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56、アリスの変化

「フランベルジュ」


 炎の剣が虚空に出現する。

 その数はちょうど十本。

 俺の周りの空間を囲むようにして展開されたそれらはぎこちなく動き回る。


 素早く動かそうとする火力がみるみるうちに弱くなっていき、やがて消えてしまう。

 多くの炎剣を複雑に動かそうとしても、それは同じだ。


「うーん、やっぱり並列演算のレベルが足りないのかな」


 うまく使いこなせてはいると思うんだけどね。

 まあ、MP変換に頼りすぎるのもよくないし、常に暗算でもしてレベル上げをしていくのが吉、かも。


「あとは、魔力操作だね。動きが遅いし、そもそも操るだけでもかなり思考を割かなきゃいけない」


 フランベルジュを自在に操るこの技術は、魔力操作の応用だ。

 だから魔力操作のレベルアップがそのまま技の精度に直結するので是非ともレベルを上げておきたいんだけど、ひとつ問題がある。


 魔力、とつくだけあって魔力操作のレベル上げにはMPの消費が必須だ。

 MPが生命線の俺にとって、あまり地道に練習するというのは効率がよろしくない。


 だからまあ、SPを使ってレベルを上げることも考えておかないとね。


 さて、現在俺は孤児院のボロボロに壊れてしまった屋上で日課であるスキルの練習をしている。

 前までは庭で朝早くからやっていたんだけど、この屋上の存在を知ってからというもの、訓練所として活用させてもらっている。


 今日は、ドラグキマイラとの戦闘で取得したスキルの確認を合わせた習熟。

 見事なまでに戦闘に関するスキルばかりだったため、誰にも迷惑がかからなさそうなところでやっているわけ。


 ドラグキマイラの圧倒的なステータスに対抗するため取得した、予測演算、身体強化、魔力闘気、並列演算。

 レベルアップさせたのは思考加速と魔力撃、火属性魔法。

 予測演算と並列演算は思考加速の派生スキルで、魔力闘気は魔力撃の派生スキルだ。

 主にこれらを練習していこうと思う。


 ついでにいつの間にか習得していたMP強奪も効果の程を試したいところではあるのだけど、生憎強奪する対象がいないので断念した。


 場合によっては新しいスキルを組み込んだ戦術を考えたりできるので、この練習は毎日早朝から欠かさずやっている。

 ゲームでも、かっこいい技やコンボの研究に余念がない人だったからね。俺は。


 火属性魔法の一通りの練習が終わり、他のスキルをどんどん試していく。

 予測演算、並列演算はどちらも思考を補助するスキルで、それぞれ近接と魔法で使い分けると真価を発揮するようだった。

 知覚したものの動きを予測できるスキルと、メインの思考とは別に演算領域を確保するスキル。

 どちらも問題なく使えるようで、安心した。

 効果は地味でも、突き詰めれば強いスキルだと予想しているからね。


 地味といえば、身体強化がその最たるものだろう。

 今まで戦ってきた強敵はみんな持っていて気になっていたスキルだけど、取るのを後回しにしてきたんだよね。

 だってその効果が、『身体能力を上昇させる』とそのままの超単純なスキルだったから。

 確かに身体能力そのものの底上げは嬉しいけど、必殺スキルである魔力撃があれば早急にとる必要はないかな、とつい思ってしまうんだ。


 でもこのスキルのいいところ、それはMPの消費がないこと。

 集中力さえ途切れさせることがなければずっと強化状態でいられるというのは、魅力的だ。特に俺には。


 あとは……これが一番の問題児だった。

 そう、魔力闘気。

 通常掌にしか発動できない魔力撃を、体全体で展開できるようになるというもの。

 効果だけ聞けばあまり凄さは感じないかもしれないけど、これが結構役に立つ。

 例えば、今まで相手の大きな隙を見て魔力撃を撃ち込むチャンスを見極めるといったプロセスがなくなるだけでなく、急所を効果的に突くことができたりと、いろいろな利点がある。


 けれどこれ、MP消費が多すぎるという重大な欠点がある。

 魔力撃でもあの威力を得るにはかなりのMPが必要だったのに、それが体全体ともなるとシャレにならないくらいの量を持っていかれる。

 やっぱりMPを使うスキルとなると、俺との相性が微妙なところなので、難しいところだね。


 最後に、ちょっとした実験をしてみることにした。


「剣に魔力を浸透させるイメージ。……纏わり付かせるだけだと、剣筋がブレてしまう」


 魔力闘気を発動させることにより発生する紫色の魔力光。

 それを魔力操作の応用で操り、剣に纏わせた。


 それにしても、魔力光ってなんか、こう、このゆらゆらとした光には合わない呼び方だね。

 何かもっといい呼び方はないかな?


「魔力闘気……闘気……うーん、そうだ。オーラとかどうかな」


 安直だけど、よく魔力闘気の特徴を表せていると思う。

 よし、じゃあ早速試してみよう。


 氷属性魔法で大きな氷の塊を作る。

 これを案山子かかしとしよう。


 二、三歩下がり、息を整えながら……。


「ふっ!」


 オーラを纏い、紫色に輝く剣を横に振り抜く。

 すると、案山子はバリィィ! という耳をつんざくような音を立てて粉々に砕け散った。


 すごい威力だ。

 けど、俺が想像していたのはこんな感じじゃなくて、もっとスパッと斬れる感じだったんだけど……。


 やっぱり、魔力操作の精密さが足りないのかな。

 今後の課題だね。


 こうして、俺は屋上をあとにした。





 ぴょん、と無残に崩れた床から軽やかに飛び降りて廊下に出ると、エマちゃんとばったり会った。


「あっ……」


「ん? おはよう」


「お、おはよう。トーヤ……」


 どうかしたのかな?

