表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

はじめてお菓子を食べました。

 わたしはマール村から、この王都にやって来ました。

 馬車で3ヶ月もかかる遠い距離です。


 王都に着いたわたしは、教会の偉い人たちに怪我を治す魔法を見せなさいって言われて、見せたらよくわかりませんが聖女だそうです。

 前世? では、平平凡凡な高校生の女子。転生? したこの世界でも単なる村娘Dあたりのポジションでしたのに聖女って…

 なにがどうして、こうなった?

 何だかいろいろ突っ込みどころ満載な気がします。


 突然の事でびっくりしてるでしょうし、長旅でお疲れでしょう…って事で、しばらくはゆっくりしていていいそうです。

『しばらく』ってどれくらいなんでしょうね?


 聖女って事にされてから客室に案内されて、そこでミレッタとコニーを紹介されました。

 ミレッタはわたし付きの修道女。

 天光降(サン・レイ)教は自分の事は出来るだけ自分でやる教義みたいで、貴族とかみたいに侍女(メイド)と言う仕事は無いみたいで雇ってもいないみたい。

 とは言え、教会に来た王族や貴族のお世話とかもあるから、見習の修道女や神学生がその代わりをするみたい。

 コニーはわたし付きの護衛。

 コニー曰く、わたしみたいなちっちゃい子は聖女云々以前の問題で、一人でいたらそのままひょいと攫われてしまうとの事。

 中世ヨーロッパ風異世界、マジ怖いね。


 ミレッタとコニーを紹介されてから大聖堂の中を探検しました。

 探検と言っても、別にこそこそしてたわけじゃないけど、探検っていうと何かどきどきするよね?

 探検した場所は、大ホールと神殿騎士団本部と神殿騎士団の訓練風景。

 大ホールは、お金掛ってるなーってくらいの豪華絢爛さでした。

 あの、ばかみたいにでっかいステンドグラスとかって一枚おいくら万円するんでしょうね?

 神殿騎士団本部は大聖堂みたいにきらきら派手派手さは無く、無骨でごつごつ、かくかくしてるカンジ。

 ぼろくは無く、シックって言葉が合うカンジ。

 神殿騎士団本部とかも大聖堂ほどじゃないけど、観光客が見に来るから見栄えを良くしてるみたい。


 回ったのはその2ヶ所だけ。


 わたしのいる部屋がある修道院の前には中庭があるんだけど、そこも一般開放されてるから、行きませんでした。

 大ホールで大勢の人に拝まれちゃって、ちょっと引いたからあとから行く事にしました。

 すごくきれいに手入れされていて言ってみたかったけど、今回は我慢です。


 さて、とりあえず探検は終了です。

 あとは何をしましょうーー部屋に居たわたしにミレッタが声をかけたのは、そんな時でした。


「聖女様。お菓子をいくつかご用意しました」


 ミレッタはお茶の準備と一緒に、お茶請けとしてお菓子を準備してくれたみたいです。


 お菓子!


 それは、なんと甘美な響きでしょう。


 前世? はともかく、こちらの世界に生まれてからこのかた、お菓子なんて食べた事がありません。

 王都に出て来て初めて知りましたけど、わたしの居たマール村は山奥の寒村で、ずいぶんと貧しい暮らしだったようです。

 食べる物に困っていた…という事はありませんでしたが、教会に来るまでの馬車の中から見た王都の人たちの暮らしを見るに、マール村の生活水準はずいぶんと低いようです。

 食べる物自体は村の外れにある麦畑と、山々からとれる山菜に狩猟で取れるウサギやシカとかのお肉。

 食べること自体は十分間に合っていたみたいだけど塩とかは町から買って来なくちゃいけなかったし、毛皮はともかく、

 普通の服も町。

 農具も町。

 破れた所を繕うのにも、壊れた農具とかを修理するのにも限界があるしね。その補修用の糸自体だって買って来なくちゃいけなかったし。


 つまり、どういう事かと言うと、余分なお金はそう言った事に使われるから、甘味なんて村には無いわけです。

 あ、甘い蜜とかを出すお花とかは別ね。

 あれはお菓子じゃないよ?


「お菓子ですか!」


「はい。聖女様はどんなお菓子が好きですか?」


「すごいです! お菓子なんて食べた事無いです」


 お菓子!

 すばらしい!

