第一話 クラッスラ島
海に囲まれた孤島がある。クラッスラ島だ。
クラッスラ島は、荒れる波のため漁は安定せず、痩せた土地では農作物も育たない。島民は、気まぐれに海から流れ着く漂流物を頼りに、厳しい暮らしを続けていた。
それでも祖先たちは、この島に街を築いた。
だから今でも、クラッスラとは海に囲まれた小さな孤島の名であり、その中心にある街の名でもある。
昔、この島には多くの人々が流れ着いた。
難破船の乗組員。 漂流者。 奴隷として連れ去られた者。 旅の途中で海に迷った者。
彼らに食事と寝床を与え、この島で生きる場所を作った一族がいる。
それが、街で唯一にして最高級のホテルを所有するルペストリス家の祖先だった。
以来、その家の当主は代々「ヘンリエッタ・ルペストリス」と呼ばれている。
それが本当の名なのか、受け継がれた称号なのか、島民の多くは知らない。
そもそも漂着者の集まりで始まったクラッスラ島では、生まれた場所や血筋よりも、この島で何をしたかが重んじられてきた。
ただでさえ娯楽の少ない孤島では、噂話は時に何十年、何百年も語り継がれる。
けれど、ルペストリス家について島民が語り継いできたものは、面白半分の噂ではなく、この島を救った者たちへの恩だった。
現在、ホテルは島の経済を支える存在となり、島民たちは、今代のヘンリエッタ・ルペストリスという少女と直接言葉を交わしたことがなくとも、こう思っている。
ホテルの一族、ヘンリエッタ様にはご恩がある、と。
そしてクラッスラ島には、もう一つの名前がある。
失せ人の島。
荒い波が生み出す特殊な海流によって、近海で失われた漂流物や漂流者が、この島へ流れ着くことが多かったからだ。
難破した者にとっては希望の島。 行方不明者を待つ者にとっては、最後の望みの島。
探し続ければ、失われたものはいつか帰ってくる。
島民は、そう信じていた。
しかし、同じ海流は、船乗りたちにとって悪夢でもあった。
クラッスラから外へ向かう航路は、海そのものに拒まれている。
船首を外海へ向けても、潮は船を島へ引き戻す。 風と流れは噛み合わず、航路を誤れば巨大な渦に呑まれる。
砕けた船は、海の藻屑となり、やがてまた漂流物として島へ戻ってくる。
「クラッスラには近づくな」
近海の船乗りたちは、そう言い伝えた。
一方で、島民は言う。
「この島にいる限り、海は我々を見捨てない」




