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67、走破

 氷属性魔法レベル10、コキュートス。

 ドラグキマイラの魔石からMPを吸収して得たその魔法を、俺は咄嗟に放った。


 白い視界がねじれるように歪み、一瞬で切り替わる。

 それは俺がいつも使用している空間魔法の転移と同じ感覚だった。

 ついさっきまで暗いダンジョンの中にいたハズなのに、今はダンジョンに突入する前にいた森の景色が見える。


 ……なるほど。どうやら転移系の罠を使われたらしいね。

 でも、そこまで遠くには飛ばされてない。

 すぐにでも戻ってアリスを助けに行かないと。


 魔法構築に全神経を注ぐ。

 ようやく完成した魔法は、転移。

 まだアリスに転移地点を設定したままだから、ここからでも一瞬で戻れるハズ。


「転移」


 発動のキーワードとなる魔法名を告げ、すぐさま戦闘が始まってもいいように構える。

 そして……。


「……あれ?」


 発動、しない。

 もう一度。


「転移」


 …………。


 魔法の構築が完了している感覚は、ある。

 MPも足りてる。

 けど、発動しない。

 まるで何かに阻まれているかのように、転移ができなくなっている。


 再構築する時間はもったいないけど、一度試しに適当な場所に転移してみる。

 視界が切り替わり、転移に成功したことが分かる。


 ……どういうこと?

 ダンジョンの中に入ろうとすると拒否される。

 考えられる理由は……ロットが何かした?


「いや、違う」


 思い出すのは、王国での出来事。

 あの日、ダンジョン演習に出かける直前、騎士団長が言っていた言葉。


『ダンジョンは、外部からのいかなる干渉も受け付けない。ちなみに効果範囲は、魔物が徘徊している場所までだ。その範囲までしか魔物は行動できないが、中に入れば危険が常に付き纏う。用心するように』