 甘味は人生のうるおいだと思います。

 中世ヨーロッパ風異世界にはどんなお菓子があるのでしょうか?

 テンションが否応にも上がりますね。

 どきどきです。


「たのしみです! どんなお菓子があるのですか?」


 おっと。

 ミリィの人生初のお菓子に、テンションが上がり過ぎちゃったみたいです。

 少し落ち着かなくちゃいけません。


 ミレッタはわたしのテンションに若干驚いたみたいだけど、微笑んで、お茶の準備を開始します。

 部屋の中に備え付けられている丸テーブルの上に、ミレッタがティーセットと共にお菓子を並べていきます。

 テーブルは高いので、テーブルの上が見えません。

 わたしは、椅子によじ登りテーブルの上を見ました。


 おおおおお……


 ティーポットとティーカップ。

 その脇にティースプーン。

 そして本命、お菓子!

 何枚かのお皿に数個ずつ乗せられたお菓子!


 笑顔が浮かびます。

 顔が勝手ににやけちゃうのが自分でもわかります。


 椅子に座ると床に届かない足をぷらぷらさせながら、ミレッタがお茶をカップに注ぐのを待ちます。

 ミレッタは手慣れた様子です。


「はー。ミレッタはお茶を淹れる様も優雅ですねぇ」


「まあ、ふふ。ありがとうございます。でも、これくらい修道女なら誰でも出来ますよ」


「そうなのですか?」


「はい。王族や貴族の方々も大聖堂に礼拝にいらっしゃいますから。もちろん、王族や貴族の方々は専任の侍女(メイド)や従者を連れてますが、礼拝の作法や状況によってはそう言った者たちを側に置けない時もありますから、代わりに私たち修道女が代わりにするのですよ」


「コニーもですか?」


 わたしはコニーを見ました。


 こういっては失礼かもしれませんけれど、武官肌っぽいコニーには難しいと思います。

 いえ、コニーみたいなクールビューティでも実は意外に…と言ったギャップ萌えを期待しろって事でしょうか?


「いや、私は無理だ」


 予想通りでした。


「コニーは神殿騎士団出身でしたもの。お茶を淹れたりは普通の修道女の役割で、神殿騎士団は護衛が役割ですもの、しかたないですよ」


 お茶を淹れ終わったミレッタが、わたしの前にソーサーごとカップを滑らせる様に移動させました。

 カップをくるりと回転させて、取っ手をわたしの右にさせる仕草など優雅ですね。

 ミレッタの淹れたお茶の香りがふわりと拡がります。

 ここまで来て、わたしは衝撃の事実に気が付きました。


 わたしには紅茶やお菓子を食べるマナーなんて知りません!


 友達と行ったファミレスじゃ、飲み物なんてドリンクバーから自分で注いで勝手に飲むものでしたし、ケーキバイキングの店でも勝手に取ってきたケーキをそれぞれおもいおもいに、ぱく付いてた記憶しかありません。

 ミレッタの仕草を見ちゃうと、自然と手が止まっちゃいます。

 お菓子は食べたいけど、どういう風に食べればいいのでしょう?

 マルカジリはダメ…ですよね、やっぱり。


 ちらりとミレッタを見てみます。


「大丈夫ですよ、聖女様」


 わたしの様子に気が付いたのか、ミレッタは微笑みました。


「聖女様はまだお小さいですので、マナーとか知らないのも無理はありませんよ。それは私もコニーも解っていますよ。ここには私たちしかいませんし、大丈夫ですよ」


 そうですよね。

 わたしはまだ小さいから大丈夫ですよね。

 わたしの手はまだちっちゃくてカップを器用に持てないんです。

 そう、仕方ないんです。

 わたしは自分を納得させます。


 さあ、お菓子です!


 テーブルの上には数個のお菓子が載せられたお皿が数枚。

 一つ目のお皿のこれはビスケットやスコーン、クッキーの盛り合わせ。

 付け合わせとしてそばにジャムの小瓶があります。

 まずはビスケットです。

 優雅な仕草なんて出来ないので、ハナから諦めてます。ミレッタも大丈夫と言ってますしね。

 多少わしづかみ感が残るカンジですがビスケットを手に取り口に運びます。


 おおおおおおお!


