01 手荒い歓迎
◆リンドバーク帝国 首都カリストロ
『人族と鬼人族の窮地を救った英雄が帰ってくる』
その話題で、城下町はずっとざわめきだっている。
鬼人族の襲来を受けて、不安や恐怖を抱く日々が続いた国民にとって、これ以上にないカンフル剤となった。
だが、まだ和平交渉の段階のため、パレードなどの騒ぎは自粛するように、リハク自ら国民にお願いをしたのである。
国民はともかく、一斗のことをよく知る者たちは極秘裏に歓迎する準備を整えていた。
*
――のはずだったが、カリストロに戻った日の夜。
一斗がお世話になっていた宿屋の一室で、動かない物体が一つあった。
「ねぇ、一斗。大丈夫?」
「……」
返事がない、ただの屍のようだ。
「一斗様、いかがないましたか!?」
「……」
返事がない、ただの屍のようだ。
「梓ちゃん、平気平気。ちょっと疲れただけよ♪ ねっ、一斗?」
「……何が……ちょっと……疲れた……だけだ」
ようやく返事のあった一斗に、ほっとする梓。
ティスティは苦笑いしているが、マイはなぜかスッキリしている。
「あいつらめ……今度会ったら……ただじゃあ……済まさない……ぞ」バタッ。
なぜこんなに一斗が疲弊しているのかというと、話はカリストロに戻った昼間に遡る。
………………
…………
……
一斗たちを乗せた場所が城の前まで辿り着くと、そこにはそうそうたるメンバーが揃っていた。
リンドバーク帝国宰相リハクと、執務官であるマヒロ・チヒロ姉妹。
クレアシオン王国女王ソニアと、親衛隊長のライン、総大将のレオナルド。
2大国家の重鎮達がわざわざ出向いてくれたのである。
他にも一斗と縁のあるユーイ、シェムル、ナターシャ。
それに、ケインやシーナとレイ班、エルク班の新兵6人も集まっていた。
「やあやあ、出迎えご苦労!」
シ~ン……
(一度言ってみたかったんだよな、このセリフ)
「心配したぞ、この野郎! よく無事に帰ってきたな」
「お〜、ライン。久しぶりだな! まぁ、なんとか五体満足で帰ってこれたよ」
「一斗」
「一斗軍団長!」
「一斗さん!」
静まった雰囲気を変えるように、ラインが駆け寄り一斗と握手すると、フリーズしていた面々が一斗に駆け寄った。
「さすが、一斗」
「師匠の弟子で良かったです!」
「さぁ、歓迎の準備は出来ています! 早く中へ!」
こぞって一斗を歓迎し、手厚く出迎えてくれたことに喜びに浸っていた――次の瞬間が起きるまでは。
「どこへ行っても人気者ね、さすが私の一斗♪」
そう言いながら次に馬車から降りてきたマイは、一斗の右腕にしがみつく。
「「「……」」」
先ほどとはまた別の沈黙が、周囲を覆う。
「一斗様、私もお供させてください」
マイに続いて降りてきたのは、鬼徹たちのメイド役として同行した梓。
さすがに知らない人たちに囲まれるのが怖くなったのか、一斗の背中をちょこんと掴む。
「「「……」」」
今は一番暑い日中なはずなのに、今度は冷気が漂い出す。
「一斗、鬼徹様と一緒に降りるようにってあれほど約束してたのに!」
梓の次にはティスティが降りてきて、スッと一斗の左手に立つ。
ピキッ!!
