表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

離れに住む妻が手紙をくれた(下)

上中下 連続投稿です

 異常がないと確認がとれて、いよいよ夜になった。夕食時から母と交代して父が離れにやってきた。真夜中過ぎに実験をするため、私は夕食前に仮眠をとっておいた。父は特に昼寝をしなかったようだが、一晩くらい寝なくても大丈夫だと豪語している。


「こいつの出番かも知れないぞ」


 父は私の中指に嵌められた当主の証を指さす。ベティが期待を込めて私の顔を見た。


「浄化の指輪!」


 浄化という名が本当ならば、万が一人ならざる者たちが門を突破してこの世に現れた時、真価を発揮するかも知れない。


「父上、なにか口伝があるのですか?」

「なにかある気もするんだが」

「でも、ただの指輪じゃないはずよ」


 幽冥門と鍵の適任者の存在、時間が来ると門番以外は外に放り出される不思議な魔力。わがウィロースリーブが担う使命は、9割がた現実のものである。その当主が引き継ぐ指輪なのだ。しかも浄化の指輪という名前である。


 幽冥門からは不浄なものが出てきて、指輪の力で浄化される。そう考えるのが普通だろう。球形の半透明の白い石が嵌った台座はシンプルだ。リングの部分にも飾りはない。念のため外して内側を見る。


「あれ?」


 内側は初めて見た。台座の裏にウィロースリーブ家の家紋である「山と柳」に「清浄なる空気」のモットーが彫られている。


 それはいい。知らなかったが、まあ、当主の指輪だし。少年時代には、他家のお父さんたちがしているカッコいい紋章リングが羨ましかったものだ。我が家の当主リングにも家紋(エンブレム)がついていて、少し嬉しい。


 問題はリング部分の内側だ。古代ウィロースリーブ文字で何か書かれている。魔法彫刻という我が家の秘術で彫られたその文言は、たった今刻まれたばかりのようにはっきりと読める。


「父上、これは」

「ん?」


 文字は一族のものなら誰でも習う、昔この地方で使われていた普通の文字だ。ただ、わが一族でも、一族史や地域史の資料を読む以外には役に立たないこの文字を真面目に学ぶ人は少ない。


 私は当主教育としてがっつり学ばされたので、ちゃんと読めるが。ベティにいいとこ見せられるな。真面目に勉強しておいて良かった!


「ウィロースリーブの子守唄ですよ!」

「おお、繰り返しのはやしことばだな?」

「まって、はやしことば?意味はございましてよ?」

「え?」


 ベティは可愛いだけじゃなくて物知りだったのか。これは新しい一面だな。わが妻はいくつになっても新鮮な驚きをくれる。素晴らしい嫁だ。


「オスカラン、ダラス。扉をひらけ、古代魔法語でしょう?」

「ベティさんは古代魔法語ができるのか?」

「そうなの?ベティ?」

「え?ここの図書室に入門書があるから、てっきりウィロースリーブでは出来なきゃいけないのかと思って」


 そんなことはない。

 普通出来ない。


「離れに住んでから勉強したの?」

「そうだけど」

「すごいな」

「でも、入門書しかないから、単語もあんまり知らないわよ」

「いや、今生きてるものはほとんどできないぞ」

「発音だって、怪しいわよ?」


 文字や記号で表された発音の手がかりだけで学んだのなら仕方ない。だが、指輪に刻まれた文字が子守唄のはやしことばだと気づけたのだから、ほとんど正しい発音ができると思う。指輪の文字は古代魔法文字ではないから、発音を写したのだろうし。


 やはり、ベティはすごいな。


「オスカランダラス、オスカランダラス」


 ベティが小声で歌い出す。




 向こうであの子が泣いている

 オスカランダラス、オスカランダラス


 開けちゃダメだよ鬼がくる

 オスカランダラス、オスカランダラス


 開けてあげなよかわいそう

 オスカランダラス、オスカランダラス


 迷子のあの子が泣いている

 オスカランダラス、オスカランダラス


 入れてあげなよかわいそう

 オスカランダラス、オスカランダラス


 柳の山に帰ろうよ

 オスカランダラス、オスカランダラス


 坊やは楽しい夢の中

 オスカランダラス、オスカランダラス


 さあさお帰り夢の国

 オスカランダラス、オスカランダラス


 泣くのはおよしよ朝が来る

 オスカランダラス、オスカランダラス


 おやすみなさい柳の山で

 オスカランダラス、オスカランダラス

 チャヤスアラッシュアハラ




「最後のも意味があるのかね?」

「もいちどお休み、かしらね」

「扉をあけろ、もいちどお休み?」

「悪霊を鎮める歌みたいだな」


 うちの子守唄、そんな不穏なやつだったのか?