 おそらく、この性質のせいで転移が成功しないのだろうね。

 そして、ロットも簡単には戻ってこれないと分かっていたからこそ転移罠を使ったと。

 まったく、厄介だよ。


 そんな考察をしながら、ダンジョンに向かって全力疾走する。

 道は方向感覚スキルで覚えているため、迷うことはない。

 もしも俺が戻ってくることを想定していたのなら、俺を倒すかもしくはすぐに撤退できる策をロットは用意しているハズ。

 相手がダンジョンの中にいる以上、正面突破以外の方法は思いつかないけど。

 それでも、用心するに越したことはないよね。


 ダンジョンの入口となる洞窟を発見し、飛び込むように突入していく。

 最下層までのルートは方向感覚スキルを頼って最短で進む。

 今回は全力疾走な上にアリスもいないので、前回の数倍のスピードで駆け抜けることができた。


 ある程度進むと、先程はなかった大きな扉を見つけた。

 躊躇っている暇なんてない。

 蹴破って、中へと進入する。


「グギャア!!」

「ガルルル」

「ギキィィ!」


 そして、抜刀した。


「モンスターハウス、ってところかな?」


 ぎっしりと詰め込まれた数々の魔物達。

 一体一体はそう強くないものの、これだけの数がいるとさすがに時間をとられる。

 とはいえ、全滅させる必要はないしそのつもりもないから最低限だけ倒してあとは素通りしていく。


 そして丁度いい機会なのでMP強奪を全開にして俺の周囲の空間に入った魔物からMPを奪う。

 今日は魔法を連打してかなり減っていたから、ここで少しでも供給ができたのは僥倖だった。


 ゴブリンとコボルトの集団が群がってくる。

 その場でぐるりと回転し、刀で一気に首を刈る。

 その勢いを利用して行く手を塞いでいたオークの巨体に刀を突き刺し、魔力闘気を纏わせ振り抜く。

 緑色の分厚い皮膚に守られた肉が弾け飛ぶ。

 進路は開かれた。

 あと数体倒せば抜けられるかな。


 このモンスターハウスは、十中八九ロットの仕業だろうね。

 彼の奇妙な攻撃の数々は、一貫性がないように見えて実は法則性がある。


 変形する壁や床に、落とし穴、火柱、矢など。そしてそれらを使うときには常にダンジョンコアに触れていたことから、全てダンジョンの罠だと考えられる。

 つまり、何故なのかは分からないけどロットはダンジョンコアを通してこのダンジョンを掌握しているということ。


 ダンジョンそのものが武器となりうる、だからアリスを人質にして俺をここにおびき寄せ、自分のフィールドで殺すつもりだったんだろうね。

 けど……。


「ファイアランス」


「グギャアアアア!!」 


 その考えは、甘いと言わざるを得ない。

 なにせ、この程度の戦力なら俺にとって何の障害にもならないから。

 転移罠は驚いたけど、それだけ。

 俺を遠ざけることはできても、殺すことはできない。

 勇者はそんなに、ヤワじゃない。


 乱舞する炎が魔物をあっさりと炭へと変え、氷は邪魔者を瞬時に凍てつかせる。

 レベルがひとつ上がったのが感覚で分かった。


 通路を守るようにしてどっしりと構えている岩でできた魔物──おそらくゴーレムを目で捉える。

 あれがこの中で最も強いみたいだ。


 右腕のフルスイングは体勢を低くして避け、その関節部に斬撃を叩き込む。

 魔力闘気を薄く纏わせ、刃を保護しながら威力を強化すると、右腕はやすやすと切断されて宙を舞った。

 今度は左腕が迫ってきたのでアイスシールドを展開して防御。

 ガギンという衝撃音を発してアイスシールドはひび割れた。

 しかし接触部分から氷を伝わせ、左腕を完全に凍らせる。


 あとは攻撃手段のなくなったゴーレムの体に直接触れてMP強奪を集中させる。

 案の定、魔力を失ったゴーレムは身体を動かすエネルギーも尽きてそのまま動かなくなった。

 結構単純な仕組みだったんだね。


 先へ進もう。

 前回体験した数々のトラップも場所と種類が判明しているうえ高速で駆け抜けているからそもそも当たらない。


「………」


 これまでかなりの速度で来たと思うんだけど、アリスはちゃんと逃げてくれたかな?

 一応咄嗟にコキュートスは撃ってきたし逃げやすくはなっていると思うんだけど、アリスの性格からするとロットの足止めとかしていそう。

 なるべく無茶はしないでほしい。

 でも、それは難しい注文だろうね。

 そんな英雄然としたアリスだからこそ、面白い。

 興味が尽きない。

 こんなところであの子の物語を終わらせるのは、絶対に駄目だ。

 アリスにいろいろなことを経験させてあげて、たくさんの考えを持たせてあげる。

 そのために、俺は全力を尽くす。





 最奥までたどり着くと、そこは俺の魔法によって景色ががらりと変わっていた。

 ただ、氷柱が何本も砕けていることからここで激闘が行われていたことが分かる。

 その中に……いた。


 アリスとロットが至近距離で対峙し、今まさに決着が付こうかというところのようだ。


「転移」


 勝負に水を差すようで悪いけど、見た感じアリスが分が悪そうだったのでさっさとロットの首を刈りにいく。

 振り抜いた刀は、なんの抵抗もなく彼の頭と胴体を分離させた。


 その勢いでアリスを炎の魔法陣から救出。

 ふう、なんとかなった。


「お疲れ様、よく頑張ったね」


 ゆっくりと、成長を嬉しく思う気持ちと無事でいてくれたことへの安心を織り交ぜて頭を撫で、労う。


「ご主人さま」


「なに?」


「わたし、役に立ちましたよ」


「ああ、そうだね。本当によく頑張ってくれた」


 そこで、俺の胸に顔をうずめていたアリスはガバッと顔を上げ、瞳を爛々と輝かせる。


「つまり、二人で成し遂げたんですよね。わたしと、ご主人さまで。認めてくれますよね?」


 何となく、アリスの言いたいことが分かった。

 興奮が込み上げてくる。


「ふふ、ふふふ」


 ああ、やっぱり俺の目に狂いはなかった。

 『今』こそアリスが苦難を乗り越え、成長を遂げた瞬間であり、俺はそれに立ち会っている。

 俺とアリスが今ここにいることが、物語のひとつの終着点。

 つまりひとつの、ハッピーエンド。


「ふふ、あっはは。ああ、その通りだよ、アリス。今回の件は、二人が協力し合わなければ成功しなかった。俺が欠けても、アリスが欠けても駄目だ。でも、見事にすべてうまくいった。これは快挙と言ってもいい。かなり物騒な形になってしまったけど、そこに落ちてる首がその証だよ。本当に……ありがとう」