その瞬間、亀裂が走る音がどこからともなく聞こえてきた。
「一斗……ちょっといいかしら?」
「師匠……早速ですが、訓練お願いできますか?」
フラフラと体を揺らしながら、マヒロとククリが近づいてきた。
「い、いやぁ。さすがに俺も長旅で疲れたからな」
さすがに身の危険を感じたのか、一斗は後退る。
「ロイドにエルク、命令よ。一斗を訓練場まで連行しなさい」
「「ハッ、チヒロ様!」」
「お、お前らな!」
マイ、ティスティ、梓はすかさず手を離し、一斗から距離をとる。
そして、ロイドとエルクにガッチリホールドされた一斗はマヒロ・チヒロの先導のもとで、連行されていく。
「俺が何したっていうんだー!!!」
一斗の悲鳴が辺りに鳴り響くが、誰も答えてくれるものはいなかったのである。
*
訓練場に連行された一斗は、到着するなり早速相手をしなければならなかった。
対戦相手はレイ・ロイド・ククリのレイ班と、エルク・カティア・セシルのエルク班の混合チーム。
「おいちょっと待て、マヒロ!」
「……何?」
「何って、なんで俺は6人も同時に相手をしなければならないんだ?」
「あなたなら楽勝でしょ?」
「ま、まぁそうなんだが……」
「みんなー! 一斗はあなたたち6人がかりでも楽勝らしいから、全力で戦うのよ! 武器や魔法なんでも使っていいから、実践を想定して思いっきりやりなさい!」
「お、ちょ、ちょっと――」
「「「ハイッ!」」」
「……」
もうなるようになれだ。
一斗は、新兵たちの成長度合いを確認できる絶好のチャンスだと思うことにした。
いつも通り手加減しつつ、おちょくってやろうかとも考えていたが――それどころではなかった。
今まで連携ができ始めていたといっても、まだまだ付け焼き刃的な感じで、付け入る隙が多かった。
ところが、レイを中心に連携がすごくとれていて、休む暇がないくらい波状攻撃が続く。
さらに、個人としての実力も確実に交渉しており、おちょくる余裕なんてとてもなかった。
三十分後――
「はぁ、はぁ、はぁ。やっぱり、師匠は……強いです」
「あったり前だろ! そう簡単に抜かされてたまるかよ。だが、お前らの成長には驚かされたぜ。今度また別メニュー考えておくな」
「「「は、はい(今度は何させられるんだろう?)」」」
一斗の好意に対して、新兵たちは引きつった表情のまま返事をするしかできなかった。
「さぁて、訓練も終わったことだし。食事にしよーぜ!」
「何言ってるいるんですか? まだ相手はいますよ」
「……どこにいるんだよ? 兵隊さんたちは誰もいないぞ?」
周囲を見渡してみても、訓練相手をしてきた相手はいなかった。
唯一残っていたのはケインとシーナだけで、他のメンバーはいつの間にかいなくなっている。
「まさかお前達か? ケイン、シーナ」
「いえ、今回は僕たちではありませんよ」
「ご愁傷様です、一斗さん」
二人して両手を合わせて祈っている。
「(僕たちは? っことは……まさかっ!?)」
一斗がバッと後ろを振り返ると、やつらがいた。
「全力の訓練なんていつ以来かしら?」
「久しぶりの一斗との訓練、楽しみ」
フル装備で準備万全なマヒロ・チヒロ姉妹。
「一斗殿と全力で戦うのは、エルピス以来でしょうか」
『私たちの連携を試す、絶好の的ね』
<マジック・ブレイカー>を取り出して、シャナルを召喚するレオナルド。
「新しい魔法の実験台がちょうど欲しかったところじゃ」
鬼化して、すでに冷気を纏っているユーイ。
「マイ様に誘っていただきました。人族の訓練を体感する絶好の機会と。よろしくお頼み申す」
こちらは鬼神化して、炎を杖に宿していつでも魔法を唱える準備万全な羽生。
「……」
口をパカッと開けて唖然とする一斗。
「ルールは簡単。どちらかが一人でも気絶したら負けとします。制限時間は無制限。審判はマイが務めます。ただし、ワザと手を抜いた場合にはペナルティがあるので、不正しないでね♪ 質問は……ないわね、それじゃあ始め!」
「ってオメーら、俺の言い分は一切なしかよー!!」
……
…………
…………………
もう鬼徹のときのような死闘は当分もういい、と思った矢先の出来事だった。
さっさと一人気絶させてやろうかと企んだが、そもそも容赦ない攻撃が次々に襲いかかってきて、それをなんとか捌くので精一杯。
新兵たちのように連携の訓練をしていないのにも関わらず、絶妙な連携を見せつけられ、それこそ良い実験台にさせられたようなものだった。
「そもそも、なんであいつらあんなに気合入っていたんだ? 特に女共が」
「……一斗は気付かなくていいと思うよ」
なんだそりゃ?