「今夜はベティさんが外に出て、地下室にグレアムが浄化の指輪を持って待機してみたらどうかな?」

「子守唄のはやしことばが呪文なのかなあ」

「もしなんかあったら、試してみる価値はあるんじゃないかな?」

「うん、まあ、それがいいかな」


 父と相談していると、ベティが戸惑いの表情を見せる。


「えっ、真夜中過ぎるとグレアム離れにいられないわよねえ?」


 そういえば。そうだった。



 結局は父と私とベティが真夜中少し前に門から外へ出る。3人とも普通に門の前に立ったまま、真夜中を迎えた。


「えっ?」


 門番館が緑色の光に包まれた。今までにはなかったことである。


「父上」


 私が疑問を露わに父を見れば、父は無言で首を横に振る。


「初めて見た」


 ベティが不安そうに身を寄せてくる。わたしはしっかりと肩を抱く。


「何かが起こっているのかも知れないな」

「戻ろうかしら?」

「いや、もう少し様子を見よう」


 父にしては厳しさの足りない判断だ。母の苦言を受けて、先に古い記録を確認した方が良かったか?鍵の魔力が発現しているらしき眩い光で門番館が包まれている。大丈夫なのか?


「グレアム」

「いざとなれば浄化の指輪がある」

「そうだな」


 父は半信半疑だ。私も確信があるわけではない。


「やっぱり夜に離れるのはやめた方がいいかもしれないわね」

「昼は大丈夫そうだったよな」

「明日の昼にグレアムが門の前で待機して、ベティさんは母屋に居たらどうだ?」

「完全に離れるのね?」

「伝令役は必要だなあ」

「脚が速そうな人を探しておこう」


 ウィロースリーブ家に支えてくれている人々から、誰か手伝ってくれる人は見つかるだろう。わが家は命令ではなくお願いなので、もしかしたら誰もいないかも知れないけれど。


「お前、もう少しみんなと仲良くしとけよ?」


 私の不安を読み取った父が呆れたように言ってくる。父はお願いすれば誰でも手伝ってくれる自信があるようだ。私は召使いたちから、当主としてしか見られていない気がする。しかし、父はギルバート・ウィロースリーブ個人として認識されているようである。


 羨ましいな。


「まあいい。今後ちゃんと仲良くしろよ?」

「仲良くしてるつもりなんですが」

「お義父様がとっても仲良くなさってるから。グレアムはまだ坊ちゃんて感じなのかしらね?」


 ベティが助け舟をだしてくれる。


「はは、そうかもなあ」


 まあ、ありうる話だ。父が元気な間は、家督を譲られても召使い達からはやっぱり青二才だと思われてしまう。


「まあとにかく、誰かに頼むとしよう」

「お願いします」


 離れの異常を見ながら、私は父と相談する。ベティは私の腕の中で震えている。


「わたくし、戻りますわ」

「ベティ……!」


 ベティがとうとう館に駆け込むと、緑の光は収まった。



 次の日。

 手紙を貰うより前に私は離れにやってきた。


「グレアム?」

「おはよう」

「ずいぶん早いのねえ」

「とにかく早く試したくて」

「嬉しいけど、大丈夫?ちゃんと寝た?」

「心配するな。夜は明けたし、入れるだろ?」

「そうね」


 私は離れに入った。


「ご飯の用意が出来てないわ」

「後でいいよ」

「それで、今日はどうするの?」

「朝食後に父が俊足の誰かをこっちに送ってくれるよ」

「昼じゃ?」

「早い方がいいだろ?」

「無理言ってない?」

「大丈夫だよ」


 私は妻を抱きしめてなだめる。図書室に行って古代魔法語の入門書を見たり、歴代鍵の適正者が残していた日記などを眺める。


「うーん、変わったことはないなあ」


 日記は、普通に日々の記録だ。幽冥門や浄化の指輪に関する話題は書かれていなかった。



 朝食後、私は妻と共に離れの外へ出た。昨日の日中はすぐに館へと戻ったが、今日はしばらく様子を見る。じっと門番館を見つめていると、昨夜同様エメラルドグリーンの光が漏れてきた。怖がる妻を説得して、母屋に行ってもらう。実験は予定通り進めることにしたのだ。



