03 梓の一日 その1
私の名前は、梓。
鬼人族と人族のハーフ。
私は父のことも母のこともよく知らない。
幼い頃に亡くなったらしい。
そんな私をなぜか鬼徹様はとても可愛がってくださった。
しかし、十歳になったとき鬼徹様を含む鬼人族のみんなは封印されてしまい、忽然と姿を消してしまう。
以来、私はずっと独りで鬼ヶ島に住み、みんなが戻るそのときまでお城を守ることを課してきました。
教養はほとんど城にある書庫から身に付け、城中のお掃除する毎日。
けれど、寂しいと思ったことは一度もなく。
戻ってこられた時のための準備を万全にする毎日を過ごしているうちに、いつの間にか300年経っていました。
鬼徹様たちが戻ってこられて、今度は世話役として鬼徹様のために尽くすことができるように。
ところが、幼少時代の恩返しができる喜びを感じるのも束の間、人族との和平をする話が浮上。
私は人族の代表を丁重にもてなすために、鬼徹様に同行することになりましたが、正直最初は気が乗りませんでした。
だって、大切な鬼人族のみんなを300年間も封印した相手なのだから。
しかし、この時の出来事が、これまでの私が変わっていく分岐点となるのです。
そのきっかけとなる方が、人族の和平交渉代表の、世渡一斗様。
何の縁か、今は和平交渉の流れで人族の城下町で生活することになり、しかもお世話する相手が、鬼徹様ではなく一斗様になっています。
もちろん鬼徹様のお世話をさせてほしいと直々に懇願したのですが——
「これからの鬼人族のためだ。よろしく頼む」
と言われてしまったらお断りするわけにもいかず、今に至っています。
また、お世話をする上で、一斗様が泊まっている宿に泊めていただくことになったのですが、なぜかマイ様に説得されて一斗様と同室で寝ることに。
未婚同士の殿方と同じ部屋で寝食を共にするのには、とても躊躇したのですが——
「あなたが一番安全なの! 一斗をよろしくね!」
と今度はマイ様にもお願いされてしまい、本当に身近で一斗様をお世話することになったのです。
とはいえ、一斗様のお許しも得ようとご相談に伺ったところ——
「俺には、発言権も拒否権もないんだよ……しくしく」
と言って、なぜかいじけてしまわれました。
ただ、「梓なら安心だ」と言っていただけことがとても嬉しかったのです。
こうして一斗様との生活が始まるわけですが、毎日がとても刺激的で。
そんな1日を思い出しながら、日記に書いていこうと思います。
………………
…………
……
お世話役の私の1日の始まりは、朝食の支度があるため基本的に早く朝五時には起床しています。
ただ、一斗様は私よりも早く起床して、すぐに出かけられます。
何をしに行くのかと伺えば、「朝の鍛錬だよ」と。
訓練と鍛錬は違うのですかと質問すると、「訓練はやらされるもの。鍛錬はやりたくてやるもの」と。
一斗様の話によると、朝の鍛錬はお一人ではなく、昔からティスティ様とケイン様と一緒にやっておられたようで。
それが今では、新兵の方だけでなく、チヒロ様や総大将のレオナルド様・マヒロ様も参加されているとのこと。
さらに、私たち鬼人族との和平が成ってからは、何と羽生様も鍛錬に参加されているようです。
やりたくてやる鍛錬がどんなものか気になった私は、一緒についていってほしいと一斗様に懇願したところ、「そうしたいと梓が思うなら、大歓迎だぜ」と言っていただけました。
そして、今日が初めての鍛錬参加初日の朝。
私は初めてのワクワクで夜眠れなくて、ついつい徹夜してしまいました。
布団に寝ているだけではつまらなかったので、一斗様のために朝のお弁当を用意して。
ただ、途中で一斗様だけではなくて、他の方の分も作りたくなってしまい——
「も、ものすごい量だな……」
「申し訳ございません! 作るのが楽しくなってしまいつい……遠くまで持ち運ぶ必要があることを失念しておりました」
一斗様は呆然としていましたが、途中で何か黙々と考えことをはじめました。
沈黙の間が耐えきれなくなった私は、打開策を提案することに。
「持っていけるだけの量に絞って、残りは保存できるように——」
「いや、ちょっと待て……そうだ! いい案を思いついたぞ! 梓、これら全部持っていけるように用意しといてな! ちょっと行ってくる」
「えっ、えっ!?」
言うだけ言って、一斗様は厨房を物凄い勢いで出ていかれてしまいました。
今度は私が唖然とする場で。
しばらくしたら、一斗様はティスティ様とケイン様、それにシーナ様を連れて戻ってこられました。
「ほ、本当にすごい量ね」
「これ全部料理ですよね」
「なるほど……それで、一斗さん。これをどうするんですか?」
「それはだな——」
