■夏の姫巫女
――西暦二〇八五年頃。田園風景広がる舗装されていない道ばた。セミの鳴き声があちこちで反響をはじめて、稲には朝露が垂れる時間帯。軍服を着た青年が多くに見送られて旅立った。
戦場は我々が認識するところの遥か天上。暗然たる黒き宇宙である。
彗星衝突に際して地球脱出計画が発動される。しかし人類すべてが地球を脱出できるわけではなく、一部の選ばれた者だけが方舟に乗れた。
選ばれた者たちはエリートとして君臨するようになっていく。
それから少し時間が経過して彗星は意志を持っていることが解明される。彗星は衝突するのではなく地球を取りこむつもりではないかと学会で発表されて物議を醸した。
そんな折に東方の島国の王族が地球へ残ると宣言をした。それに世界中の王族が呼応する。これが後に残留宣言と呼ばれる事件である。
宇宙生活は莫大なコストに対してあまりに質素なものであった。人類は宇宙での生活に適さないは最早自明のものとなっていた。
一方で脱出組は世代を越えて長期の宇宙生活を想定していることもあって、配給制など統制的なものとなっていく。
それは組織に所属する一部の者に権力が集まることを意味していた。彼らは一人でも多くの人間を宇宙へ逃がすことを目標に掲げはじめる。やがて手段は拉致と呼んでいいような手段で拒否しようが宇宙へと連れて行かれた。
宇宙での生活は彼らが提唱するような夢のような世界ではなく、莫大なコストをかけて貧しい生活を実現するというものであった。
想定以上の人間を宇宙へとあげはじめて脱出組の計画は大きく揺らいでいた。にも関わらず彼らは地球に住む人々の拉致をやめなかった。
徐々に双方の対立は表面化していく。これが後に人類を二分した戦争のはじまりであった。
――いつまで続くのかな?
もちろん戦争のことだった。当初は短期で終わると考えていた脱出組が仕掛けた戦争は予想外の抵抗で三年が経過しようとしていた。
兵士は慢性的に不足していたため、各地で適正年齢に達すると兵役が課されるようなっていた。
各々が家へ帰っていく中、カリンは戦争に向かった彼に思いを馳せて立ち尽くしていた。
しかしいつまでもここにいるわけにもいかない。
いつからだろうか顔をあげるとそこには顔を包帯で巻いた人物が立っていた。不思議と見覚えがある。
――誰だろう?
思い出せない。
「こっちだ」
導かれるように鳥居をくぐり神社の境内が視界へ入ってくる。
「君は目を醒ますときがきたんだ」
彼が差しだす手を取るのに少し躊躇してしまう。
「私はあちらでどうなっているんでしょうか? ……少し怖いです」
彼の瞳の中が少し揺らいだ気がした。困っていると言い換えてもいいかもしれない。
「俺にもよくわからないんだ」
――だが。と彼は続けた。
「君が――君たちがその生涯を無事に終えられるよう。俺は全身全霊を尽くそう」
「はい」
彼を見つめながら差しだされた手を握る。
戻るのだ。ここではない戦いの日々に――。
――◇◇◇――
「大丈夫でしょうか?」
ムツミはホノエに思わず聞いてしまった。キリが妹のカリンを迎えに行ってからそれなりの時間が経過していたからだ。
「信じよう、彼のことを」
建物のほうから後光が射す。そのまばゆさに二人は目を逸らそうとするが、ふと鳥居の下に人の影があった。
それはキリとその背中にはカリンの姿があった。
「お姉様、ただいま目覚めました」
――◇◇◇――
ダイトの全身に黒いの炎がのたうちまわる。殴打されているように苦痛が絶え間なく続く。
それでも彼は妻と我が子を捧げた苦しみに比べればと考えた。
遠目にミキナは口に両手を当てながら時に目を背けながら見守っていた。
この黒い炎を纏うことが八岐災禍に乗りこむ条件であった。
これがいつまで続くのか。そもそもダイトは生き残れるのか。それは誰にもわからないままだった。
――◇◇◇――
カリンはホノエと姉のムツミに車椅子を押してもらいながら港の桟橋のほうにいた。そこには間もなく出港する天神の姿があった。
カリンの脚は黒い炎に蝕まれて動かなくなってしまった。事はこれで終わりではなく、黒い炎は徐々に全身を浸食して苦痛を与えた後に灰にしてしまうだろう。
「キリさんたちは大丈夫でしょうか?」
キリたちはニィナと接触するためにセイオームへ向かうということであった。ホノエたちは機体の整備もあるので遅れてやってくるハクトたちと合流してから追うことになっていた。
「彼なら大丈夫ですよ」
次に再会するのはセイオームにある水母の一つノーゼである。そこにいるであろうニィナの所在は隠しつつ現地で接触しなければならない。
次の戦いはもうはじまっているのであった。
――◇◇◇――
「レイア、背は私のほうが追い抜いたぞ」
海皇に即位してコウカは宣告通りにレイアを妃にした。
「おめでとうございます」
レイアはあれからコウカの熱烈な求愛を受けた。結果的にそれをレイアは受けたのである。
もちろんレイアのほうに打算はない。デメリットの方が多いとむしろ何度も諫めたのをコウカが押し通したのである。
思えば皇位を継ぐ者としてこれが唯一通せる我が儘であろう。それについてはレイア以外は概ね寛容であった。
「シンクまで後押ししてくれるとは思えなかった。彼が私に言ったのだ。『レイアを頼む』とな」
それがレイアにとっては少し驚きであった。それからシンクはレイアのことを説得するほうの立場になり、レイアも外堀を埋められてしまい現在に至る。
「どうやってあの男を丸めこんだんですか?」
だから聞いてやりたくもなる。
「うむ。同じ女性を愛する男同士ゆえにすべてをレイアには語れん」
「……そうですか」
その返答はレイアにとって納得できるものではなかった。そういえばシンクからもはぐらかされたことを思い出す。
「そうだな。シンクはこう言っていた――『自分とレイアのいる時間はほぼ無限だろう。だが、その時間の中で彼女に自分がしてやれないこともたくさんある』と」
――きっとあなたならそれを成してくれるだろう。だからコウカに任せたいと言ったそうだ。
「レイアの長い生にとって私とともに過ごした時間はきっとすぐに過去になるかもしれない。だが、私は思うのだ。それは一瞬であるかもしれないが、その記憶に閃光のような煌めきを遺せるのではないかと。それはきっと永遠に等しい瞬きではないだろうか――」
次回より四章の完結編がはじまります。前編完結までもう少しですね。