 明らかに目が泳いでる。


「あ、あのー……ゆうべはお楽しみでした……?」


「お楽しみ?」


 ゆうべというと、アリスの喉を完治させてからいろいろあったことだろうか。

 別にお楽しみ要素はなかったような……。

 というか、エマちゃんは昨日の出来事を知っているの?


「うーん、よく分からないけど、まあアリスにとってはお楽しみ? だったんじゃないかな?」


「え、ええぇー? それってどういうこと!?」


「いや、逆にこっちが聞きたいんだけど……。うまく話が噛み合っていないようだからね」


「だから、その……アリスはトーヤの奴隷なのよね?」


「そうだね」


 まあ、一応名目上は、だけど。


「そ、それなら、昨日二人っきりで寝たのは……えーと、あの、その! y……ぐえっ!」


 目をぐるぐると回して必死に言葉を紡ぐエマちゃんの背後から、ルーシアさんがその首を腕でがんじがらめにした。


「エマ、そういうことはあまり聞くものじゃありません」


「だ、だって、気になるでしょ!」


「私も気になるわ! でもそれは触れないのがマナーなの!」


 ひそひそと拘束状態のまま言い争いをする二人。

 聴覚強化スキルを持っている俺がこの距離で聞こえないのはおかしいんだけどね。

 なにか目に見えない力でも働いているかのようだ。


「うーん、何やらこんがらがっているみたいだね。いろんな意味で」


 と、ちょうどそのとき、曲がり角から件のアリスが現れた。


「あ! みなさん、おはようございます! 今日はいい天気ですね! わたしは昨日の疲れが残っていたんですが、朝日が気持ちよすぎて起きてしまいました。でも周りを見てみると誰もいなくてびっくりしたんですけど、いつもより部屋が小さいことに気づいて、それで昨日のことを思い出したんです。一人であわててちょっと恥ずかしかったので、いつもより少しだけ焦って髪をとかしてしまいました……。変になってませんよね? あ、でもそのおかげでこうして今日最初にご主人さまとルーシアさんとエマちゃんに会えたので、いい選択でしたね。それと、そうだ! ルーシアさん、エマちゃん。わたし昨日、ご主人さまに喉を治してもらったんです。だからこれからたくさん話せますね! よろしくお願いします! ああ、本当に世界が変わったみたいです」


 アリスの怒涛のトークに、まさに開いた口が塞がらない様子の二人。

 流暢に抑揚までつけて話すアリスを見つめてフリーズしている。


 うん、わかるよ。

 つい昨日まで一言しゃべるだけで三点リーダーを最低二つは使っていた子が、いきなり何百文字と話しだしたら驚くよね。

 俺だってアリスがこんなにしゃべる子だとは知らなかった。


「やあ、おはようアリス。まさに絶好調だね。一夜空けても問題はなさそうだ。流石は治癒魔法と言ったところかな、いや本当に、完治してよかったよ」


「はい、本っ当にありがとうございます」


 こうしてアリスの笑顔が増えただけでも、治療してよかったと思うよ。

 俺とアリスが微笑ましい空気を演出していると、フリーズから解き放たれた二人からツッコミが入る。


「い、いやいや! 一晩でこんなに変わるなんて……トーヤ、ホントになにしたの!?」


「治癒魔法って……。王都の治療院に目をつけられるレベルですよ……」


 概ね予想通りの反応だったけど、治癒魔法はむやみに使っていいものじゃないと分かった。

 まあ、もともとそんなつもりはなかったけどね。


 昨晩、いろいろカミングアウトしたあと、喉が治ってはしゃぎまくったアリスの反応は壮絶なものだった。


『ああ、ありがとうございます、こんなにご主人さまと話せる日がくるなんて……。わたし、ずっとこうしたいって思ってました。ご主人さまがわたしを買ってくれた日、今度は完全に治すと約束してくれたので、ずっと待ってました。だから、すごく、すごく嬉しいです。本当に、ありがとうございます。え? 勇者? えっと、それって勇気のある人のことですか? 違う? じ、じゃあ、もしかしておとぎ話に出てくるあの勇者のことですか? 多分そう、ってことは、ご主人さまはあの勇者!? す、すごいです。そんな人の奴隷だなんて……。ほ、本当にわたしでよかったんですか? わたし、なにもできませんけど……。え? いや、ご主人さまが嫌いだなんて、そんなことありません! 声が出なくて、誰にも買われなかったわたしを買ってくれて、こんなに大切にしてくださっているご主人さまを、嫌いになるハズありません! はい、お役に立てるように頑張ります! ……MP変換? SP? スキルをなんでも、って、すごい! すごすぎます! ご主人さまがいろんな魔法を使えるのも、それが理由だったんですね。は、はい。もちろん誰にも言いません。わたしも誓います。ご主人さまが信頼して秘密を明かしてくれたこと、わたしはとても嬉しいので。そうだ、この首輪を使って命令してくれてもいいです。絶対に秘密を漏らすなって一言命じてくれれば……え、それは信頼してるからいいって、め、面と向かって言われると照れますね……。えっと、わ、わたしもご主人さまのことは世界で一番信頼しているので、絶対に…(以下略)』


 と、いつ息継ぎしてるの? ってくらいの言葉の乱射を何時間かに渡って聞くことになった。

 まあアリスがはしゃぐのは珍しいのでずっとそれに付き合ってた俺も俺だけど。


「アリス、昨日あのあと、本当に治療するだけで終わったの? わたしてっきりアレかと……」


「は、はい。わたしもそう思ったんですけど、すぐに寝てしまいました」


「あなた達、ませてるわね……」


 んー。なんで聞こえないんだろう。

 結構全力で耳を澄ましているんだけどね。

 これは、盗み聞きはよくないという天啓なのかな?


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