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02 和平交渉

 一斗たちがカリストロに戻った翌朝、三国間での和平交渉が始まった。


 各国から代表者二名が参列。

 クレアシオン王国からは、ソニア王女とライン親衛隊長。

 リンドバーク帝国からは、リハク宰相とマヒロ執務官。

 鬼人族からは、現鬼王である鬼徹と五鬼将筆頭将軍である羽生。

 そして、鬼徹からの推薦で三国間の中立的な立場として参列することになった、一斗とマイ。

 以上、八名によって行われた和平交渉は、後に「奇跡の会談」と呼ばれるようになり、後の世に長く語り継がれるようになる。


 会談は鬼ヶ島での教訓を活かして、リハクの領地内に急遽建設したコテージで実施されることになった。

 城で実施しなかったのは、もちろん奇襲を警戒してのことである。

 そして、大きい城全体の警護を固めるには人員がかなり必要であるし、城自体に攻撃を受けたときに二次被害も想定されたことも大きい。


 その点、周囲に何も建物がない位置にあるコテージであれば、二次被害の危険性もないし、仮に襲撃を受けたとしても見晴らしがいいため対応しやすい。

 人員も要所要所に配置するだけで済む。

 見晴らしのいいところにはユーイ・シェムル・ケインといった感知力が高く、遠距離狙撃できるメンバーが配置。

 コテージの入り口には、レオナルドとチヒロ。

 ティスティは戦闘力がない梓が狙われる危険があるかもしれないと踏んで、梓の警護を兼ねてシーナとともにリハクの住居で待機。

 そして、他の兵士たちは厳重警戒体制の下で、持ち回りの場所を警備することになった。




 *




「それでは、これより三国間和平交渉を進めさせていただきます。司会は私マヒロ・ハルメンが務めさせていただきます。まずは各国の代表者様をご紹介させていただきます。鬼王国より、鬼王・鬼徹様、五鬼将筆頭将軍・羽生様」


 鬼王国という名前は、この和平交渉で結ぶ予定である協定時に必要だという話になり、決まった名前であった。

 鬼人族が治める領土を人族が国として認める。そういう話である。


「続いて、クレアシオン王国より、女王ソニア・ウル・フィオリーナ様、親衛隊長ライン・スターディア様」


 肩っ苦しい場は苦手だと豪語していたラインだが、随分様になっている一斗は感じた。

 公の場に出席する機会が増えたことも一つの要因だと思うが、ラインなりの覚悟だとも感じている。


「リンドバーク帝国より、宰相リハク・マッケン様。そして、私執務官マヒロ・ハルメン」


 リハクの右腕として、常に期待以上の働きをしてきたマヒロ。

 補佐する立場では重要な会談の場に参列し、帝国の威信をかけてこの場に臨んだマヒロは気合十分であった。


「最後に、どこにも属さず我々の中立的立場として、世渡一斗様、マリアンヌ・イクシス様」


 マヒロはリハクが用意した原稿を見てマイの本名を読み上げるとき、アレッという表情を浮かべ彼女を見たが、一瞬で表情を元に戻した。


「以上、八名により和平交渉を始めたいと思います。では、交渉を進める前にマリアンヌ・イクシス様より事前に重要な話があるということであります。マリアンヌ様、よろしくお願いいたします」

「ご指名に預かりましたマリアンヌです。けれど、私はマイという名前で今は生きていますので、今後は私のことはマイでお願いします。さて、早速ですが、和平交渉をする上で知っておいてほしい真実の歴史について、みなさんにお話したいと思います」


 マイは淡々と語っていく。


 まずは、自分が鬼人族を風韻した張本人である勇者アレクサンドロの妹であること。

 前大戦では鬼人族と最前線で戦っていたこと。

 そして――、


「双方の被害が増えていったとき、クレアシオン王国と鬼人族の間で今回のような和平会談が行われたわ」

「マイ、それは<オキシリ島>での事件のこと?」

「ええ、その通りよ」


 鬼人族での戦いの火種となった、クレアシオン王国女王の暗殺事件。

 300年よりも以前から、人族と鬼人族との間で争いが絶えなかった。その事態を打開しようと動いたのが、当時であるクレアシオン王国の女王率いる和平派。そして、鬼人族の和平派であった。

 それぞれの和平派のトップが極秘裏に集まった会談は、人族と鬼人族の境界線にある島<オキシリ島>で行われた。


「あの事件によって、和平の道は閉ざされ、全面戦争にいたった。ここまではいいわよね? ここで一つ確認があるの。ソニア、あなたの国ではあの事件のことをどんな風に伝わっているの?」

「……『鬼人族の企てにより、王国側は女王を含めてすべて暗殺された』と唯一生き残った者が証言した、と」

「馬鹿なッ!」

「……羽生、静まれ」

「けれどッ! ……失礼いたしました」

「では、鬼徹。あなた方の方ではどのように伝わっていたの?」

「……『卑劣な人族が我らの王とその重臣たちを皆殺しにした』と」


 鬼徹の告白を聴いたとき、その場の出席者は皆思ったはずである。

 話が食い違っている、と。


「そう、この事実こそが繰り返される歴史の真実を物語っているの。私はある目的で、鬼人族との戦いの一線から退いていた。そこである調べものをする過程で知ってしまったの。二国間だけで進める和平交渉は必ず決裂すると。第三の存在の手によって」

