■鼓動
二〇九九年、世界は終わろうとしていた。
バスの扉が開くとむせるような熱気が体にまとわりついてくる。降りるのは自分だけ。運転手もいない。自分以外誰も乗っていない。
あの長い戦争はとうに終わっていた。終戦後、宇宙に飛び立った人類たちがどういう道のりを辿ったのかは知らされていない。
地球に残っている人類は運命を受け入れたのか?
それは違った。
これから人類はクエタの海へと向かう。
あまりの情報密度から人間はクエタの海に触れてしまえば一瞬で溶けてしまう。その海で生きるために人類は巨大な水母の傘の中で暮らすのだ。
空を見あげると靄がかったようなまだら模様が覆っている。
立ちのぼる陽炎に境界が揺らぐ。
「うまく隠したつもりだろうがな」
初老の男がゆっくりとでありながら隙のない所作でこちらに向かってくる。何故だろうか萎縮して身動きとれない自分がいた。
「ヒズルお爺ちゃん……?」
その名前がふと頭に浮かんで口に出していた。
「ほう。思い出したか?」
男が顎に手を当てると後方から声をかけられる。
「ニィナ!」
振り返るとそこには顔を包帯でぐるぐる巻きにした男の姿があった。
「……きたか」
ヒズルはふうとため息をつく。仕方がないというばかりに。
「キリ?」
聞き覚えのある声に思わずその名前を口に出してしまう。
「迎えに来た」
キリが手を差しだしてくる。ニィナはそれを当然のように手に取ろうとするとヒズルが遮る。
「わしを前にそれができると思うのか?」
「彼女をガレイの前に連れて行けばどうなるかわかっているはずだ」
「それが許せんというにしても、お前は実力でわしを止めるしかないぞ」
「わかっている」
キリは動こうとする。しかし――。
「ぐっ!」
急に苦悶の表情を浮かべて片膝が地面をつく。
「少しずつだが黒き炎は確実にお前の身を焼いている。わかっているな?」
「キリ!」
ニィナはキリに近づこうとするもヒズルに羽交い締めにされて動きがとれなくなる。
「愛した女を守れず、結局はこの娘がガレイの手に落ちることも防げずか。それどころか明日を生き抜くことすら怪しいとはな」
キリは苦悶の表情を浮かべながらも何とか顔をあげてくる。
「お前が生き残る手段は一つだ。この娘を助ける手段もな」
ヒズルの腕を剥がそうとするが、微動だにしない。
「このままだとキリが……」
「これがわしの選んだ道だ。諦めろ」
ヒズルが言い捨てるとともにキリの顔は下がる。それから顔を少しあげたときにはヒズルとニィナの姿はなかった。
「……ポリム、聞こえるか。ニィナが連れ去られた。」
声は掠れながらも何とか絞りだす。
『わかった。すぐに向かうよ』
音声が頭に響く。
「頼む」
俯いていた体を起こして何とか仰向けにする。
「ティユイ、ごめん。ニィナを助けられなかった。だけど……」
覚悟なら決まった。天玉照を目覚めさせることがニィナを助ける一歩だと。
「結局、俺は海皇になるんだな」
リーバが空から降りてくる。
結果的にこうなってしまった。まるでこうなることが予定されていたかのように。
――◇◇◇――
「キリ機のリーバが欠月とドッキング完了しました」
その伝令にレイアはひとまず胸を撫で下ろす。
「よし。欠月はしばらく動けない。敵が襲撃してくるのは絶好の機会になる。各機を配置して警戒は怠るな。コード:グリーンからコード:イエローへ移行」
「了解。各位に告ぐ。コード:グリーンからコード:イエローへ移行」
シンクが指示をして通信士が艦内中にその意向を伝える。
「ギリギリ間に合ったということでいいのか?」
「ヒズルが入りこんでいるなんてね。我ながら迂闊だったわ」
「キリに無理をさせてしまったことを後悔しているのか?」
「黒い炎があそこまでキリを蝕んでいたなんて気がつかなかったなんて。情けなくなるわ」
レイアはため息をつきそうになるのを口を真一文字にして止める。ここで弱気になってはいけない。
それからしてレーダーが敵機の存在を感知する。
「きたぞ」
「機影は一。空間転移してきます」
通信士の声が艦内に響いた。
ご無沙汰の投稿です。
もう少し長くするつもりだったのですが、きりがよかったので投稿することにしました。




