




