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70、トレットの町との別れ

「あー…………すまないね、少し考える時間をくれないか?」


「………はい、どうぞ」


 サブマスさんは額に手を置きうなだれる。

 ギルマスさんは首を傾げてうんうん唸っている。

 この人、本当にちゃんと理解できてるのかな?


「…………ダンジョンがその機能によって崩れ去ってしまったというのは、前代未聞の出来事だよ。通常はダンジョンコアを破壊しても魔物や罠などの機能が失われるだけで、跡形もなく崩れ去るということはない。もちろん、自然災害なんかの例外はあるけどね」


「ならば今回は、どんな対応をすることになるんでしょう」


 謎の力でダンジョン自身の機能により崩壊したダンジョン。

 なくなってしまったことによる被害っていうのはどれくらいなんだろうなぁって、若干青ざめながら思う。


「幸い、あのダンジョンは迷宮資源の産出としてはそれほど重要な役割をもっていない、小さなダンジョンだ。名前もついていないくらいにね。たまに冒険者が訓練をしに行くこともあるけど、通いつめている者がいるわけでもない。半ば放置されたダンジョンなのさ」


 本当にそうならいいんだけど。

 大したことではない風に話しているのは、もしかしたら俺を安心させるためなのかもしれないし、ここから一気に上げて落とすための布石なのかもしれない。


 もし本当のことなんだとしても、流石にお咎めなしというわけにはいかないだろうしね。


「そういうことだから、町の英雄に免じて今回のことは水に流そう」


「えっ? ……いいんですか?」


「ああ。話しを聞く限り正当防衛だったようだし、危険人物を殺してくれたんだろ? だったらまあしょうがない」


「それは……どうもありがとうご」


「ただし! ひとつ条件がある」


「……はい、なんでしょう」


 ほらね、そううまい話はないんだよ。

 上げて落とす方の予想が当たったみたいだ、と心の中で嘆息する。


「聞いた話によると、あんたのいる孤児院で新しい料理が次々と開発されてるみたいじゃないか」


「そんな話を聞いたんですか」


「ああ聞いた。だから率直に言う。レシピを売ってくれ」


 なんだそんなことかぁ。

 地球産の料理を普段孤児院で振る舞っているから、どこかからその件が漏れてサブマスさんが興味をもったんだろうね。

 おいしい料理が広まるのは俺としても嬉しいことなので、否はない。

 ここでしばらくの間依頼を受けろ、とかだったらまた出立が延期になるところだった。


「ええ。そんなことでよければいくらでも。というか、レシピをおいしく活用してくださるのであればお金は要りませんよ。知っているものをこれに書き出してしまいますね」


 一人暮らしのレパートリーは決して少なくない。

 空間収納からこっそり紙を取り出し、メモを始める。

 あ、ギルマスさん、このお椀邪魔です。どけてください。


「ありがとう。ライスを炊くのがあんなにおいしいとは知らなかったから、あんたの料理はとても気になっていたんだ」


「おお! そうだな。あれのおかげで一層『卵☆ライス』が美味くなった。感謝してるぜ」


「うるっさい。耳元で叫ぶんじゃないよ」


「あ、相変わらず辛辣……」


 暇を見つけてはコントを始める二人。

 仲のいいことで。


 それにしても、この世界……というかこの町ではお米を炊くのではなく、焼くのだと知ったときはとても驚いた。

 そういう発想って、浮かばないときは本当に浮かばないものなんだね。


「それにしても、坊主が居なくなると寂しくなるだろうな」


「いきなりなんだい? 気持ち悪いね」


「いや、別れの常套句みてえなもんだろ…………。つーか、おめえはどうなんだ? 随分とこいつに惚れ込んでたみてえじゃねえか」


「その言い方は誤解を招くから次言ったら給料減らすよ。……まあ、優秀な冒険者が去るのはできれば止めたいけど、各地を旅して見聞を広めるのも冒険者としての生き方のひとつだ。ギルドは笑顔で送り出すだけだよ」