「そうね。ただ、彼女たちが気合入っていた理由は別にあるわ。それは『もし勝ったら、一斗を1日自由にできる券を贈呈します』って事前に伝えていたから」
「「何だそれ(何それ)!?」」
俺とティスはマイに食って掛かる。
「まさかマイ、その方が面白いからと思ってやってない?」
「あら、ティス。よくわかったわね♪」
「……いつものことだが、俺の了承は――」
「もちろんないわよね♪ でもね、彼女たちはあなたのことを、きっととても心配していたわ。だから、あなたが直接彼女らを安心させてあげて」
うっ、それを言われると何も言えん。
「それを言うなら、マイ。お前は俺やティスを含めた身近なやつらに、かなり心配かけてたんだぞ?」
「わかっているわ。だから、一番心配してくれたあなたには手厚く介抱させてほしいの」
「っ!? そういうことならしゃーねーな……よろしく頼む」
こいつは普段俺に対しては傍若無人な振る舞いをするのに、ここぞという時にはドキッとさせられるような言葉をかけてくれる。
「うん♪」
今まで日常生活で当たり前にやっていたやりとりがマイとしたくて。
この笑顔がまた見たくて。
諦めずに動き続けて本当に良かったと、マイと見つめ合いながら感じるのであった。
「ティスティ様、私たちはここにいてよろしいでしょうか?」
「いいわよ、あの二人はいつもあんな感じだったから。すぐに、元に戻るわ」
◆カリストロ 貴賓室
一斗がマヒロ達に訓練場へと連行された後、リハクはすぐに気を取り直して来賓を貴賓室へと案内していく。
残ったメンバーは、ソニア・ライン・リハク・鬼徹・ティスティ・梓の6名だけであった。
予定していた人数の半数以下となるが、そんな予想外な展開でもリハクは何事もなかったかのように捌いていった。
「誠に申し訳ございません、皆様。すぐに和平交渉をする予定が、こんなことになってしまい」
「いいえ、リハク様。それはこちらのセリフです。我が国の者が粗相を」
「……気にすることはない。むしろ、我々にとっては有難い。早速我が家臣を訓練に加えてもらえて」
羽生を訓練に誘ったのはマイであったが、許可したのは鬼徹であった。
本当は自分も参加してみたいと思っていたが、鬼人族の代表として今は無理だと判断。
それならばと、一斗が提案したように絶好の交流するチャンスだということで、羽生の訓練参加を許可したのである。
「ちげーねぇ。あいつらにとってはいい気分転換だろうよ。それより、あんたが鬼徹だろ? これからよろしく頼むぜ」
ラインは鬼徹に声を掛け、握手を求める。
すると、鬼徹は歩きを止め、ラインと向き合う。
「……お主は我が怖くないのか?」
「怖い? なんでだ? 一斗のやつが認めた相手だろ? なら、疑う余地も怖がる必要もないだろう」
さも当然かのように話すラインに対して、鬼徹は一瞬面を食らう。
鬼人族といえば、恐怖の象徴だと聞いていた。
しかし、目の前の相手からは確かに怖れている様子もなく、どちらかというと嬉しそうだ。
「なるほど。本当にあやつの仲間は、変わった者たちが多いようだな。こちらこそよろしく頼む」
何か納得することがあったのか、鬼徹はラインと握手を交わした。
「あぁ! 和平交渉が終わったら、相手してくれないか? 一斗を圧倒した実力に興味があってよ」
「……いいだろう」
そんな二人のやりとりを見ていたリハクとソニア。
「ライン殿は誰とでもすぐに打ち解けてしまいますな」
「単純なだけですよ」
「あははは、私も見習いたいものです」
リハクはお世辞で言ったつもりはなかった。
一斗にしても、ラインにしても、どこか人を惹きつける魅力がある。
それは、訓練すればなんとかなるものではないと思うし、意識してどうこうできるものでもないと。
リンドバーク帝国の舵取りを一身に担っているリハクにとっては、是非とも欲しい逸材だと感じている。
ソニアにしても、リハクがお世辞で言っているという受け取り方はしていない。
ラインとは決起隊結成時、ソニアの身分は一切気にせず接してくれていた。
それに、今では元々ラインのことを快く思っていない相手とも、気軽に会話できる関係値をいつの間にか築いている。
だから、ソニアの本心としては嬉しいと思っているが、口にするのは恥ずかしくて言えないでいるのである。
一方、彼らの後方を歩いているティスティと梓は、微妙に距離を置きながらついていっている。
「ティスティ様、我々はご一緒してもよろしいでしょうか?」
「いいんじゃないですか? 各代表のみなさんからのお誘いですし。それに美味しい料理が出るんですよ♪ きっと梓さんのレパートリーに追加したくなる料理もあると思いますよ」
「なるほど……そういうことでしたら」
ティスティはどこからかメモを取り出し、自分の言うことを素直に信じてやる気満々の梓のことが羨ましく感じた。