 伝令役が来ると、私は緑に光る門番館に突入した。


「様子が更に変わったら母屋に知らせてくれ」

「はい」


 これは予定になかったが、眺めているだけでは埒があかない。眩いエメラルドグリーンの光の中をずんずん進んで地下室にゆく。

 廊下の隅や階段に置かれたベティと母の魔法石が光っている。地下室の扉を開けると、目が開けていられないほどの光が溢れた。


 眩しさに苦しみながらも、私は幽冥門に近づく。魔法石だけでは、やはり人間1人分には足りなかったのか。幽冥門は眩いエメラルドグリーンに輝きながらも、わずかに黒紫の靄を染み出させている。


「オスカランダラス、オスカランダラス、チャヤスアラッシュアハラ!」


 私は子守唄のはやしことばを何も考えずに叫ぶ。当主リングが白い光を放った。鍵の緑色をした光と浄化の指輪が放つ白い光が溶け合って地下室を満たす。最早目を開けていることはできない。



 しばらくして目を開けると、幽冥門の石は灰色に戻り、浄化の指輪も光を収めていた。そのまま様子をみていたが、もう黒紫の靄は出てこない。


 指輪の使い方はあっていたらしい。


 玄関まで戻り、伝令を頼む。館は静かに建っている。浄化の指輪が効いているのだろうか。

 程なくベティと母がやって来る。


「やっぱり夜に離れるのはやめるわ」

「リスクが高そうだよなあ」

「でも、昼には離れられそうじゃない?」

「魔法石はもっと要りそうだけど」

「作れる人をさがしましょ?」

「いるといいなあ」

「実家にも手紙をだすわ」

「うん、ありがとう」


 ウィロースリーブとダスティカートの一族の中には、緑色系統の魔法石を作れる魔力の持ち主が何人かいた。多くはないが、それでもベティと母だけよりは負担が少ない。何度も実験を重ねて、ついに夜中さえも人間が常駐しなくて良くなった。


「だが観察は必要だなあ」

「油断したら危ないでしょう?」


 慎重派の父母の言葉を受けて、ベティはやはり離れに住むと言った。ただし、離れの入り口に夜番小屋を作り、ベティが母屋に泊まる日には俊足の伝令が詰めていることにした。


 古い記録も読み進めた。巻物時代の記録には、子守唄の研究もあった。完全なものではないが、古代魔法語の解釈も載っていた。緑色系統の魔力を持つ人の伝承も見つかった。


「緑色の魔力を持つ人は、最初ウィロースリーブじゃなかったんだな」

「とうさまに調べていただいたけど、ダスティカートでも緑の魔力は遠い昔に入った血みたいよ」


 結局ルーツはわからない。辿れないほどの古い古い血脈なのだ。私たちウィロースリーブが幽冥門の番人となったわけもやはり未だにわからない。まだまだ資料庫の読解も始めたばかりだ。丁寧に調べればそのうち解るかも知れない。


「僕も手伝いますよ!」


 すっかり風邪が治ったチェスターも、古代ウィロースリーブ語と古代魔法語に取り組んでいる。いつかは門を無くしてしまうことすら出来るかも知れない。



「グレアム」


 ある月夜。赤い門扉の前で妻が私に寄り添って、門番館を見上げる。


「完全に母屋で暮らすのはやっぱり不安だけど、それでも前よりはずっといいわ」

「そうだな」

「こちらへ出てこようとする者達が安らかに眠れるといいわねえ」

「ああ」


 私たちは、ウィロースリーブの子守唄を低くハミングする。泣いているというのだ。悲しくて、怖くて、光の方へと出てこようとしているのかも知れない。そうした者達を寝かしつけてやれるのであれば、それはたいしたお役目だ。


 私達もいつか、向こうの世界の住人になる。その時がきたら、私たちの子孫に迷惑をかけぬよう、ベティと2人で門の向こうで、あちら側の門番になれたらいい。


 私たちは口ずさむ。


「もいちどお休み」

「もいちどお休み」


 月の光が注ぐなか、門番館は静かに眠りについていた。



作中歌は完全オリジナルです。

カタカナ部分にも元ネタはありません。

とある言語の短い文ではありますが、特別なものではありません。

気にせず読み飛ばしても大丈夫です。



お読みいただきありがとうございます

これにて完結です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