「……二人とも、ありがとうございます。初めてのギルドがここで本当によかったですよ」


「おう、嬢ちゃんにもよろしくな」


「ええ」


 なんとなくさっぱりした印象の二人。

 別れの言葉なんて無粋かな、と思ったけど、予想に反して暖かい言葉をくれた。

 お世話になった人から送り出されるのは、しんみりした別れとは一味違う感情が残る。

 いつでも帰ってこいと言われているようで、ただそれだけでとても大きな存在に感じられる。

 だから俺も最後に笑顔でいられるし、心おきなく旅立てる。


 二人に伝わっていても、そうでなくてもいい。

 俺は、言葉よりも多くの感謝をこめて頭を下げたのだった。


 その後は事務処理を手伝ったりでほんの気持ちばかりの謝罪をし、冒険者ギルドを去った。

 最近、このルーチンが染み付いている気がする。





 さて、今回アリスにはお留守番をしてもらって俺ひとりで用件を済ませてきたわけだけど、その間アリスは孤児院のみんなとお別れをしているハズ。

 俺からはついに今日トレットの町を発つことを告げてあるので、このまま孤児院の中には入らずにアリスを連れて旅立つ予定だ。


「…………」


 あちこちから聞こえる活気のある声。

 今日でこの町の風景も見納めかと思うと、その声がだんだん遠ざかっていくような気がした。

 こんな感慨を抱けるのも旅ならではのことだと感じて、また哀愁からは離れていくのだけど。


「─! ト──だ!」


 聴覚強化スキルが知り合いの声を拾ってくる。

 ふむ、これだけ離れていても俺の姿が見えるということは、ビル君かな?



「ただいま」


「お帰りなさい、ご主人さま」


「あ、トーヤ!」「トーヤだぁ!」


 孤児院の前には、子供達全員が揃っているようだった。

 今は眠っているだろう赤ん坊まで連れてきて、こんなに大勢で見送ってくれることに驚いた。


 大半の子は目を潤ませているし、泣いている子だっている。

 これは……なんとも旅立ち辛いかなぁ。


「トーヤ様……。今まで、本当にありがとうございました」


「いえ、それを言うのはこちらもですよ。この町ではずっとお世話になりましたし」


 ルーシアさんが最初に口を開いてくれた。

 ルーシアさんだって目の周りが赤いのに、本当にしっかりしてると思う。


「絶対また来てくださいね」


「ええ、きっと」


「ぜっ、絶対よ! きっとじゃなくて、絶対! 約束だから! 忘れ物を取りに戻ってきた、とかはなし! 曖昧な言葉で、言い逃れなんてさせないわよ!」


「そ、そうだ!」「ぐす……ぜったいだから………!」「けーやくだぞ!」


 エマちゃんの剣幕を皮切りに、他の子達も一斉に叫ぶ。

 若干気圧されながらも、絶対に戻ることを約束する。

 すると、子供達が一斉に押し寄せてきた。


 俺も表面上は困った顔をしてるけど、帰る場所があるというのはすごく安心できる。

 そうなったのは、子供達が俺とアリスによく懐いてくれたからに他ならない。


「ありがとう」


「ふぇ? う、うん。こちらこそ」


 小さな恩人達にお礼を告げる。

 ふと隣を見ると、アリスも子供達に囲まれてもみくちゃにされているようだった。

 顔を見合わせて苦笑すると、ルーシアさんが助け舟を出してくれた。


「ごほんっ………みんな、そのくらいにしておいて。二人共困っているわ」


 名残惜しそうな目で離れていく子供達。

 最後に代表して、ルーシアさんとユズリハさんが前に出てきた。


「二人共、本当にありがとうございました。また会いましょう。それと……」


 そこまで言って体を強張らせるルーシアさん。

 アリスがハッとした表情になる。


「け、敬語の件です。次会うときは……いえ、今から敬語なしで普通にしゃべってください」


「敬語の件………? ご主人さま、いつの話ですか」


「おー、ルーシア勇気出したね」


(エマ! ちょっと空気読めって!)


(ルーシアよけいにあかくなってるぞ!)


(それが狙いだけど、なに?)


(………)


 聴覚強化スキル、オフにしておこうかな?

 プライベートな事情を故意にでなくとも知ってしまうのは気が引ける。


 それはともかくとして。

 この状況はとてもいい・・

 ルーシアさんの言葉でより一層、劇的になった。


 声を上げて笑ってしまいそうになるのを抑え、ルーシアさんに返事をする。


「了解だよ、ルーシア。またいつか会える日を、楽しみにしてるね」


「………ぐふっ!!」


 というルーシアさんの反応を見て、いきなり距離を詰めすぎたと反省する。


「……呼び方は、ルーシアさんでいこうか」


「お願いします……」


「ご主人さま、ルーシアさん………」


 アリスも苦笑を通り越して呆れている。

 妥協案を出すのはちょっと残念だったね。


「締まらんのう……。まあ、お前さんららしいといえば、らしいのかのう」


「そうですね。でも、おかげで楽しく旅立つことができます」


「そうか。じゃがわしは気の利いた冗句が言えん。期待はしないでおくんじゃな」


「ふふっ、ええ。わかっていますよ」


 ユズリハさんも別れの言葉を告げる。

 いろいろと謎の多い人だけど、この人も多くの思い出を作ってくれた。


 俺がまた来るときまで、ちゃんと生きていてほしい。


「ん? 今なにか失礼な」


「ユズリハさん、俺達がここで楽しく生活できたのはあなたのおかげです。本当にありがとうございました」


「はぐらかされたような気がするのじゃが……。まあいい。わしからも伝えられるのは感謝くらいじゃ。トーヤ、そしてアリスよ。この孤児院を守ってくれて、そして子供達のよき友として、ここにいてくれて感謝しておる。旅先でも、風邪を引かんよう気をつけなさい」