 一言話していくにつれ、徐々に目に涙を溜めていたアリスがなにかしゃべろうとしたところで、背後の気配が膨らんだ。

 それは信じたくなかったけれど、どこかで予感していた展開で、俺は間髪いれずにアイスバレットを放った。


「ヤレヤレ、イタいナ」


「防いでおいてよく言うよ。それ、どこで発声してるの?」


 生首がしゃべってた。

 テンプレ的にはありえなくないんだけど、実際目の当たりにしてみると気持ち悪いし、この上なく厄介だ。

 グロテスクと捉えるか、ファンタジーと捉えるべきか……。

 どっちにしろ、アリスが絶句してドン引きするくらいには気味が悪い。


「ソんな冷たい対応をシナいでほシいナ。これハ、ワレなりの親切ナのだがナ」


 ニタニタと嗤う生首ロットはどうやらまともな思考回路を持ち合わせていないみたいだ。

 かわいそうに(棒)。


「勇者。キサマもワレの持っていル情報ヲ把握シておきタいのでハナいカ?」


「確かに、その勇者呼ばわりも含めていろいろ気になってはいるけど、悠長に情報を引き出してたら何をしでかすか分からないからね。それにどうせあなたはまともに取り合わないだろうから、始末を優先させてもらってるよ」


「コレハ残念ダナ。随分と嫌ワレていルよウダ」


「なんて言うんだろうね。生理的嫌悪? そのマッドサイエンティストみたいな格好も含めて、良い印象は毛ほどもないよ」


 本心からの発言だ。

 今まで自分が何をしてきたのか自覚があるのなら、俺の本音はこんなものじゃ収まらないと分かるでしょう。


「フム。まあいい。ワザワザコウシて面倒ナ操作ヲシていルのハ、キサマに称賛と警告を伝えルためダ」


 称賛は聞き流すとして、警告?

 なんだろう。


「まズ、よくゾワレヲ倒シた。ちナみに言っておクと、コレ以上ワレが復活すルことハナい。正真正銘、キサマに敗れたのダ」


 ……ありがたいね。


「次に、コのダンジョンハ直に崩落スル。ソシて、キサマらヲ逃がさナいための魔物も用意シてあル」


「わあ、性格の悪さが滲み出てるよ」


 それに、勇者関係の話を仄めかしていた割には話す気は全くないみたいだ。


「まあ……セイゼイ足掻くことダナ。でハ、サラバダナ!!」


 瞬間、俺はアリスを抱えて大きく後退した。


 ──ドゴオオオオ!!!


 ロットの首を起点として起こった大爆発によって視界が震動し、一瞬平衡感覚を失いそうになる。

 同時にロットの言葉通りダンジョンの崩落も始まったようで、あちこちから岩の軋む音が聞こえる。


「本当に、どこまでもテンプレな悪役だよね。まあ、まだテンプレを貫くというのなら復活して再登場くらいしそうなものだけど」


「ご主人さま……これ、どうしましょうか」


 アリスが階層を見渡して言う。

 うーん、予想以上に崩落のスピードが速い。

 俺が全力疾走してここまで来た時間を考えると、完全に崩落するまでに地上へたどり着くのは厳しそう。

 これは、マズいんじゃない?


 冷や汗を垂らして悩んでいると、ダンジョンコアが突如光を発する。

 周囲の瓦礫を吸収して自身を包むように固め、ひとつの形を作っていく。


「なんですか……あれ」



「グオオオオオオオオオオオ!!!」



 それは、巨大なゴーレムだった。

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