とてもウキウキとした表情で、一斗様は三人の方にあることを提案したのです。
◆首都カリストロ近郊 森林地帯
「ふぅ、なかなか難しいもんだな」
「む、難しいってもんじゃないですよ、一斗先生!」
「そうだよ、そうだよ!」
「とは言っても、ティスは余裕そうだったぞ?」
「「ティスはあなたと同類です!」」
ケイン様とシーナ様の息ぴったりの発言に、一斗様は苦笑。ティスティ様はなぜだか頬を赤めています。具合でも悪いのでしょうか。
鍛錬をするこの場所までは、カリストロから約40キロ。
歩いたらだいたい10時間くらいかかる道のりを、たったの1時間で完走。
しかも、四名とも重たい荷物を背負って。
一斗様は私を背負ってでしたが、背負いきれなかった荷物は、なんでも氣功術というもので空中に浮かせながら走っていたようです。
原理はさっぱりわかりませんが、これだけははっきりと言えます。
そんな摩訶不思議なことができる時点で、ケイン様とシーナ様も、一斗様やティスティ様と同類です。
鍛錬の場所にはすでに皆様集まっており、各々で鍛錬は始めているようです。
剣で素振りをする方。
組手というものをしている方々。
座禅している方。
さまざまですが、皆様とても真剣です。
「みんな〜、ちょっといいか! 今回はなんと! 梓が俺たちの分の料理を作ってきてくれたぞー!」
「「「お〜!!」」」
「な、なにー!?」
「早く食べたい!!」
一斗様が大声で声掛けすると、鍛錬していた人たちが一瞬で私たちの周りに集合していました。
「待て待て! 今食べたら鍛錬できなくなるだろ?」
「なので、梓さんにはみなさんが食べることのできる状況を作っていていただいて、その後食事にしましょう!」
「「「おー!!」」」
「ただし!」と一斗様が言った途端、なぜか皆様が一斉に硬直してしまいました。
「今日はそれぞれ特別メニューを考えておいたから、それをこなしてからな。以上、解散!」
「「「お、鬼ー!!」」」
「は〜、今日も1日楽しみだぜ!」
青ざめている人、ブーブー抗議している人。
反応は色々いましたが、結局皆様は元の場所に戻っていかれました。
「一斗様! 一つご質問が」
「ん、なんだ?」
「なぜ、皆様はあなた様のことを『鬼』って呼んだのでしょうか?」
「あ〜あれな。人族の間では、ひどい仕打ちをするやつを『鬼』って呼ぶ風習があってな」
「そ、そんなぁ」
それこそ酷いです。
別に私たち鬼が悪さをしたわけでもないところで、悪者扱いだなんて。
「だがよ、今の俺には褒め言葉だぜ! なにせ、梓や鬼徹たち鬼の仲間入りができた感じがするからよ」
ニカッと屈託のない笑顔を浮かべて、そう私に言ってくださいました。
その一言が、落ち込んだ私の心をスッと救ってくれた感じがします。
「はい、そうですね♪」
皆様が仰る通り、一斗様は本当に変わった方です。
それから私が準備を進めている間に鍛錬は続いているようで、だいぶ賑やかになってきました。
ズドーンッ!
ズバババッ!
バリバリッ!
ドッカーンッ!
え〜っと……。
賑やかというよりも騒がしいという方が正しいかもしれませんね。
あちらこちらで模擬戦をしているようですが、素人の私の目からみると本気の戦いをしているようにしか見えません。
フッと視界にある方が目に付き、ご飯の準備は終えたのでそちらの方へ足を伸ばしてみることに。
ある方とは羽生様です。
近くには一斗様とチヒロ様がおられました。
羽生様は人族の訓練を学ぶために参加していると伺いましたが、参加した初日はとてもぐったりされておられました。
「……早速ですが、あやつらが強くなる理由がわかったかもしれません」と、鬼徹様にご報告されている様子がとても印象に残っています。
「これが氣というものなのか?」
「そうだ。普段は無意識で使われているが、意識してみると違うだろ?」
羽生様の体の周りがボワッと光っています。
その感じは先ほど一斗様たちが氣功術を使われていたときと似ており、光の色はどことなくティスティ様と同じ赤色に見えます。
「そうだな……力強くもあり、優しくもあり、いろんな感じがする」
「いきなりそこまで感じられるとは流石だな。この氣をちょっと応用すれば——」
そういった瞬間、一斗様が消えてしまいました。
「ここだよ」
突然私の後ろから声が聞こえたので、振り返ってみるとそこには一斗様がいつの間にかいました。
「これが<疾風迅雷>。〈解〉で各器官の潜在能力を一部解放し、俊敏性を高める氣行術の一つで、俺が最も得意としているやつだ。体内の氣の扱いが得意なあんたなら、きっと使いこなせるはずだ」
「なるほどな……よしっ! <疾風迅雷>」
今度は羽生様の姿が消えた——と思ったら、次の瞬間には私の目の前に!?