 そう言ってユズリハさんはこの上なく優しい笑みを送ってくれた。


 やっぱり人生経験というのは、何を置いても一番貴重なものだと思う。

 嬉しいことも辛いこともあるだろうけど、その中で自分がどんな存在なのかをよく理解することができるだろうから。

 だから、ユズリハさんのような人の言葉は胸に響く。

 ユズリハさんが今日背中を押してくれたことを、多分俺は一生忘れないと思った。


「さて、そろそろ出発の時間じゃろう。名残惜しいが、このままではキリがなさそうじゃ」


「そうですね。じゃあ、行こうか。アリス」


「はい。……みんな、また会いましょう!」


 アリスが力いっぱい手を振る。

 俺も一緒に振ると、向こうからも盛大にお返しされる。


 いつまでもこうしていたい……。

 そう思ったけれど、これは別れ。

 気持ちよく別の道に進んでいくための、いわば儀式のようなもの。

 ずっと引きずっていくべきじゃない。


 アリスの肩をそっと叩き、後ろを向く。


「いつでも、待ってるわよぉー!!」


「またいつか………ぐすっ、またいつか、会いましょう!」


「「さよならなのー!」「ありがとう!!」「はやくきてねー!」「またね!!」」


 多くの声に送られて、一歩ずつ歩いていく。

 俺にとっては、王国を出てから初めて観光した町。

 アリスにとっては、奴隷として初めて暮らす町。


 温かい出来事がたくさんあって、ここに来てよかった、と何度思ったか分からないくらいだった。

 約束がなくとも、絶対にまたここに来ようと、そう決意した。


 アリスにとってはどうだろう。

 ここでの体験を通していろいろなことを学んだことを、俺は知ってる。

 もちろん、俺の見ていないところでもアリスは成長したことだろう。

 ルーシアさん、エマちゃん、ユズリハさん、子供達に町で出会った様々な人達。

 いろんな人達と関わってきたから、確信できる。


 この子はきっと、英雄に……。


「………っ!」


 突如、俺に言い知れない嫌な感覚が走る。

 振り返ってみると、ユズリハさんがこちらをじっと見ていた。


 ……ああ、なるほど。

 これ、鑑定だ。

 相手のステータス情報を見ることができるスキル。

 俺の場合は解析だけど、確かに今まで鑑定を持つ人と会ったことがなかった。


 去り際とはなんとも、絶妙なタイミングだよ、ユズリハさん。


 仕返しに、俺も覗いてみる。


名前:ユズリハ・エンシェンティス 年齢:74 種族:人族 LV:1

HP:21/21 MP:57615/57615

筋力:24 耐久:32 魔攻:107 魔防:67217 敏捷:16

スキル:招竜の巫女、鑑定LV5、調合LV4、信仰術LV10、MP超速回復LV10、家事LV7



「…………………………」


 できれば、見なかったことにしたい。

 思い出は綺麗なまま終わらせたかったんだけど、どうするのこれ。

 思いっきり、問題だよね?


「ご主人さま?」


「……ああ、いや、なんでもないよ。行こうか」


 ユズリハさんがニヤリと笑ったような気がした。

 何とも言えない微妙な表情を隠すのに俺は精一杯となる。


 ……はあ。まあいいよ。

 今はまだ。

 でも、いずれ関わることになってくると思う。


 そのときには、もっと面白い事態になっていることを願うだけ。

 俺もアリスも、成長して帰ってくると思うから。


「アリス、孤児院での生活は楽しかった?」


「はい。もちろんです。今までにないくらい、すごく楽しい毎日でした」


「そう………。それは良かったよ。じゃあ、また絶対に帰ってこないとね」


「約束、ですからね」


 そのときは案外すぐにやってくるかもしれない。

 俺が飲み込んだその言葉を肯定するかのように、未だ手を振る子供達の声は風に乗ってよく聞こえた。


 でもそれは、俺とアリスの冒険を後押しする追い風でもある。

 今は、空も素直に旅立ちを祝福してくれるようだ。


 なら、とことん冒険していこうじゃないか。

 この心の求めるままに、物語を集めていこう。


 背後に広がるトレットの町並みと、隣で共に歩くアリス。

 ここからまた、次の観光が始まる。


「次はシャルフーレの街。どんなところなんだろうね」


「さあ。でも、楽しい旅になりますよ。わたしとご主人さまなら」


「そうだね。間違いないよ」


 本当に、楽しみだよ。

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