「第三というと、前回でいえば帝国なのか?」

「いいえ、ライン。帝国ではなかったわ。おそらくどの国にも属していない組織」

「<マーヤー>ですか……そういえば、我が国とクレアシオン王国の和平交渉のときも。そして、先日の鬼ヶ島での和平交渉のときも、彼らに狙われましたね」


 リハクが整理した話はマイの話を裏付けるものであった。


「私は組織の名前までは掴んでいなかった。けれど、和平の道を途絶えるのはなんとか阻止しようと現場に向かったわ……着いた時にはすでに遅かったの。そんな中、生存反応を感じて救った命がある。それが――」

「鬼徹様と私です」

「「「!?」」」


 まさかのマイと羽生の告白に、一同驚愕した。


「けどね、助けてあげたのに鬼徹は全然私のこと信じてくれなかったの。それでね」

「「「それで?」」」

「『信じてほしくば一騎討ちしろ』って話になったから、私が彼をボッコボコにしたの♪ ねっ、鬼徹?」

「……」


 鬼徹が俯いたまま無言でいるということは、本当のことなんだろうと皆が悟った。


「それで、ようやく話を聴いてくれるようになった彼らを鬼ヶ島まで送ったの」

「一体どうやって送ったのでしょうか?」

「もちろん魔法でよ、マヒロ。でも大変だったんだから~。行ったことのない場所へは直接行けないから、鬼ヶ島の方角に向かって何度も繰り返しワープして。よつやく鬼ヶ島に辿り着いたときには、マナは底をついていて」

「そして、力尽きたマイ様を、鬼徹様と私が極秘裏に保護したのです」


(だからか、鬼ヶ島の城から見える景色を懐かしそうに眺めていたのは)

 一斗はマイの様子がいつもと違っていたので、そのときのことをよく覚えていた。



「こういった経緯もあって、私は二人とは縁があったの。まさかあのとき縁が、今回活きるようになるとは思っていなかったけれど」


 マイが言っていることは、一斗も納得するところがある。

 思わぬところで縁が繋がることは、アイルクーダのまちでの出来事から明らかなのだから。

 たまたま、ハルクと出会ったからティスティとの縁ができて。

 ティスティとの縁ができたから、ケインとの縁ができて。

 奇縁な繋がりに一斗は、心の中で感謝した。


「語られている歴史には必ず裏がある。私は勇者アレッサンドロと鬼徹の兄・一鉄との間に起きた出来事も、裏があると考えているわ――話はそれてしまったけれど、そういったすれ違いの過去を乗り越えて、今がある。そのことを踏まえた上で、あなた方国の代表には和平の道を創っていってほしい」

「……我はマイと同意見だ。兄者のことや封印された過去に縛られず、今どうしていきたいかを大切にしたい」


 そう言う鬼徹には本当は割り切れていないこともたくさんあって。

 それでも、和平にかける強い想いが、その場の雰囲気を一気に熱くした。


「鬼徹様の仰る通りです。互いを非難し合っても、何も生まれない」

「ならば、これまでの歴史でできなかったことを、我らで実現させましょうぞ」


 そう、辛い過去を決してなかったことにしてはいけない。

 無理やりなかったことにしようとしても、余計に想いが募るばかりである。


 ならば、これからどうしていきたいのか?


 どのように付き合っていきたいのか?


 そこからまた新たなご縁が繋がっていくのだから。




 *




 マイの告白から始まった和平交渉は二時間が断ち、すでに和平協定に向けた具体的な話し合いが始まっている。


 俺の出番なくねぇ。


 というのが、正直な感想である。


 なにせ会談が始まってから、俺は一言も発していないのである。

 けっして、意見を求められるわけでもなく。


 マイにも俺が必要なのかと事前に確認してみたが、「あなたがそこにいてくれるだけでいいのよ」という謎の言葉を授かった。

 余計に意味がわからなかった。

 話が難しくなりすぎてさっぱりわからないが、順調に話し合いが進んでいることだけは確かなようだ。


 白熱しているし、意見の相違も起きているようだが、言い争っている雰囲気はない。

 逆に次々に意見がまとまっている様子が伺える。


 まぁ、和平交渉のことは彼らに任せて――俺はこれからどうすっかなぁ。

 眠り姫マイも目覚めたし。

 色々気掛かりなこともあるが、元々旅立つことに決めた目的アルクエードの謎を解明できたわけではない。


 何者かが勇者アレッサンドロに禁術アルクエードを授けたのは間違いない。

 あいつは王国の魔法師と言っていたが……それが誰なのか記録は残っていないようだ。


 それに、アルクエードの活用方法をバスカルがすべて自分で調べたわけではないはずだ。

 恐らく『あの方』と言っていたやつが黒幕と考えるの方が自然。


「一斗」


 う~ん、名探偵がほしい。


「お~い」


 ズゴンッ


「痛ってなー! 犯人はお前か、マイ!」


 マイの奴は、平気で人の頭を杖で思いっきり叩きやがった。


「誰が犯人よ。それよりも、一斗はこれでいい?」


 これでいい?

 マイが指さした方を見てみると、ボードにぎっしり文字が板書されていた。

 詳しい中身は各国で話し合った内容のはずだから、要するに全員の賛同が欲しいってことだろう。


「……もちろんOKだ」


 俺はクールに決めてみた。


「本当に?」


 なんでそこまで念を押す必要があるんだ?

 とりあえず賛同しておけばいいだけだろ?


「あぁ、男に二言はない」


 各代表者も喜んでいるようだが、彼らが話し合いの末決まったことが合意できてきっと嬉しいのだろう。


 うん、俺グッジョブ。


 だが、この時の対応を、後で俺は大いに後悔することになるのであった。



 ~~~~~~~和平協定~~~~~~~


 一.クレアシオン王国およびリンドバーク帝国からの領土の譲渡

 一.交易に対する免税

 一.不可侵条約の締結

 一.各国に交流できる拠点の設置および適当な人材の派遣


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


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