「あわわわっ」
驚きのあまり、はしたない声をあげて尻餅をついてしまいました。
「はっはっは! すまないな、梓」
「いえ。早速ものにされて素晴らしいです、羽生様!」
「うむっ」
私の手を握って助け起こしてくださった羽生様は、どこか満足気で、とても嬉しそうだ。
「お、やっぱりな。それじゃあ、いよいよ本番だ。チヒロー!」
「何、一斗?」
すると、チヒロ様も瞬時に一斗様の近くに移動された。
一斗様はチヒロ様が近くに来たのを見計らって、羽生様とチヒロ様に向かって話し始めた。
「羽生は遠距離からの攻撃が専門だが、近距離戦は苦手だよな?」
「……その通りだ」
「近距離戦をできるように鍛錬するのもありだが、得意な遠距離戦の実力をもっと伸ばした方がいいと俺も思う。そこでだ! 俺の提案として、羽生にはまず逃げ切る術を身に付けてもらう」
「「逃げ切る術?」」
「そうだ。もちろんただ逃げるわけではない。仮に近接戦闘を得意とする相手と戦うことになっても、常に相手との間合いを維持できるようにだ」
「そういうことですか……ということは、つまり――」
「あぁ。羽生、あんたにはチヒロからの攻撃に対して反撃しないで、ただひたすら回避だけしてもらう。一度でも攻撃にかすったりしたら失格。制限時間は5分だ」
「そういうことならば、承知した」
「チヒロ、頼めるか? 最初は素手だけで」
「もちろん。私に任せて」
「チヒロ殿、よろしくお頼み申す」
「わかりました」
そういう経緯で始まった、逃げ切る術を身につけるという羽生様の鍛錬。
最初の鍛錬はすぐにクリアされた羽生様。
しかし、鍛錬はここから始まったようなものでした。
次からはチヒロ様は、圏という武器を所持しての鍛錬。
二刀流の圏から繰り出されるチヒロ様の攻撃は、とても洗練されて美しい舞――そう、まさに演舞。
その洗練された攻撃に羽生様はとても苦戦され、すぐに攻撃があたってしまいうため、何度も失格されています。
かれこれ1時間経ったとき――一斗様が鍛錬終了の合図をされ、今日の朝の鍛錬は終了となりました。
「はぁ、はぁ、はぁ、なるほど。これが、私に欠けていたのですね」
「欠けていたというよりも、本来はそれが強みになるはずだったものだ」
「……かたじけない。チヒロ殿もありがとうございました。また、明日もお願いできますか?」
「うん、問題ない」
「俺からも頼むぜ、チヒロ」
「うん」
チヒロ様は一斗様に頭をトントンされ、表情ではよくわからないですが、どこか嬉しそうな雰囲気は伝わってきます。
「私もしてほしいなぁ」
「ん? なんか言ったか、梓?」
「い、いえ! それよりご飯の準備はできていますので、皆様に食べていただいてほしいです」
「おっ、そうだったな! おーい、皆の者ー! 待ちに待った梓の手料理を食べまくるぞ――って、お前ら先に食べるな!」
一斗様はそう言って、慌てて食事を用意した場所に急行されました。
「本当に変わっているやつだな、一斗という男は」
「はい。私もそう思います、羽生様」
変わっている、という一言でしか言葉で表現するのが勿体ないと私は思いました。
しかし、「一斗は魅力的。だから、みんな彼の下に集まる」というチヒロ様の一言で納得しました。
だからこそ、鬼徹様は彼と出会うことで復讐ではない道を選択され、これまで一歩も踏み出せなかった和平への道が開けたのでしょう。
皆様と笑顔ではしゃいでいる一斗様を見て、私はそんなことを実感したのです。
……
…………
………………
「あずさー、そろそろ俺は寝るな」
「あ、はい! おやすみなさいませ、一斗様」
「おぅ。おやすみ、梓」
そう言うと、一斗様はもうスヤスヤと眠ってしまわれたようです。
はぁ、朝を振り返るだけで、1日分の紙を使ってしまいました。
毎日が濃厚すぎて、書きたいことを書ききれません。
また今度、続きを書くことにして私も寝ましょうか。
日記を閉じて、机の引き出しにそっとしまう。
灯りを消して、私も布団に入ると、いつの間にか眠ってしまっていました。