 これは、はちみつですね。

 はちみつが練り込んであります。

 優しい甘さが口いっぱいに広がります。

 ジャムをひと掬いしてビスケットに塗ります。


 ほわあああああ…


 すばらしいです。

 人生初の甘味はすばらしいものです。

 自然と笑みが浮かびます。

 スコーンやクッキーもすごいです。


 二つ目のお皿は…あ、これマカロンですね。

 はじめはこれはハードクッキーかと思いましたが、違うようです。

 ほら、マカロンって、どら焼きのちっちゃくした様なの思うじゃないですか。

 これは上下2個でわかれてなくて上半分って感じで見た目も感触もハードクッキーってカンジです。

 でも、前に友達とケーキバイキングに行った時に、マカロンフェアってのをやっていて、その時に見たから知っています。

 これにもはちみつが練り込んであって、さくさくと美味しいです。


 三つ目のお皿はドライフルーツですね。

 様々なフルーツのドライフルーツがあります。

 その中に見慣れないものがあります。

 他のドライフルーツみたいに、ころっとしたカンジじゃなくて小鉢みたいな入れ物に入れてあります。


「それは、りんごのはちみつ漬けですよ」


 はちみつ漬け!

 初めて見ました。

 見た感じは皮を剝いたりんごを薄くスライスしたカンジで、はちみつが絡まっています。

 色は茶色でりんごの白さがありません。

 備え付けられていた小さなフォークで突き刺すと、ぷすりと抵抗なく刺さります。

 生のリンゴみたいに、しゃくっとした突き刺し感は無くてぷるぷるしてます。


「ん~~!!」


 口に入れた瞬間に一気に口の中に拡がる甘さ。

 ぷちゅりと簡単につぶれるりんご。

 はちみつのくどい甘さだけではなくて、りんごの酸味が合わさって、濃厚だけどさわやかな甘さになっています。


「ん~~!!」


 わたしは、足をぱたぱたと振ります。


 床に足が届いて無くて良かったです。

 足が届いていたら床に強打してたところでした。

 はちみつ漬けって、こんなに甘くておいしかったんですね。


「はちみつ漬けが気に入ったみたいですね」


 ミレッタの言葉に我に返りました。

 初めての甘味に夢中になりすぎていました。

 気が付くと、自分だけ食べていた事に気が付きます。


「ご、ごめんなさい。わたしだけ食べてしまいました」


 ミレッタもコニーも席に着いていましたが、お菓子を食べていたのはわたしだけでした。

 ミレッタもコニーも口にしていたのは紅茶だけ。


「構いませんよ。初めて口にされたのでしょう。私たちは食べた事もありますので」


「ああ。それに、そんなに嬉しそうに一生懸命食べられる姿を見れてはな」


 顔が熱くなります。

 これ絶対、顔が真っ赤になってるよね。


 し、仕方ないじゃん!

 人生初めての甘味だよ?

 花のツユとか、あれは甘味とは言えないでしょう?

 まともなお菓子なんて初めてだし!


「は、はちみつ漬けや、はちみつを練り込んだお菓子が多いのですね」


 はずかしくなったわたしは、話を逸らす事にしました。


 閉鎖的な寒村しか分からない生活だったけど、中世ヨーロッパ風異世界で5年も生活してきたからなんとなく解ります。

 中世ヨーロッパ風異世界って甘味は貴重品だったと思うのですよ。

 まともな甘味であるはちみつを、こんなにふんだんに使えるのはおかしくないでしょうか?


「はちみつは教会が、その流通を一手に引き受けていますので」


「教会がですか?」


 意外です。

 流通って事は商売ですよね?


「教会では信者に礼拝の折にお菓子などを無償で配っておりますので。はちみつの流通は国から認められているのですよ」


「はちみつの流通で出た儲けが、無償で配る菓子の費用になる。菓子もタダじゃないからな。はちみつ流通の儲けなんてみんな菓子になる」


 はー…

 教会って祈ってるだけじゃないんですね。


 あとは、ドライフルーツとかは別として、ビスケット、スコーン、クッキー、マカロン……すべて焼き菓子だけと言うのに気が付きました。


 ケーキバイキングみたいにプチケーキは無理でも普通のケーキとかも無いみたいですね。

 生クリームって無いのかな?

 とは言え、人生初めてのお菓子です。

 中世ヨーロッパ風異世界ですので、贅沢は言いませんよ。はい。


 わたしは、お菓子に夢中です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